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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
18/48

神社、その後

 義乃の前には木製の救急箱置かれ、様々な医薬品がきちっと納められている。

 どうやら塗り薬や湿布の類を吟味して、傷付いた身体へ治療を施していたらしい。

 拓人の脳は即座に通常運転を止めて、義乃の詳細な色や形を記憶しようと全力稼働した。


「――……なっ」


 義乃は慌てて浴衣の合わせ目を胸の前へかき集め、目尻をじわっと赤く染める。

 畳の上で身体をずらし、拓人へ華奢な背中を向けた。


「あ、ごめんっ!」


 慌てて障子を閉め、裏返った声で謝罪を告げる拓人の顔も赤い。

 拓人は庭へ視線を向けながら、そのまま直立不動の体勢になる。


「悪い! ぼーっとしてて、声をかけるのを忘れてた! 本当にゴメンっ!」


 拓人は背後の障子越しに謝罪を重ねるが、義乃の露わな肌の様子が頭から離れない。

 悪い事をしてしまったという罪悪感と、思わぬ幸福感で頭の中をぐるぐるさせて悶えた。


「……いいよ。……入って」


 暫くの間廊下で右往左往していた拓人の背中に、小さく穏やかな声がかけられた。

 少年はどきどきと障子に向き直り、今度はやや慎重に障子を開けていく。


「失礼します……」

「……ん」


 何故か丁寧な言葉遣いになってしまう拓人。

 おずおずと敷居を跨いで、後ろ手に障子を閉めていった。

 ちらりと義乃の顔を見る。

 さっきの恥じらう姿はすっかりと消えていて、余韻すら感じられない。

 涼やかな顔でこっちを見ているけれど、拓人は小さな違和感を覚えた。


「あ。……義乃、その髪は……」

「……うん? ……ああ、これ……」


 そう。義乃の髪は初めて会った時、確かに艶やかな黒髪だった。

 黒髪好きな拓人の印象に強く残っていたのだが、それが今は赤茶色に染まっている。

 毛先へ軽く触れながら、義乃は少しだけ憂鬱な面持ちを浮かべた。


「地毛の色よ。普段は黒に染めているの」

「え、そうだったのか!?」

「うん。でもあの時に法具の力を全開放したから……その余波で本来の色に戻ったみたい」

「あのでっかい剣を出した時か……。そんな副作用もあるんだ」

「染め直すのが面倒だから、全開放はあまりやりたくないんだ」

「なんで? ビックリしたけどさ、その色も似合ってるじゃん。かわい、――」


 自然と「可愛い」なんて口走りそうになり、拓人は急に照れ臭くなって黙り込んだ。

 幸い義乃の耳には届かなかった様子で、赤茶の髪を指先でぴしりとはたいている。


「こんな派手な色……嫌い。いかにも不真面目そうで」

「そ、そうか? ……まぁ派手っちゃ派手かもだけど……。ウチの学校、髪の色について煩く言わないし。そもそも地毛なんだから、そのままで良いんじゃないか?」

「駄目。一分の隙もない、黒々とした髪でないと」

「そ、そうか……」


 強い調子で否定されると、拓人はそれ以上なにも言えなくなった。

 もともと他人の髪の色にとやかく意見する事なんてないのに、何故かその時はつい勿体ないと思ってしまったのだ。


「そんな事より、湯加減はどうだった?」

「――ああ、もう最高だった! 檜の風呂なんて入ったの、俺初めてかもしんない」

「そう、良かった」

「義乃も、さ……怪我、大丈夫か?」

「まだ少し痛むけど、平気。……そこ、座って」


 促されるままに、拓人は義乃と向き合う位置へ腰を下ろした。

 浴衣と共に居住まいを正した義乃が、ごく自然な姿勢で正座をしている。

 同年代でこれだけ正座が綺麗に出来る人間を拓人は知らない。

 というか、同年代の正座している姿なんて、見る機会はほとんど無いのだが。

 自分も真似してみようとしたが、びきりと足に走る痛みで直ぐにギブアップした。

 拓人は胡坐あぐらをかいて楽になりつつ、室内にほんのりと視線を這わせていく。

 十畳ほどの広さに家具らしい家具は置いてなく、がらんとした印象を少年へ与えた。


「なんか、随分とシンプルな部屋だよな」

「この屋敷自体、長期滞在する為に用意されている訳じゃないから。管理人に連絡しなければ、普段は無人だし」

