悪意と権威
教会の奥、執務室ーー水路に対する荒れた会議の余韻がまだ室内に漂っている。
パルミアは机に突っ伏し、疲れ切った声を漏らした。
「今日はもう……誰も私の話を聞いてくれないのかしら……」
「大聖女様、落ち着いてください。ひとまず、どの勢力のものかを明らかにするのが先かと。」
カリラが静かに言い、ユリシェは微笑みながら肩に手を置いた。
「そうね……でも、少しだけ気を抜きたいな」
パルミアの顔がわずかにほころぶ。
ユリシェが棚から取り出したのは、かつて商会から献上された茶葉の箱だった。
「お茶でも淹れましょうか、大聖女様」
パルミアは香りを嗅ぎ、ぱっと表情を明るくする。
「やっぱり美味しい……ほっとするわね」
ユリシェは湯を注ぎながら眉を寄せる。
「しかし、最近商会の供給量が異常に増えています。地方の村々でも、この銘柄が飲まれているそうですよ。」
「え、でも……私がこの前に"お墨付き"を出したからでしょう?」
無邪気に笑うパルミア。
そこへ外務卿イリーナが静かに入室する。
「“大聖女のお墨付き”ですか.…実に便利な権威ですね」
「イリーナ……どういう意味です?」
カリラが鋭く問う。
「大聖女のお墨付きがあると、誰も輸出量を疑わない。茶葉に混ざって何が運ばれているか、考えるものは一人もいないでしょう。」
飄々と核心を突く口調で告げるイリーナ。
パルミアの表情が一瞬で曇る。
「わ、私は...…ただ美味しいと思っただけなのに……!」
カリラは首を振る。
「パルミア様の善意を悪用する者こそ罪深いのです。ご自身を責める必要はありません」
ユリシェはそっと肩に手を置く。
「その通りです。パルミア様にはいつも私たちがついています」
イリーナはにやりと笑う。
「さて……商会の倉庫、嗅ぎに行きましょうか。」
窓の外では雨雲が国を覆い始めていた。