聖魔激突の刻
「私たち《夜光》のメンバーは、戦う為に《星魔》の力を利用してるの。……自分の身体にわざと憑依させることで」
「何だって……!?」
呆気に取られている拓人の横で、闇朱が真剣な口調で呟いていた。
「……さてと? 『小夜啼鳥』の力、どれ程のものかしら!」
変身を終えてすっと瞳を細めた苺莉亜が、屋根から高く跳躍する。
黄昏時の群青色に染まりかけた空を舞って、義乃に向かって急降下した。
同時に赤く変色した爪を刃のように伸ばし、振り下ろすように斬りつけていく。
「はぁっ!」
義乃は腹から声を発し、爪の攻撃を素早く避けた。そして手にした長剣で即座に反撃に移る。
鱗鎧で覆われた胴体を狙って横薙ぎを見舞うと、攻撃を繰り出した方とは逆の爪で苺莉亜が斬撃を受け止めた。硬質と硬質がぶつかり合う、甲高い音が弾ける。
義乃と闇朱は互いに後方へステップし、距離を取った。
「す、すげぇ……」
拓人は瞬く間に眼前で繰り広げられた攻防に、息を飲んで見入った。
普段慣れ親しんでいる漫画やゲームの世界が、現実に存在している。
不可思議な力の応酬を前に、それらを全身で感じ取る興奮に血が熱くなった。
「――って、感動してる場合じゃないな! 秤音、魔人化は《星魔》の力を利用しているって言ってたけど、大丈夫なのか? 憑依されたら、精神が乗っ取られるんじゃなかったのか?」
「大丈夫。力の何割かを封印で抑える事で、心を正常に保ったままでいられるの。《夜光》にはその技術があって、麻宮君の《大星魔》もそれで抑え込む予定だった」
「そ、そういう事だったのか。……《大星魔》じゃなくても、人間に憑依するのか?」
「《大星魔》みたいに、地上へ降り立つと同時に誰かへ憑依はしないけどね。……波長が合う人間を見つけると、とりついて精神を狂わせる事はある。それを逆に利用したのが、魔人化」
「じゃあ、義乃は? あいつの光る剣は、一体何なんだ?」
「あれはホリブラ……あっと、《聖血教会》の事を、私たちはそう呼んでるんだけど」
闇朱は一度そう前置きし、話を続ける。
「普通の竹刀を術で強化しているみたい。ホリブラの人間は、法具と呼ばれる特殊な道具を使って、様々な奇跡を生み出せるって話だから……」
そんな会話を続ける闇朱と拓人を尻目にして、激闘を繰り広げる少女剣士と異形の魔女。
義乃は緩急つけた動きで巧みに苺莉亜へと迫り、剣の届く範囲に詰めれば目にも止まらぬ攻撃を次々に繰り出していく。
それを両手の赤い長爪で時に受け流し、時にガードしながら、鋭い蹴りを返す苺莉亜。
すらりとした美脚が、風を断ち割る勢いで義乃を狙う。
互いにクリーンヒットは未だ無く、あれだけ激しい動きをしているのに息一つ乱れていない。
「流石にやるじゃない『小夜啼鳥』! じゃあこういうのはどうっ!?」
苺莉亜はその場で華麗に半回転し、義乃に向かって突然背中を向けた。
すると背中のリングが蠢いて、彫刻に見えた無数の蛇が、一斉に義乃へ向かい飛びかかってゆく。
蛇の群れは鋭い牙と赤黒い口中を晒し、放たれた矢の如く次々に義乃へ飛来した。
「――――やあぁっ!」
しかし義乃は臆する事なく、持ち前の剣速を生かして蛇を全て薙ぎ払っていく。
「なんて光景だよ……はは。夢じゃないんだよな、これ……」
理解の範疇を越える出来事のオンパレードに、掠れた声で拓人は感想を呟いた。
自然と拳を握り締め、恐怖と高揚が入り混じる不思議な感覚に肌を粟立たせていく。
小夜啼鳥の歌声が響く度に、切り裂かれた蛇達は空中で爆ぜて消える。
しかし後から後から際限なく襲い来る蛇は、やがて義乃の視界を覆い尽くす程の量となる。
そこでふと、苺莉亜の姿がリングの近くから消えている事に拓人は気付き――。
「――義乃! 後ろだっ! 気を付けろっ!」
蛇を蹴散らす義乃の背後に回って、爪を振り被っていた苺莉亜。
喉が壊れそうになる位の大声で、拓人は咄嗟に危険を報せる。
前方から蛇の大群、後方から紅い爪撃。
どちらの攻撃に対応しても、もう一方からの攻撃に隙を生じさせる苺莉亜の策略だった。
「――っく!?」
突然耳に届いた拓人の声に、戦い慣れた義乃は全てを理解する。
義乃は首筋を冷たいものが駆け抜ける感じを覚え、表情に一瞬の焦りを浮かばせた。
しかし後ろを振り返る暇はない――ならば。
義乃は石畳を踏み抜く心で地面を蹴り、殺到してくる蛇の群れへ自ら飛び込んでゆく。
「羽ばたけ我が剣! ――灼光閃羽!」
ピイィィィッッ!
