始まり
はじめまして!
これは「ルミセイラ」という架空の世界を舞台にした物語で、
生という特殊な力を使って、さまざまな能力を発揮できる世界です。
こういうファンタジーを書くのは今回が初めてで、
しかも作者はイギリス人なので、日本語がちょっと変でも
どうか優しく見守ってください…!
これはあくまで第一稿なので、温かい目で読んでいただけたら嬉しいです。
火命は森の中をよろめきながら駆けていた。
冷たい夜気が肌に噛みつき、暗闇を裂くように地面が足の下で流れていく。
胸の奥で膨れ上がる不安に押されるようにただ前へ前へと走る。
いつもの新鮮な松の匂いに、焦げた煙の刺すような臭いが混じり、心臓をわし掴みにした。
「……っ!」
足が止まる。
視線の先、粗末な小屋の上に、黒い塔のような“それ”がそびえ立っていた。
輪郭は常にうごめき、まるで形をとどめることさえ拒んでいるかのようだ。
恐怖が全身を貫く。
「川婆ちゃん!!」
叫び声が木々の間を反響していく。
中には彼女がいる。助けなきゃ。それだけしか考えられなかった。
考えるより先に、火命の身体は走り出していた。
脈打つ鼓動が頭の中でガンガン鳴る。
左手を突き出し、指を大きく開く。
掌から散った火花が、一瞬で炎へと変わる。
炎は矢のように伸び、空気を灼き切りながら“それ”の背中へと殺到した。
だが、炎がぶつかった部分は、ただ波紋のように揺れるだけだった。
影の塊は熱を飲み込み、何一つ気にしていないかのように微動だにしない。
「……っ、ふざけんなよ……!」
胸の奥を、焦りが爪で引っかくように掻きむしる。
「誰か、助けてくれ!! カゲモノ――影物だ! 頼む、誰か!!」
叫びながら、火命は木立の間を見渡す。
自分を“守ってやる”と言っていた不良たち――
小遣い欲しさにこき使われ、その代わりにここを守ると約束していた連中の姿は、どこにもなかった。
どこへ行きやがった。
金だけ取って逃げたのか。
そんな考えが脳裏をかすめるたび、胃がねじれる。
川婆ちゃんは無事なのか。
怪我をしていないか。
まだ、生きているのか――。
問いが波のように押し寄せる中、火命は影物へとさらに距離を詰める。
再び、炎を放つ。
影物が攻撃態勢に入るのをどうにか止めたかった。
だが、放たれた炎は、その身体の表面でまたしても光の波紋を残すだけで、何の傷も刻めない。
次の瞬間、影物の口が裂けた。
闇色の光が脈動し、巨大な奔流となって吐き出される。
漆黒の光線が小屋の半分を丸ごと薙ぎ払い、周囲の木々を根こそぎ倒していった。
焼け焦げた木と血の臭いが空気を満たす。
さっきまで肌を刺していた夜の冷たさは、濃密な熱に呑まれていった。
火命の中で希望がかすれた。
膝が笑い、足元から力が抜けそうになる。
自分の攻撃は何一つ通じない。
絶望と不安が頭の中で絡みつくように渦巻く。
──それでも。
胸の奥で、微かな“何か”が揺れた。
自分のものではないような、遠い誰かの声の残響のような気配。
それが、不思議と足を前へ押し出してくれる。
火命は歯を食いしばり、小屋へ向かって走り出した。
崩れた瓦礫の間に、川婆ちゃんの姿が見えた。
大きな梁がその華奢な身体の上に落ち、彼女を押し潰している。
火命は進路を変え、一直線に彼女のもとへ駆ける。
走りながらも横目で影物を捉える。
高い木々の梢を越えるほどの巨体。
全身はどろりとした闇で出来ていて、赤い目だけが炭火のように燻り、縁からは赤い光が滲んでいた。
その身体はまともな形を保てておらず、渦を巻く影が絶えず外へと逃げ出そうとしている。
頭上の月明かりは、厚い枝葉と煙に遮られ、森全体に幽かな幽光だけを落としていた。
その時、足が瓦礫に引っかかる。
「――っ!」
火命の身体は宙へ投げ出され、地面にたたきつけられた。
尖った木片が腕に突き刺さり、焼けるような痛みが走る。
呻きながら転がり、どうにか立ち上がると、よろめきながらも川婆ちゃんのもとへ向かった。
影物は、森の動物たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う音に気を取られているのか、一瞬だけこちらへの興味を失っていた。
川婆ちゃんのすぐ傍らまでたどり着いた時、火命の目からは涙が滝のように流れていた。
さっきまで質素でも温かな住処だった小屋は、見る影もないほどに粉々だ。
大きな木片が彼女の脇腹を貫き、彼女はそこを押さえながら、浅く速い呼吸を繰り返している。
顔色は血の気を失い、唇はうっすらと紫がかっていた。
「大丈夫だから、婆ちゃん。オレが治す。治して、一緒に逃げよう。」
震える声でそう言いながら、火命は涙を拭う暇もなく両手を傷口へとかざす。
