不老不死
このひととなら、永遠に、、、!
私の名はノア・モンクス。次期領主である。
いや、正しくはもう領主であるのか。
なぜなら、王都に行き陛下の命令を受けた以上、手続きは既に終わっており、例え父上であっても私を当主にしないことは不可能であるからだ。
昔から領主になるため努力してきたため、これが叶うのは素直に嬉しい。
昔はいなかった信頼できる部下も、貴族としての義務である学舎に通っている間に作ることができた。
本来はやってはならないのだが、お忍びで冒険者をしていたのも功を奏したのだと感じている。
あとは無事に領地に帰れば全ての望みが叶う。
5つのときにできた婚約者は協力してはくれなかったし、わがままは多いがこれからは2人で領地の運営をしていくのだ、まあそのうち治るだろう。
――――――
なあ、聞いたか?
ああ、婚約者様が今浮気してるって話か?
なんだ、みんな知ってんのかよ。
そりゃそうよ、みんなノア様の忠実なしもべなんだから。
今、証拠集めをしてる。あと七日稼げればなんとかなる。
ふむ、、、
何か案はあるか?
そうだな、、、こういうのはどうだ?この辺りの集落に知り合いがいてな、、、
―――
ガタン、と。音と共に馬車に衝撃が走った。
「なにごとだ!」と、私は声を出して馬車から頭を出した。
すると、信のおける部下の1人が答えた。
「敵襲です!既に敵は退却しましたが、馬がやられました!このままここにいるのは危険だと進言致します!」
私は答えた。
「では近くの街に向かおう!確かこの近くには大きな街がある筈だ!」
しかし、これまた信のおける部下が答える。
「大きな街までは徒歩で3時間ほどかかります!既に日が暮れかけている以上、夜間に移動するのは危険です!」
ううむ、どうするべきか。
敵襲があった以上、できるだけ早く安全地帯に向かいたいところではあるが、今から向かうと危ないというのも確かな事だ。
迷っていると、声が聞こえた。
「あの、すみません。何かお困りですか?」
部下が叫んだ。
「動くな!」
私は言った。
「構わん!剣を下ろせ!」
部下は大人しく剣を下ろした。
そこにいたのはまだ15にも満たない少女だった。
そのような者に剣を向けては貴族の名が廃るというものだ。
私は聞いた。
「我々はある事情で馬を失ってな。
もしよければ、君の集落に案内してくれないか。」
少女は怯えながらも答えた。
「はい、それは全然構いません。ただ、その馬の死体は村で引き取ってもよろしいでしょうか。」
部下が言う。
「このお方に平民如きが要求するとは何事か!」
私は言った。
「よい、構わん。馬の死体程度でよいなら好きにせよ。それより何人か、馬を運べ。」
「では、案内を頼む。」
少女は言った。
「かしこまりました。森の中に入りますので足元にお気をつけてお歩きください。」
―――
私は言った。
「これほどの集落が森の中にあるとは思っていなかったな。」
実際、それはよくある村数個を合体させたような規模をしている集落だった。
道中聞いた話だと、この集落の歴史は深く、長く外界との関係を絶っていたらしい。
そんな状況で武装した集団が入ってしまってはいらない問題を起こすと考えて、一部の精鋭を除き部下は置いてきている。
少女が言った。
「こちらが我々のトップがおわす館にございます。」
それは我々の価値観からしても中々の美術的センスを感じるものであり、とても良いものだと感じた。
中に入ると、老人がいた。
私は開口一番、こう言った。
「私たちは襲撃を受け、馬を失ってしまった。対価は出すので、どうか数日間泊めてほしい。」
老人は言った。
「構いませんが、3つほど条件がございます。
ひとつは、村の内部に泊められるのは坊ちゃんのみ。
ふたつは、泊まっていただけるのは7日間のみ。
みっつは、これらすべてと集落が外界との関わりを断っている理由を詮索しないこと。
これらすべてを破らぬと誓っていただけるならば我らは貴殿らを歓迎します。」
私は好奇心に駆られたが、ぐっとこらえた。
その間に部下が反発していた。
「何たる無礼か!このお方に何かがあったらどうなるかがわかっているのか、このお方は」
