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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
1/48

始まりの刻

警告

この作品には 〔いじめ描写〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

苦手な方はご注意ください。

 美しい星空が一面に広がり、心地良い浮遊感に身体も意識も包み込まれている。

 煌めく星の輝きは、赤青白など色彩豊かで、いくら眺めていても飽きるという事が無い。

 ガス状に渦を巻く銀河が宇宙空間にひしめき合い、あるものは長く帯を描いて、あるものは花火がぜたような形で暗黒を照らしていた。

 上も下も右も左も分からない、自分自身すら美しい光の中に溶けてしまいそうな。

 そんな無限にも感じるスケールの大きさに、時が経つのも忘れて浸り込んでいた。

 すると果てなき世界の真ん中に、突然黒い染みのようなものが生まれた。

 半紙にすみを一滴落としたような染みは、じわじわと輪郭りんかくを歪めながら形を変えてゆく。

 漆黒のアメーバを思わせる不気味なソレは、段々と大きくなって人の形を成した。

 広げた両腕は無数の銀河を抱え込み、鋭い爪先が星達の集まりを抉るように掻き乱す。

 頭頂部から数本の角が伸び上がり、顔の右端から左端までが裂けて巨大な口が生まれた。

 ――怖い。恐ろしい。

 星々の煌めきだけが心を高揚こうようさせていた空間を、醜悪しゅうあくな闇と赤が塗り潰していく。

 逃げ出したいのに、逃げ場なんてどこにもない。


(見つけた)


 ――ざわ、り。

 腹の底が凍り付くように不快な声が、突然耳の奥へ流れ込んでくる。


(ハハハハハ! 見つけたゼ、我が器! 我が苗床なえどこサマ!)


 高すぎず低すぎない、男の声だ。

 それは空間中に響き渡る程の、明るく突き抜けた声量。

 細かい砂利じゃり皮膚ひふへ直接擦り込まれていくような、ざりざりした振動に身震いをした。

 震えは止まらず、自分の肉体が声の主に対して拒絶反応を示し続けている。

 ほとんどを闇に浸食された星空が、張り詰めて縮れて壊れそうになっていた。

 声の主は自分を見ている。

 感じる視線から身を守るように、己の身体を抱き締めていく。


(イックぜぇ、今すぐに! 超特急でお前の元へ!)


 赤い口が歪み、高揚と愉悦を含んだ笑い声がマシンガンのように飛び出して。


(……そして俺とオマエは、一つになるんだ)


 不意にヤツの言葉から、ふざけた喜悦の感情が消えた。

 穏やかに低く、凄みを増した呟きが耳を打つ。

 すると黒い津波の如きヤツの身体が、徐々に自分の方へ覆い被さってきた。

 逃げられない。逃げられっこない。


(アア、たのしみだ。愉しみだなぁ、もうすぐだ)


 鮮血のような赤に満ちた大口が、自分を呑み込もうとしてくる。

 ソレはわらっているようだった。


 濃い群青色の空に輝く数多の星と、淡い金色に染まる月の光が地上へ降り注ぐ。

 熱帯夜に包まれた繁華街のネオンが、その光を迎え入れていた。

 そんな都市の中心地から、距離にして約十数キロメートル離れた地域。古ぼけたビルが建ち並ぶ、寂しい場所が存在する。

 かつては大勢のサラリーマンやキャリアウーマンが通勤していたオフィスの数々も、照明器具が外されて真っ暗な闇に包まれていた。

 そんな廃れたビルの一つ。屋上に二つの人影があった。


「……流れたわね、星が」


 影の一つである女が、口を開いた。

 年の頃は二十代半ばといった所だろう。

 パーマのかかったショートヘアはラベンダー色をしていて、無造作スタイルっぽく軽やかに跳ねていた。

 身に纏うのは、ベビードールに似たシルエットのドレスだ。

 胸下に巻き付いた赤いリボンの端が、風になびいている。

 白と黒の太いストライプが縦に走る柄で、スカートの裾は赤いバラ模様になっていた。

 そして足には、鋲が打ち込まれた黒いブーツを履いている。

 とろりと眠たげに細められた女の双眸は、黒く神秘的な光を帯びていた。


「上からのお達しがあったわ。星読みの結果、宿主はこの街に住む高校生よ」


 女の青白い指の間に、一枚の写真が挟まれている。

 そこには大きな欠伸をしながら道を歩いている、制服姿の少年が写り込んでいた。


「驚いたわ。この制服って確か、アナタが通っている学校のでしょう?」


 やや低めの色っぽい声を発しながら、女は背後を振り返る。

 シュッと指先から写真を放ると、勢い良く回転するそれを二人目の人影がキャッチした。


「好都合じゃない。接触しやすくて助かるわ。これでホリブラの奴らに、一歩も二歩も先んじる事が出来る」


 上機嫌に鼻を鳴らす女とは対照的に、写真を見つめる影から動揺の気配が僅かに漏れた。


「――うん? どうしたの? ……もしかして、知っている顔だったとか?」


 かくん、と女は首を横に傾けて尋ねた。

 それを受けて、影は小さく頷く事で肯定を表す。


「わぁんだほー。それじゃあ話は早いわね。早速ミッションに取りかかって貰うわ」


 女はピンク色の舌を小さく出して、唇をぺろりと舐める。

 影は写真に写る少年の顔を、そっと指先でなぞっていった。

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