掌が、眩しいほどの白い光に包まれる。
光が川婆ちゃんの身体へと染み込むように流れ込み、どくどくとあふれていた血が、次第に勢いを失っていく。
「……火命かい……?」
川婆ちゃんの声はか細いが、いつもの優しさを含んでいた。
「そうだよ、婆ちゃん。オレだよ。大丈夫、傷はオレが治すから……そしたら、ここから離れよう。」
火命が必死に言うと、川婆ちゃんの目が見開かれた。
恐怖が、その瞳に浮かぶ。
彼女は震える手で火命の服を掴み、ぐっと引き寄せた。
「逃げなさい、火命。お前の能力じゃ、この傷は治しきれん。それに、ここにおったら、あの影物に殺されるよ……!」
「嫌だ! 婆ちゃんを置いていけるわけないだろ! 絶対に治せる。オレがやるから……!」
必死の声が、夜気に震えながら滲んでいく。
川婆ちゃんは、うっすら笑おうとした。
しかし、目の奥ににじむ痛みは隠しようがない。
「まったく……最後まで頑固な子だねぇ……。いいかい、火命。わしの番は、もう終わりなんだよ。そのことは、受け入れなきゃいけない。」
「そんなこと言うなよ!」
火命は首を振る。涙が頬から飛び散る。
「婆ちゃんしかいないんだ、オレには……! もう悪い連中とも付き合わないって約束するし、もっと手伝うから。小屋だってまた一緒に建て直せる。だから行くなよ、お願いだ……婆ちゃんまでいなくなったら、オレ、本当に……!」
言葉は嗚咽に飲まれ、途切れ途切れになる。
その時、影物が再び火命を見つけ、咆哮を上げた。
巨体が地面を揺らしながら迫ってくる。
火命は思わず川婆ちゃんの上に覆いかぶさった。
心臓が悲鳴のような速さで打ち鳴らされる。
赤く爛々と輝く目がこちらを捉え、巨大な影の爪が振り下ろされる。
転がるように身を翻し、火命はギリギリでその一撃を避けた。
さっきまで身体を伏せていた場所の地面が、粉々に砕けて弾け飛ぶ。
「火命、逃げなさい!」
川婆ちゃんの声は、もはや風に消えそうなほど弱々しい。
火命は振り返りざま、再び炎を撃ち出した。
影物を少しでも遠ざけたかった。
だが、それは獣を苛立たせただけで、傷つけるには程遠い。
「……くそっ……!」
両手が震える。
それでも、彼は手を下ろさなかった。
「婆ちゃんを置いてなんか行けるかよ! 婆ちゃんしかいないんだ、オレには!」
「火命……お前は、生きなきゃ。」
川婆ちゃんの囁きは、息と一緒に零れ落ちるようにか細い。
「お前には、まだ先がようけ残っとる。お前を助けてくれる人も、導いてくれる人も……いつか必ず現れる。」
影物の口から、再び闇の渦が放たれた。
ぐるぐると回転する黒い力が風を巻き込み、火命の身体を吹き飛ばす。
地面に叩きつけられ、全身に痛みが走る。
それでもどうにか立ち上がり、彼は再び影物を睨みつけた。
その瞳には、恐怖と一緒に、消えかけの炎のような決意が灯っている。
川婆ちゃんは震える手を伸ばし、火命の腕に触れた。
「……お前は、強い子だよ、火命。自分で思ってるより、ずっとね。でも――今は、逃げなきゃ。」
「……オレ、婆ちゃん、大好きだよ。オレには婆ちゃんが必要なんだよ。」
血と土で汚れた顔をくしゃくしゃにしながら、火命は絞り出す。
「だから行かないでくれよ……頼むよ……。」
「大丈夫。お前はちゃんと、誰かに出会う。」
川婆ちゃんは微笑んだ。
「お前を気にかけてくれる人。守ってくれる人。そういう人に出会ったら、信じなさい。それまで、生き延びるんだよ。……火命、お前を育てたことは、わしの人生で一番の幸せだった。こんな年寄りにも、毎日楽しいって思わせてくれた。だから、大丈夫。わしがいなくても、お前はきっと、生きていける。」
「でも……婆ちゃんがいなかったら、オレひとりじゃ……。どこへ行けばいいんだよ。誰がオレのこと見てくれるんだよ……。抱きしめて欲しいとき、誰がしてくれるんだよ……。夜、昔話をしてくれるのは誰だよ……。オレの能力のこと、教えてくれるのは誰なんだ……。」
「怖いさ。ひとりはね。」
川婆ちゃんは、かすれた声で続ける。
「でも、それでもお前は出会うよ。お前を大事に想ってくれる人と。そしたら、信じてみなさい。……生きていれば、必ずそういう出会いはある。……火命。愛してるよ。」
その目に、少しずつ霞がかかっていく。
光が奥から薄れ、瞳の色が静かに退いていく。
「……あの人たちだって……きっと、生きておったら、お前を見て、誇りに思ったはずじゃ……。」
「だれが……? 婆ちゃん……だれが、そう思うんだよ……。」
問いかけは、返事に届く前に空気に溶けた。
川婆ちゃんの瞳から、完全に光が消える。
その目は静かに開かれたまま、ガラスのように冷たく、動かなくなった。
