四者邂逅の刻
平井義乃は迷わない。
例え視界に収まる人間の中に、意外な顔が混じっていたとしても。
瞬時に状況判断する。――加害者は誰で、被害者は誰なのか。
さすれば即断即決、石畳をローファーで蹴り上げた。
竹刀袋の百合模様が宙を舞い、そこから抜かれた竹の刀がしっくりと義乃の手に馴染む。
同時に所持するペンダントが黄金色の閃光を放ち、竹刀を核として収束していった。
――その間、ほんの数瞬の出来事。
義乃の掌中に、薄い黄金色の輝きを帯びる片刃の長剣が出現していた。
「はあぁぁっ!」
空気を割り断つ勢いで、義乃が声と気勢を発する。
彼女の視線の先で面食らっている、三人の肌をびりびりと震わせた。
義乃は手にした神秘の剣を上段に構え、切れ長の瞳で最初のターゲットを捉える。
「――!? ……お前は!?」
狙われたのは、驚愕の表情と共に誰何の声を発す苺莉亜だった。
苺莉亜は攻撃可能圏内から逃れようと、慌ててブーツの踵で強く地面を突き離す。
それとほぼ同時に義乃が振り下ろした切っ先が、――ピィィッ、とまるで鳥の鳴き声のように美しい音色を奏で、宙を割いた。
苺莉亜の眼前を掠めた剣先が、睫毛の数本をじゅっと焦がして縮れさせる。
義乃は流れる動作で足を捌き、そのまま拓人の方へ体を向けた。
「う、うわああぁぁっ!」
「麻宮君!」
闇朱の悲鳴が生まれたのと、義乃が剣先を走らせたのは同時だった。
――ピィィ、ピィッ!
立て続けに生まれる風切り音が、ほぼ一つに重なって聞こえる。
義乃の操る剣が、それだけ高速である事を表していた。
いきなり不思議な力で剣を生み出し、風のような動きで刃を振るってきたのだ。
拓人は両手を身体の前に交差させ、身構える事しか出来なかった。
しかし襲ってくると思われた痛みも、噴き出すと予感した血の赤も無い。
「……あれ?……痛く、ない……?」
「……あさみや、くんっ……。……はぁっ」
「おっと! 秤音、平気かっ?」
拓人が無事だった事に安堵して、闇朱の膝からかくんと力が抜けていった。
地面に崩れ落ちそうになった彼女を慌てて抱き止めて、拓人は数歩よろめいた。
「――あれっ? ……足が、動く……?」
「束縛の術は破壊したわ。……怪我は無い? 麻宮」
淡々とした中にも燃える炎の熱を宿す声で、義乃が拓人の安否を確認する。
「……だ、大丈夫だっ、有難う。……って、義乃ッ!?」
動く事を確かめる為に、どすどすと何度か大地を踏み締める拓人の顔が明るくなった。
突然躍り出てきた人物に感謝の言葉を述べ……そこで漸く相手が見知った者だと気付く。
拓人は口を半開きにさせて、義乃の顔を呆然と見つめる。
「な、な、なっ……何でお前がここに……?」
「怪しい気配を感じてここへ来た。でもまさか、《大星魔》の宿主が麻宮だったなんて……」
「……ええっ!? 何で宿主の事をっ? ……お、お前も《夜光》なのかっ?」
「違う。一緒にしないで」
驚く拓人の質問をすぱんっと否定し、義乃は視線を一点に集中させる。
常人の跳躍力を遙かに超えて、再び社の屋根へ着地していた苺莉亜の方へ。
「その力、ホリブラの奴ね。……そうか、アナタも花菱学園の生徒なんだ?」
眠たげだった双眸をはっきり見開いて、苺莉亜は眼下で得物を構える義乃を睨みつけた。
「……そちらは《夜光》の幹部メンバー、蛇頭の苺莉亜だな?」
「あらら、バレてるんだ。有名人だから仕方ないわねー。あ、サインは上げないわよ」
「《聖血教会》の名の下に、この『小夜啼鳥』がお前を倒す」
「――『小夜啼鳥』ですって?」
義乃が名乗りを上げた瞬間、苺莉亜の眉が忌々しげに急カーブを描いた。
「あははッ! そう。まさかこんな所で、希代の《舞い手》に遭えるとは思わなかったわ」
「お前達の好きにはさせない。《星魔》の力、払い落とさせて貰う!」
「やれるものならやってみなさいよ! ホリブラの小鳥ちゃん! ――魔憑身!」
油断なく長剣を構える義乃を見下ろし、苺莉亜は口端を不敵に吊り上げた。
両腕を横へ広げて高らかに声を上げると、苺莉亜の周りへ青紫色の光が集まり始める。
螺旋の軌跡を描くそれは、瞬く間に苺莉亜の姿を覆い尽くす光と風の竜巻となった。
「――おい、秤音、大丈夫かっ?」
「……あ、うん。……大丈夫……っ」
魔法陣が消えた石畳の上で闇朱の身体を支え、無事を問う拓人。
弱々しげな笑みを浮かべる闇朱の膝は、微かに震えていた。
「一体何が起きてる? ……状況、理解できるか? 義乃……あいつは一体何なんだ?」
「……あの子は《聖血教会》よ。私たち《夜光》と敵対している組織の人間で、《舞い手》と呼ばれる戦士……。麻宮君の知り合いだったの?」
「あ、ああ、まぁな。ついさっき知り合いになった。……お前達と敵対しているって事は、さっき話してたアレか? この世から《星魔》を消し去ろうとしているっていう……?」
「……そう。どうやら麻宮君を勧誘している所を、嗅ぎ付けられたみたい。私も実際に会ったのは初めて……」
何とか膝に力を取り戻した闇朱が、拓人の手から離れて地面を踏み締めた。
「苺莉亜さん……戦う心算なんだ……」
「そうそう! 苺莉亜って人、なんだアレっ? 光が集まっていく……!」
「……魔人化してるの」
「――魔人化っ?」
拓人が闇朱の言葉を繰り返したのと同時に、苺莉亜を包んでいた青紫の竜巻が四散した。
強烈な風が弾けて、境内に立つ全員の髪を激しく靡かせる。
揺れる長髪とスカートを押さえながら、闇朱は社の上を凝視した。
暗緑色の瞳へ飛び込んできたのは、先程と姿を違えた苺莉亜の姿だ。
ラベンダー色の髪が波打つ頭の上を、煌びやかな黄金のティアラが飾っている。
ベビードール風のふわふわとしたドレスは消え去っていて、代わりにレオタード型の鎧がスタイルの良い身体を包み込んでいた。
肘から指先までをガードするガントレットや、爪先から膝の辺りまでを覆うグリーブも装着されていて、ゴツイ形状をしている。
よく見るとそれら全ての防具は、びっしりと青紫色の鱗で覆われていた。
更に苺莉亜の背中には、直径二メートルはありそうなリング状の物体が浮かんでいる。
それは神仏の背後に表現される光背という物に酷似していて、無数の蛇が絡み合い集まる事で一つの円を成していた。神々しさの代わりに、禍々しさを放つ赤紫の光を鈍く帯びながら。




