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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
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星魔黎明の刻

 《星魔》とは古来より世界に存在し続ける魔物。

 星に宿り、人間に惹かれる性質を持っている。

 《星魔》は普段、自分が宿る星と共に宇宙空間を彷徨っているのだが、時に流れ星となって地上へ落ちてくる事がある。

 地上へ落ちた《星魔》は一般人の目には確認出来ず、幽霊のような存在らしい。

 《星魔》は『欲望』『嫉妬』『恨み』『闘争』『慢心』等といった、人の心に生まれる様々な感情や本能を刺激し、人間の社会に混乱と争いを生み出す原因になるという。

 《星魔》に関する闇朱の説明に耳を傾けつつ、足元の光に拓人は視線を落とした。


「その《星魔》と俺の今の状況に、何の関係が有るんだ……?」

「《星魔》を宿す星の中でも、特別大きくて輝きが強い星があるの。私達は《冠星(かんむりぼし)》って呼んでる」

「特別大きい《冠星》……何かヤバそうな雰囲気だな」


 こめかみから汗を一滴垂らし、拓人が呟いた。


「《冠星》が流れる時、地上は決まって未曾有の大混乱に陥ってきたの。大きな戦争が起きたり、酷い病が流行したり。《冠星》に宿る魔物が世界へ与える影響は、普通の《星魔》とは比べ物にならない位に大きいの」

「その《冠星》に宿る魔物を、私らは《大星魔(デウシーマ)》って呼んでるわ」


 何処から取り出したのか、苺莉亜はカラフルな棒付きキャンディを舐めつつ補足をする。

 そして薄らと唾液を纏ったキャンディの先端を、ぴっと拓人の鼻先へ向けた。


「で、あんたがその《大星魔》」

「――は、はあぁぁっ!? ……な、何言ってるんだよ! 俺はそんな《大星魔》なんかじゃない、ただの人間だって!」


 苺莉亜によって突然突き付けられた甘い芳香と、恐ろしい言葉を受けて。

 境内中に響き渡る声で、拓人が必死に首を横へ振り、否定を表した。


「……の、宿主でしょ? 苺莉亜さん」


 闇朱が冷静に言葉を付け加えると、拓人は不安そうに眉を顰めた。


「宿主……?」

「《大星魔》は地上に降りる時、気に入った人間を宿主に選んで憑依するの。そして憑依された人間は、《大星魔》にやがて精神を乗っ取られ、凶行に走るようになってしまう……」

「そゆこと」


 真面目に説明をする闇朱と対照的に、苺莉亜があっけらかんと呑気な態度で再びキャンディを舐め始めた。

 得体の知れないものに憑依されると聞いて、拓人の唇は自然と震えてしまう。


「そんな……じゃあ俺の中には、もうその《大星魔》って奴が居るってことか?」

「……残念だけど、そういう事なの……」


 闇朱が気の毒そうに拓人の顔を見つめ、それから暗緑色の瞳を伏せる。

 長い睫毛が可憐に揺れる様子も、今は何処か物憂げだった。


「でも何で……何で俺が宿主だって分かるんだよ? 何かの間違いかもしれないじゃないかっ?」


 実際拓人は自分の身体にも心にも、何の変化も無い事を自覚している。

 いきなり魔物が憑依していると言われても、信じられないのが当然だろう。

 そんな拓人の言葉を受けて、苺莉亜がキャンディをちゅぽんっと口中から引き抜いた。


「《夜光》にね、凄く有能な占い師がいるのよ。その占い師は《冠星》の動きを読み取って、宿主を特定する事が出来る。宿主が現在居る場所から、性別、年齢や身体の特徴なんかまで驚くほど細やかにね。凄いでしょ?」

「……証拠は。証拠はあるんですかっ? 俺はだって、全然いつも通りなんだ! 凶行に走ろうなんて気持ちは、これっぽっちも持っちゃいない!」

「ここには私が人払いの結界を張ってあるの。普通の人間だったら、魔術の効果で境内まで辿り着く事が出来ないわ。……だけどアナタはあっさりと結界を抜け、ここへ来た。それがもう、ただの人間じゃない証拠よ」


 食い下がる拓人の希望をあっさり打ち砕く、苺莉亜の言葉。

 つまり拓人は試されていたのだ。苺莉亜と闇朱によって。

 拓人は信じたくなかった。

 だが魔法陣によって身体の自由が利かない以上、その結界の事も信じざるを得なかった。


「……っく。……それで? 宿主の俺をどうしようっていうんだよ」

「闇朱がさっきも言ったけど、アナタを《夜光》の仲間にしたいの。闇朱に魅了の術をかけさせて、手っ取り早く言いなりになって貰おうと思ったんだけどさ。……まさか、こんな美少女からの告白を断るなんてね~」