これまでで一番大きく高い鳥の鳴き声が、大気や樹木を震わせる。
同時に眩い黄金の光がドーム状となって溢れ、義乃を中心に周囲を包み込んでいった。
「うわぁっ!?」
「苺莉亜さん!」
眩しさに目を瞑る拓人と、光に飲み込まれていく苺莉亜を見て叫ぶ闇朱。
瞼の裏側まで突き抜けた黄金の光は、やがて徐々に余韻を残しながら消えていく。
拓人が薄く瞼を開けると、苺莉亜が苦しそうな面持ちで社の前に立ち尽くしていた。
背後に戻った蛇輪と鱗鎧は焦げ付いており、細く白い煙を立ち上らせている。
あれだけ宙を舞っていた大量の蛇も、今は一匹残らず消え去っていた。
「はぁ、はぁ……。結構な技、持ってるじゃないの……『小夜啼鳥』」
「魔なる者を灼き尽くす聖なる光よ。その力の前では、小細工なんて無意味」
「――はあっ? ……小細工とはまぁ、言ってくれるよね……」
「――苺莉亜さん、大丈夫ですか!?」
ダメージを受けた様子の苺莉亜に向かって、闇朱は慌てて駆け寄った。
「何とか……ね。――ってゆーか、そこの馬鹿オトコ! 何で敵に塩を送るような真似してんのよっ! お陰で奇襲が失敗したじゃない!」
「――ええっ!?」
猛犬がガウガウと噛み付くような勢いで、苺莉亜が拓人に文句を言い放つ。
「だって、あのままだったら義乃が危なかったし……」
「危ないのはコッチも一緒よ! ……その生意気なホリブラの小娘と知り合いみたいだけど、私の邪魔はしないでくれるっ?」
「す、すいませんっ! ……でも、こんなの。こんなの、ちょっとおかしいって! あんたも義乃も、敵同士だからっていきなりこんな、斬り合うなんてさっ!」
怒鳴り散らせるだけの元気があるから、苺莉亜の怪我は大した事がなさそうだ。
非難の矛先を向けられた拓人は慌てつつも、何とか戦いを止めさせようと進言する。
「《夜光》だか《聖血教会》だか知らないけど、いきなり殺し合いなんてどう考えても異常だろう!? 話し合いで穏便に解決できないのかっ?」
「話し合いで解決出来てたら、そもそも敵対してないってば。それに私は殺す気なんて無いわよ。ただちょっとキツイお灸を据えてやろうと思っただけ。頭の固い武闘派集団と、一緒にしないでくれる?」
「麻宮、私も殺す気はないわ。その女が纏っている《星魔》の力を払い落す為に戦っていただけ。悪趣味な格好を好み、卑怯な戦法しか出来ない《夜光》の人間と一緒にしないで」
「――傍から見たら、どう考えてもガチンコだったろアレは!」
苺莉亜と義乃が真面目な顔で返す言葉に、拓人は思わず鋭い突っ込みを入れる。
「はァんっ!? 誰が悪趣味で卑怯だって? ……ちょづいてると、今度は本気で潰すわよ?」
「その格好や言動、全てがそうよ。……こちらも容赦はしない。愚者は切り捨てるだけ」
「こいつッ……。もう絶対許さない……!」
こめかみをキチキチと強張らせながら、苺莉亜が再び爪を構えた。
義乃も剣を正眼に構え、改めて苺莉亜と相対する。
「闇朱。ちょっとゴメンだけど、貴女にも手伝って貰うわ。……初めての実戦が敵のエースなんて、嫌でしょうけど」
「――そんな事無いです! 私だって《夜光》の一員です、出来ます!」
大きな瞳に決意を宿し、闇朱がきっぱりと告げた。
その顔を見て、苺莉亜が穏やかな微笑みを一瞬浮かべる。