さえぎるように私は言った。
「了解した。貴殿の誠実さに感謝する。」
少女は言った。
「では、皆様の宿に案内致します。」
―――
部下たちと別れた後、私は移動した。
移動中に少女に聞いた。
・君はどのような立場の人間なのか
・いまから案内されるのはどのような場所なのか
・普段はどのようなものを食べているのか
少女はおおむね答えてくれた。
・先ほどの老人の血縁で、今は近くで仕事を学んでいる。
・あなたの泊まる場所で、それ以上はついてのお楽しみ。
・栽培している野菜と、たまに罠にかかる動物。
そのようなくだらない話をしているうちに、大きな屋敷が見えてきた。
少女は言った。
「こちらがあなたにお泊りいただく場所になります。
どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。」
中は特段センスがいいわけではないが、悪いわけでもない普通の屋敷といった感じだった。
使用人もそこそこの数がいて、よくある低級貴族の家、といった感じだった。
そこにいた老執事が言う。
「ここからは私が担当につかせていただきます。
今日はもう遅い時間ですので、まずお部屋に案内いたします。」
私はうなずき、ついていった。
部屋はまるで学舎の寮のようで、少し安心した。
老執事は言った。
「申しあげにくいのですが、先ほどあの子がお聞きした入浴がこの集落では難しく、できるのはせいぜいが桶いっぱいのお湯と、近くの泉にご案内することのみになってしまいます。」
私はとても驚いた。
これだけの建築をする技術を持ちながら、入浴する文化がないというのだ。
私の知る限り、この時代に入浴するという文化を理解してすらないなどということはなかったからだ。
私は言った。
「では、まず泉に案内してほしい。そして、この砂時計の砂がすべて落ちるころには戻るので、お湯を用意しておいてくれ。」
老執事が了承したあと、私たちは泉に向かった。
この分だと体を清めている間にも見られそうなので、私は先に釘を刺しておいた。
「案内は着くまででよいので、着いたら先に戻っておいてくれ。大した距離ではないし、問題ない。」
老執事が了承するまで説得し、ようやく了承を得た頃にはもう泉の入り口についていた。
老執事が帰ったのを確認した後、私はどうやら洞窟内の泉に向かった。
そこで私は、とんでもないものを見た。
それは、天女のごとき美貌と、世のすべてを信じているような無邪気な目、そして、魚のごとき足を持った、いうなれば人魚というものであった。
彼女はこちらを見て、言った。
「こんにちは!初めて見る顔だけれど、あなたはだあれ?」
私は息をのんだ。
彼女の声は今までに聞いたどのような音楽家の声も、王家や高位貴族のお嬢様ですら比較にならないほど綺麗で、邪気を知らない透き通った声だったからだ。
彼女は返事がないことをおかしく思ったのか、こてんと首をかしげていた。
私は少し遅れて言った。
「私の名前はノア・モンクス。あなたの名前も聞かせてほしい。」
彼女は先ほどの態度から一転して、少し訝しむような顔をした。
私は聞いた。
「どうやら私とあなたは種族が違うように思う!もし失礼をしてしまっていたら遠慮なく指摘してほしい!」
彼女は笑ってくれた。
「ということはあなた、人間?同じ人魚なら知らないのはありえないもの!
たしかにあなたは今、わたしにとってとても失礼なことをしたわ!
ただ、それを指摘する前にまず自己紹介をしましょう?」
「わたしはトライトネス!見てわかる通り、人魚よ!」
私も答えた。
「では、改めて。私はノア。人間だ。」
彼女はうなづき、言った。
「じゃあ、さっきの言葉の通り指摘するわね!
さっきの中で一番失礼だったのは、名乗った後に名前を聞いたこと。
わたしたちの中だと、それは求婚に値するセリフなの!
初対面でプロポーズなんて、さすがに受けられないのだわ!」
私は愕然とした。
一目ぼれした女性に、婚約者がいる身で知らなかったとはいえ求婚したのだ。
しかも、種族すら違う相手にだ。
私は謝罪した。
「そんなつもりはなかったんだ!本当にすまない!