「魅了の術……RPGゲームとかで出てくる、相手を意のままに操る魔法みたいな……?」

「そうそう、そんな感じ。ただ魅了の術は相手の心の隙を突いてかけるモノなのに、貴方って妙に自制心が強いんだもん。しょうがないから、私が出てきたってワケ」


 ちらり、と苺莉亜が闇朱の顔を横目で見つめる。

 その視線を受けては気まずそうに、闇朱は唇をきゅっと噛み締めていった。


「本当にごめん。普通に話しても、信用してもらえるか分からなかったし……。出来れば穏便に済ませたかったから。でも何を言っても、卑怯な事に変わりないよね……」


 申し訳なさそうに頭を下げて、拓人へ謝罪する闇朱。

 拓人が本当に宿主であるか確認する為。

 そして宿主であった場合に魅了の術をかける為。

 闇朱からの呼び出しは、つまり二重の意味が隠されていた事になる。


「……俺が宿主である事と、仲間に誘いたいって事にどういう関係が? そもそも《夜光》って、一体何なんだ?」

「《夜光》とは、世界に存在する《星魔》を管理し、時に護る為の組織よ」


 きっぱりと言い放つ苺莉亜の言葉に、拓人は訳が分からないと眉根を寄せた。


「《星魔》を護る? 何でですか? 人の悪い心を刺激する悪魔なんでしょ? 居なくなった方が良いじゃないですか」

「考えが浅いわね、少年。確かに『欲望』やら『闘争』が世界に満ち溢れたら大変でしょうよ。でもだからって、それら全てが無くなったら……世界は一体どうなると思う?」


 苺莉亜は小さくなったキャンディの下から上までを舐め上げて、口に含んだ。

 そしてがりっと噛み砕いてしまうと、白い棒だけを拓人へ突き付け、問いかけていった。


「どうなるって……どうなるんですか?」

「全ての欲が無くなるって事は、『食欲』や『睡眠欲』っていう人間の根源的な『欲求』も無くなるってコトなのよ。――アナタ、食べたり眠ったりする事をやめて、人は生きていけると思う?」

「――な、何だって……?」


 思いもしなかった事を言われ、拓人は驚愕で目を見開いた。


「『闘争』だって同じよ。食料を得る為には獲物となる動物を狩らなくちゃいけない。外敵に襲われた時に、抗う心がなければ滅ぼされてしまう。闘争心なくては生き残れないわ」

「《星魔》が刺激する感情や本能は、確かに負のイメージと共に語られる事が多いの。だから古来より悪魔とか鬼とか、そういう邪悪な物として人々には語り継がれているんだけど……」


 苺莉亜の言葉を補足しながら、闇朱は言葉を続ける。


「苺莉亜さんが言ったように、そういうものが少なすぎても、人間はこの世界で生きていけなくなってしまうの。勿論増えすぎてもダメだし……要するにバランスが大切って事」

「でも世の中にはその事が分からない、頭の固~い連中が居るのよ。《星魔》は諸悪の根源だから、この世から根こそぎ滅ぼさないといけない。……そういう正義バカがね」

「そんな人達の過激な行動を抑制して、世界のバランスを保とうとしているのが私達《夜光》という訳。……分かってくれた? 麻宮君」


 拓人は頭をフル稼働させて、彼女達の話に耳を傾けていた。

 幸い普段からゲームや漫画に慣れ親しんでいたお陰で、現実離れした出来事も違和感なく脳内へ吸収する事は出来る。

 しかしそれでも、完全に理解しきれているかは怪しい。

 闇朱の説明に頷くものの、ただただ与えられる情報の壮大さに圧倒されていた。


「……世界のバランスを保つなんて、凄い組織なんだな。……その、《夜光》っていうのは」

「そう。とても大切で、崇高な使命を持った組織なの」


 拓人の呟きを受けて、その思いを更に強めようと闇朱が肯定する。


「さて、《星魔》と《夜光》についての講義は、取り敢えずこれで良いかしら? そろそろ本題に入りましょう。何故アナタを、私達《夜光》のメンバーに招きたいかを」


 苺莉亜が拓人の頬へ手を伸ばし、ネイルアートの施された指先でさわりと撫でた。

 拓人は反射的に肩を震わせる。艶やかなメイクが施された苺莉亜の顔が近い。

 捕らわれの身だというのに、拓人は不覚にも頬を少し熱くしてしまった。

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