一陣の風吹く刻
「さっきも言った通り、アナタの身体には《大星魔》が憑依しているわ。でもそいつが覚醒するまでには、まだ少しの猶予があるの」
「猶予? ……それって後どれ位あるんですか?」
「星読みの占い師が言うには、《大星魔》の完全覚醒には三つの段階があるの。第一段階は《冠星》が空を流れる事。この時に宿主へとりつくわ。そして第二段階は、地上で何らかの災害が起きる」
「災害……って、まさか?」
拓人はついさっき我が身へ降りかかった出来事を思い出し、恐怖で声を震わせた。
「そう。さっき起こった地震は、まず間違いなく第二段階へ到達した証ね。そして第三段階……。宿主の身体の何処かに、《大星魔》覚醒の印が浮かび上がるわ。それが現れた時、アナタは精神を乗っ取られて、世界に巨大な災いをもたらす存在へ生まれ変わってしまう」
「ど、どうするんですかっ!? もう第二段階まで進んでるんでしょう!?」
自分が最終段階の手前という事を認識し、拓人は堪らず苺莉亜の両肩へ掴みかかった。
自分が自分でなくなってしまうという焦りと不安で心を満たされ、相手が女性だという事も忘れて乱暴に身体を揺さぶった。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてっ……離しなさい、コラ、馬鹿ッ……!」
「落ち着いていられるかよ! 何なんだよいきなり! こんなの、こんなのって……!」
「麻宮君! 大丈夫! 《大星魔》に乗っ取られない方法はあるから!」
見かねた闇朱が拓人の脇腹へ抱き付いて、必死に宥めようとする。
「だから落ち着いて! 大丈夫だから……ね? 麻宮君」
闇朱の真摯な叫び聞いて、拓人はハッと息を飲む。
暗緑色の瞳がふるふると震えて、拓人を真っ直ぐに見詰めていた。
「……わ、悪い……。あまりの事に、気が動転して……」
「イタタッ……凄い馬鹿力ね、アナタ。……肩の所、少し痕になってるし……」
拓人の手から解放されて、苺莉亜は自分の肩を眺めながら静かに嘆息した。
「すいません、つい……。それで、乗っ取られないで済む方法っていうのは?」
「まぁいいわ。動揺するのも当然の話だしね。……要は《大星魔》を完全覚醒させない為に、アナタへ封印を施すのよ」
「封印? そんな事が出来るんですかっ?」
闇の中に一筋の光明を見出して、拓人の表情が少し明るくなる。
「出来るわ。だから私達を信じて、《夜光》の仲間になりなさい。悪いようにはしないから」
落ち着いた口調で拓人に語り掛ける苺莉亜は、自信に満ちた表情をしている。不安な心を、しっかり包み込んでくれそうな雰囲気だ。それでも答えに迷う拓人は、隣を見下ろす。
そこには拓人を心配そうに見上げ続ける、闇朱の潤んだ瞳があった。
「……麻宮君、信じて。必ず私達が、助けるから」
クラスメイトとして共に過ごしてきた闇朱との思い出が、拓人の脳裏を過ぎった。
そんなに親密な仲ではなかったが、漫画の話題で一緒に笑い合った時間は嘘じゃない気がする。一度騙されかけた自分だけど、もう一度信じてみてもいいのではないかと思った。
何よりこのまま黙っていても、自分は《大星魔》に心を乗っ取られてしまうのだ。
冷静に思考を働かせて、拓人はゆっくりと深呼吸をする。
しがみ付く闇朱の胸から、とくんと伝わって来る優しい温もりに、拓人は心を決めた。
「……分かった。仲間になるよ」
「――麻宮君! ありがとう!」
拓人の決意を聞くと同時に、闇朱はぱぁっと表情を明るくした。
大輪の花が咲くような笑みを満面に浮かべ、感謝の気持ちを告げる。
その顔を間近に見ていた拓人は、強く胸奥を高鳴らせた。
「決まりね。それじゃあ早速……」
苺莉亜がホッと安堵の息を吐き出して、何事かを告げようとした瞬間。
「――――そうはさせない」
――ゴゥッ!
突然強い風が境内を吹き抜けて、拓人達の髪を激しくなぶった。
「うわっ!?」
「きゃぁっ!」
「ちょっと何よっ! この風はっ?」
反射的に瞼を強く閉ざした三人が、それぞれに悲鳴を上げる。
拓人達が居る場所から少し離れ、赤色が所々剥げた鳥居の下に。
本来であれば現れる筈のない四人目の人物が、人払いの結界を抜けて現れていた。