「……婆ちゃん……? ねぇ、婆ちゃん……?」
火命は彼女の冷たくなっていく身体にすがりつき、声を上げて泣いた。
腕の中の温もりが、指先から逃げていく。
その感覚が、胸の奥で何かを引き千切る。
その瞬間、胸の内側から激しい何かがせり上がった。
怒りと絶望が混じり合い、行き場を失った感情が生そのものに火をつける。
知らない力が、血管の中を駆け巡るのが分かった。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、火命はゆっくりと立ち上がる。
瞳は、さっきまでと違う光を帯びていた。
白く、異様な輝き。
両の手が、再び白い炎に包まれる。
さっきよりも、はるかに熱く、はるかに眩しい炎だった。
「……許さない……。」
その声は、彼自身も知らない響きを帯びていた。
「絶対に……逃がしてたまるか!!」
白い炎の奔流が、影物めがけて放たれる。
爆発的な熱量に押され、影の巨体がのけぞった。
今度は、影の表面が抉れ、断末魔のような咆哮が森に響き渡る。
だが、影物はすぐに形を取り戻した。
影がさらに濃く、さらに重く渦巻き、先ほどよりも巨大に膨れ上がる。
赤い目は、さっき以上に愉悦をたたえていた。
嘲るような笑い声が、森中に木霊する。
「……くそっ……!」
火命の心臓は、怒りと恐怖で同時に脈打つ。
再び白い炎を撃ち出す。
炎は確かに影を裂くが、その度に影物は肥え太るように見えた。
巨大な爪と、闇の塊が次々と飛んでくる。
火命は必死に身を翻し、炎で相殺しようとするが、一撃一撃が身体を削っていく。
森は、二つの力の衝突で昼のように照らされ、
木々の影は長く、歪んで揺れた。
身体の中で暴れていた新しい力も、少しずつ勢いを失っていくのが分かった。
対照的に、影物の動きはどんどん軽く、鋭くなっていく。
燃えるような破壊の欲求が、その目に宿っていた。
「……負けない……! 負けるわけには……!」
火命は最後の力をかき集める。
両手の白い炎を一点に絞り、光線のように撃ち出した。
狙いは影物の中心――心臓だと信じたいあたり。
白い光線がそこを貫き、影の肉が大きく抉れる。
影物が、裂けた喉で苦痛の叫びを上げた。
一瞬、勝てたと思った。
しかし、影はまた渦を巻く。
抉れた箇所がねじれるように閉じ、以前よりもなお濃い闇となって戻ってくる。
赤い目は、さらに深い悪意で笑っていた。
次の瞬間、影物の爪が、さっきとは比べ物にならない速度で振り下ろされた。
避ける暇もない。
衝撃が全身を打ち抜き、火命の身体は地面を転がりながら吹き飛ぶ。
肺から空気が一気に押し出され、視界が白く弾けた。
必死に息を吸おうとしても、胸が痛みで軋むだけ。
世界がぐらぐらと揺れ、何が上で何が下かもわからなくなる。
影物が、頭上に覆いかぶさる。
その存在そのものが、圧力になってのしかかってくるようだった。
赤い目が真上から見下ろし、無邪気な残酷さで細められている。
火命は、どうにか膝に手をつきながら立ち上がろうとする。
「……まだ……倒れて……たまるかよ……。」
声は掠れてほとんど聞こえない。
身体は言うことを聞かず、足は鉛のように重い。
それでも、倒れたまま終わることだけは拒んでいた。
だが、現実は残酷だった。
足がもつれ、再び地面に膝をつく。
腕からも力が抜け、肩が落ちる。
影物の顎に、闇の渦が集まり始めた。
空気が震え、地面が微かに唸る。
殺意そのものが凝縮されたような闇が、口の中で回転している。
「……やだ……死にたくない……。」
火命は目をぎゅっと閉じ、身体を小さく丸めた。
前後に揺れながら、必死で呟く。
「生きさせてくれ……生きさせてくれ……生きさせてくれ……。」
闇の光線が放たれた。
大地が震え、世界そのものが黒く塗り潰されるような感覚が襲う。
圧倒的な力が身体を貫き、骨まで凍りつくような恐怖が脳を支配する。
視界は完全な闇に飲まれた。
最後に浮かんだのは、川婆ちゃんの顔だけだった。
守れなかった。
仇も討てなかった。
そのうえ、自分も同じように一人で死んでいく。
――オレは、どうして……。
胸の中で、冷たく重い絶望だけが残り、
影物の笑い声が、遠くでいつまでも響いていた。
そして、すべてが、暗闇に沈んだ。
読んでくださってありがとうございます!
お話しした通り、これはまだ第一稿です。
楽しんでもらえていたら嬉しいです。
火命はこのあとどうなるのか…?
もし読んでくれる方が多ければ、次の章もすぐ投稿しますね。
今日があなたにとって素敵な一日になりますように。
そして、あなたには生まれながらの価値があります。どうか忘れないでくださいね。♡




