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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
17/48

雨、しとしとと

 第二章の始まりです。

 読者の方々に楽しんで頂けたら嬉しく思います。

 ご意見、ご感想などありましたら、お気軽にどうぞ。

 雨雲に覆われた暗い空から落ちてくる雨粒が、窓に当たって流れ落ちる。

 夜中だというのにカーテンを引きもしないで、その様子を闇朱はぼんやりと眺めていた。

 市内にあるタワー型の高級マンション。その一室に闇朱は居た。

 部屋は広々としていて、照明や家具の一つ一つに至るまでが上質な物に揃えられている。

 淡いクリーム色の壁紙は、柔らかで落ち着いた雰囲気を醸し出し、安らぎと清潔感を与えてくれる。

 しかしそんな風に心地よい空間を演出していた室内も、床の上には適当に放られたキャミソールやスカートなどの衣類が点々と散らばっていた。

 衣類だけではなく、華やかなモデルが表紙を飾る雑誌や、少女向けと少年向けのコミックスがランダムに重なり合って平積みにされている。

 地震でもきたら、小規模の雪崩があちこちで発生する事は間違い無かった。

 そんなリビングのソファへうつ伏せで寝転がり、闇朱は雨に濡れた街の明かりを見つめ続けている。

 ゆったりとした部屋着に着替えた闇朱の髪は少し濡れていて、フローラルなリンスの香りをほんのり漂わせていた。


「……麻宮君……」


 薄桃色に艶めく唇が微かに動き、クラスメイトの名前を小さく口にする。

 神社での一件から数時間が経過していた。

 壁かけ時計を見れば、あと少しで日付が変わろうとしている。

 義乃の攻撃で気絶して、闇朱が次に目覚めた時には苺莉亜が運転する車の中だった。

 安堵の笑みを浮かべた苺莉亜が、闇朱に気を失っていた間の出来事を教えてくれた。

 拓人が謎の力を使って義乃の攻撃を散らし、苺莉亜と自分を守ってくれた事。

 しかし直後に拓人は倒れ込んでしまい、苺莉亜は無事を確認出来ないまま逃走するしか出来なかった事。

 穏やかに説明する苺莉亜の口調は、ありのままの事実を伝える事に終始していた。

 闇朱は驚きに目を見開いて、今すぐ神社に戻って拓人の無事を確かめようと提案した。

 しかしその案は苺莉亜に即座に却下される。

 その時のきっぱりとした口調と毅然とした態度は、いつもの気だるそうな苺莉亜とは明らかに違っていた。

 苺莉亜も闇朱も予期せぬ戦いで消耗が激しかった上、相手は《聖血教会》の実力者として有名な『小夜啼鳥』だ。

 ダメージを与えていたとはいえ、気絶して安否の分からない闇朱を放っておいての戦闘は色々とリスクが高すぎる。

 そう苺莉亜は判断したのだ。

 そして拓人の見せた不思議な力も、苺莉亜が懸念を抱く一つの要因だった。

 星読みの占いでは、完全覚醒までもう少し時間の余裕が有る筈だった。

 もしかしたら自分たちの戦いに巻き込まれた事により、拓人の身体に宿る《大星魔》に影響を与えたのかもしれない。

 出来れば拓人も保護したかったのだが、あの時の苺莉亜にそんな余裕は微塵もなかった。

 それ故の撤退。それ故の選択。苺莉亜には自負がある。

 《夜光》という組織を纏め上げる幹部としての、そんな威厳と責任に満ちた横顔。

 それを見た闇朱は、拓人についてそれ以上は何も言えなかった。


「私はこの後、色々と報告やら仕事があるわ。取り敢えず今夜はゆっくり体を休めなさい」


 マンションの前まで送って貰い、別れ際にかけられた苺莉亜の言葉を闇朱は思い出す。

 車のウィンドウ越しに見えた苺莉亜の顔は、少しだけ和んでいた。


「でもやっぱり気になるよ……」


 窓の外を見つめたままで、溜息混じりの声を漏らす闇朱。

 拓人の安否が気になって、テレビで夜のニュースを回してみたりもした。