「《聖血教会》の非常時拠点……だっけ。こんなのが他にもあるんだろ?」

「規模の違いはあるけど、日本中……ううん、世界中にこういった場所は存在してる」

「すげーよな、ホリブラ。世界的な組織って実感するよ」


 しみじみ呟きながら、拓人は今ここに至るまでの経緯を思い出していた。

 あの神社の境内で謎の力を使った後、急に立ちくらみがして倒れ伏してしまった自分。

 幸い程なくして意識は取り戻したのだが、その後の行動に拓人は迷ってしまった。

 雨の所為で全身ずぶ濡れだったし、怪我を負った義乃を放って帰る事も出来ない。

 いや、寧ろ義乃の方が拓人を放置できなかった。

 義乃は携帯電話で誰かと連絡を取った後にタクシーを拾い、半ば強制的に拓人をこの邸宅まで連れてきたのだ。

 そこで着替えの浴衣を渡されて、拓人は用意された檜風呂を堪能した。


「なんか、一度に色々な事があり過ぎて、今でも頭の中がボンヤリしてる。……でも、夢じゃなくて現実なんだよな。あの神社で起こった事も全部……」

「私も驚いてる。上層部からの命令で、清玄市内に居る宿主を探して保護するように言われてたんだけど……まさか麻宮がそうだったなんて。……それにあの紫の光……」

「ああ、……うん。俺もあの時は無我夢中で……。なぁ、やっぱりあの力って、俺の中の《大星魔》が覚醒しちまったって事なのかな?」


 両手を見下ろしながら呟いて、拓人はぶるっと身震いをした。

 自分で口にした言葉に恐ろしくなって、身体が自然と戦慄いてしまう。

 拓人はあの時、力を欲した。争いを、傷付け合う事を止めさせたいと強く願った。

 その思いに身体が応えたように、胸元から紫の光が溢れ、義乃の力を打ち砕いたのだ。

 そんな力の原因として、思い当たる事は矢張り《大星魔》の事しかない。


「分からない。私も《大星魔》が絡む事件に関わったのは、今回が初めてだから……」

「《夜光》の幹部の苺莉亜って人が言ってた。星が流れて、災害が起き、最後に印が身体の何処かに現れた時、俺は身体を乗っ取られるって」

「印……? お風呂場で確認してみた?」

「ああ、それがさ……これを見てくれるか?」


 おもむろに拓人は浴衣の襟を緩め、ためらいがちに厚い胸板を晒していった。


「これは……っ!」


 義乃は顔に緊張を走らせて、手元の法具をぎゅっと握り締めた。

 拓人の胸の真ん中に、拳大のアザが薄らと浮かんでいる。

 紫色の線がいくつも絡み合い、不気味な模様を描いていた。

 燃える炎のようでもあり、竜の顔のようでもある。

 何かを表しているのかもしれないし、単に意味の無い形だけの印かもしれない。

 しかし拓人は何故か、それが大きく口を開いた悪魔の顔のように感じてならなかった。


「絶対コレ、やばいよな……。でも俺、全然平気なんだ。何処どこも具合悪くねーし、何か酷い事をしてやろうとか、世界を滅ぼしてやろうとか、そういう事も全く思わないし」

「……本当に何ともないの?」

「ああ! 誓って何ともない! いつも通りの俺だ。……そうだって、信じたいよ」


 力強く宣言した拓人の声が、言葉尻の辺りで消え入りそうに小さくなった。

 確かに自分の意志はある。しかし実際の所は拓人にも分からないのだ。

 拓人は闇朱達から駆け足で説明されただけで、圧倒的に知識が足りない。

 乗っ取られていないように感じるだけで、実はもう己は乗っ取られてしまっている……そんな可能性だって考えられるのだ。


「……確かに今、麻宮から邪悪な気は感じられない。多分だけど、《大星魔》は完全に覚醒している訳ではないみたい」

「そうか……それを聞いて、ちょっと安心した」


 拓人は肺の底から安堵の息を吐き出して、肩を大きく上下させる。

 そっと胸の印へ触れてから、義乃の顔を見た。少女は何かを考え込んでいる様子だった。


「何を考えてるんだ?」

「これからの事。……麻宮。私は取り敢えず、今から麻宮に封印術を施そうと思う」

「……封印術?」

「《星魔》の力を抑え込む術よ。まだ覚醒していないなら、効果はあると思う」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 義乃が語る言葉の内容に、拓人はつい大声を出して目を見開いた。

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