私はこう見えて婚約者がいるし、そのような無礼、働く気はなかったんだ!」
彼女は冗談めかして言った。
「婚約者がいるのに口説くなんて、いけないひとなんだー?」
私は一生懸命に弁解した。それはもう、時間をかけて。
砂時計のことなんて、とうに忘れて。
―――
彼女と話していると、後ろから声が聞こえた。
老執事が言った。
「お時間を過ぎておりますが、大丈夫ですか!!」
私は彼女に言った。
「すまない、そろそろ時間みたいだ。
今日は話せてうれしかった。また、会えるだろうか。」
彼女は言ってくれた。
「べつにいいけれど、明日もこの時間にくればいいの?」
私は言った。
「ぜひそれでお願いしたい!
明日以降はもう少し長く話せると嬉しいが、そこはきみに任せよう!
では、また明日!」
彼女は答えて、泉に潜って消えていった。
―――
次の日も、その次の日も。
私は彼女に会いに行った。
彼女はもとからフレンドリーではあったが、数日たつ頃にはかなり心を開いてくれていた。
たとえば、2日目に話した内容である「好きなもの」は食べ物だったが、残り来れる回数も少なくなった5日目では自分のお気に入りの場所に連れて行ってくれたのだ。
とてもいい景色の場所で、そこで歌も聴かせてもらったのだ。
彼女はとても嬉しそうに、楽しそうに歌ってくれていた。
あまりの歌声に、私は言わないつもりだった次に来れるのは明日が最後だという情報を漏らしてしまったのだ。
彼女はそこですぐに話を終え、私を送り届けた後、いなくなってしまった。
最後に会いに行ける6日目の夜、事件は起きた。
なんと、話している最中に彼女が私と会えなくなることへの悲しみで泣いてくれたのだ!
しかし、なんとかなだめているうちに後ろから物音がした。
私は叫んだ。
「だれだ!私は今水浴びをしているのだぞ!無礼であろう!」
しかし、足音は止まらなかった。
そして、それはひとつではなかったのだ。
見ると、それは老人や老執事、少女といった集落の人間たちであった。
そして、皆一様に金属製の筒を持っていた。
私がいかに声をかけようと、彼らはそれを無視して、私に要求した。
「後ろの人魚を引き渡せ!さもなくばお前の命はない!」
「控えろ!私は王国における実質的な」
老人が私の言葉を遮り、言った。
「貴殿は人魚にまつわる伝承をご存じですかな?」
私は答えた。
「知らんが、それがなんだ!」
老人は答えた。
「この集落には有名な伝承がございまして、それが人魚にまつわるものなのでございます。
簡単に申しますと、人魚を食べると不老不死になれるというものです。」
私は絶句した。
自分が死にたくないから、それだけの理由で彼女の命を奪おうとする、人間に失望してしまった。
瞬間、爆発音が響いた。
遅れて、腹部に激痛が走った。もはや痛いのではなく衝撃と熱さだけが伝わってきた。
「ノア!!」
彼女が数瞬遅れて叫んだ。
そして、彼女は私を抱えて泉に沈んでいった。
―――
着いた場所は、いつしかの彼女の好きな場所だった。
彼女は言った。
私を食べて、と。
やった、やったわ、成功したわ!
わたしの愛しのあなた、婚約者なんて許さない、逃げるなんて認めない。
集落のみんなはよくやってくれたわ、わたしを食べる以外で助からない程度の傷と、優しい彼が人間に絶望するくらいの演技を見せてくれたわ!
もしかしたら、本気だったかもしれないけれど、わたしだって不老不死なんだもの。
あんなおもちゃじゃ何にもならないわ。
まあ、どうせもう会わないから、どうでもいいわ。
彼の記憶を覗き見るに、彼がいなくなると問題が起きそうだから、いったん500年くらいは一緒に引きこもりましょうか。
ああ、愛しのあなた
永遠に、わたしとふたりでいきましょう?