 高校生の少年が怪我をしたとか、凶行に走ったとかいう情報は無いようだ。

 幸いといえば幸いだが、結局何も分からないままという点は変わらない。

 不安な気持ちも紛れない。闇朱は目の前のローテーブルからウーロン茶の入ったグラスを手に取り、くぴりと舐めるように少し飲む。

 すると不意に電話のベルが鳴り響き、闇朱は電話の方へ少し首を傾けた。

 この部屋の番号を知っている者は僅かしかいない。自然とかけてくる相手も限られる。

 出ようかとも思うが、生憎今は誰とも話したくない気分だった。

 ぐったりと重い身体を横たわらせたままでいると、ピーッと甲高い電子音が鳴る。


「あ……留守電解除するの、忘れてた……」


 ぽそりと呟いた後に、電話相手の声が耳に届いて来る。


(やっほー、お姉ちゃん? 居ないの? わらびだよ~)

(おねーちゃん、くずりだよ~)

「……わらび、くずり……」


 良く似た甘く幼い声のトーンを聞いて、闇朱は顔を上げた。

 両手をソファの上に突っ張らせ、仰け反りながら電話の置いてある方を見る。


(ケータイに何度もかけたんだけど、出ないから家電にかけてみたよ……居ませんか~?)

(いませんか~?)

「あ、いけない……」


 妹達の声にハッとなる闇朱。

 携帯はシャワーを浴びる時に洗面所へ置いて、そのまま忘れてしまっていたのだ。


(あのね、お父さんが今度そっちで個展を開く事になったから、お姉ちゃんに手伝ってくれないかって)

(おかーさんも手伝うんだって)


 愛らしい二人の声を聞いて和みそうになった闇朱の頬が、ぴくりと緊張で引き締まった。

 自然と眉間に皺が寄って、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 胸の奥がざわざわと蠢き、不安で堪らない気持ちが肺と心臓の辺りに淀んだ。


(それじゃあまた電話するね~? あんまり夜遊びしちゃダメだよ~!)

(いけませんよ~。ばいばーい!)


 ガチャリと電話が切られた後も、明るい声が闇朱の耳へ余韻を残す。


「個展? ……そんな時だけ……。……虫がよすぎるだろ、馬鹿っ……」


 闇朱は再びソファの上へ突っ伏して、深い深い溜息を吐いた。

 色々な事が頭の中を巡って、何をする気力も湧いてこない。急に睡魔が襲ってくる。


「麻宮……くん。……無事でいて……」


 片腕をだらんとソファから垂らし、闇朱は瞼を落として眠りの淵に沈んでいった。


 様々な商業施設で賑わう清玄市の中心部から少し離れ、ぐんと照明の割合が少なくなった山の中。

 生き生きと枝葉を広げた草木の間に、広大な日本家屋が存在していた。

 立派な門と外壁に囲まれ、内側には手入れの行き届いた庭園が広がっている。

 灯篭や庭木に雨粒が当たり、それぞれ異なる音色を奏でていた。


「……ふぇ……凄いなー、本当に。何坪くらいあるんだろう、ここ」


 庭に面した回り廊下の途中で佇んで、感嘆の溜息を漏らす拓人。

 薄らと上気した顔の拓人は、黒地に白い縞模様が入った浴衣を身に纏っていた。


「雨、なかなか止まないな……」


 夏の湿気をたっぷり含んだ厚い雲が、その身を絞って大粒の雨を降らせ続けている。

 憂鬱そうな表情で暫く空を見つめていた拓人は、静かに板張りの床を歩き出した。

 やがてとある部屋の前にやってくると、障子戸に手をかけて開いていく。


「あっ――」

「んっ?」


 短く漏れた母音を聞いて、拓人が反射的に声の出所を見つめた。

 スムーズな滑りで開かれた障子の向こう側で、平井義乃が畳の上に座して目を丸くしている。

 彼女も今は、白い生地にピンク色の小花柄が散る浴衣に着替えていた。

 しかし現在、その可憐な浴衣は腰元まで大きく肌蹴られ、半裸の眩い肌が晒されていた。

 首筋から胸元にかけて広がる魅惑的なゾーンに、拓人の目は一瞬で釘付けとなる。

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