光を包む影
教会の最奥、重苦しい空気が満ちた会議室。
分厚い石の壁に囲まれた円卓の上に、一通の書簡が置かれていた。
「……南部の村からの報告です」
読み上げた内務卿の声は珍しく震えていた。
「川がせき止められ、水が流れてこないと。作物は枯れ始め、民は飢えに瀕しております」
ざわめきが広がる。
「これはアルカディアの仕業だ!」
「我らの喉元を狙った挑発行為に違いない!」
パルミアはゆるやかに息を吸い、白い指を机に置いた。
「断定は避けましょう。真実を確かめずに、民を戦の犠牲にすることはできません」
その静かな声に、ざわめきは一瞬だけ止む。だが不安は消えなかった。
数日後。南部の村。
「……ひどい」
パルミアは荒れ果てた畑を見下ろし、言葉を失った。
乾いた土はひび割れ、立ち枯れた穂が風に揺れている。
村人たちは痩せこけ、子どもは空腹に泣き声を上げていた。
「聖女様……どうか……どうかお助けを……!」
老人が震える手を差し伸べる。
パルミアは膝をつき、その手をそっと握った。
「必ず、何とかします。……だから、もう少しだけ耐えてください」
背後でカリラが低く呟く。
「パルミア様、危険です。こんな所にまで……」
「民を見ずして、どうして聖女と呼ばれましょう」
振り返ったパルミアの瞳は、揺るぎなかった。
やがて調査に出たカリラが戻る。
「……見つけました。水路を塞ぐ人工の堰を」
その報告に、場の空気が張りつめる。
パルミアとユリシェ、護衛兵たちが向かうと、そこには確かに巨大な石の壁が川をせき止めていた。
だが、その前には黒い装束の集団が立ち塞がっていた。
「……アルカディア兵では、ない?」
カリラが剣に手をかける。
装束の者たちは無言で武器を構え、じりじりと距離を詰めてくる。
緊迫した空気を切り裂くように、パルミアが声を張った。
「やめなさい! これ以上、民の命を弄ぶことは許しません!」
その言葉に、装束の者たちは一瞬だけ動きを止めた。
やがて、先頭の男が不気味に笑う。
「……聖女の声が、どこまで届くか。見ものだな」
次の瞬間、彼らは霧のように散り、森の闇へと消えていった。
村には仮の水路が作られ、水は戻り始めた。
しかし、パルミアの表情は重い。
「彼らはアルカディアではない。けれど……このままでは、戦を望む者たちの思う壺」
唇を噛みしめる彼女の瞳に、揺らぐ決意はなかった。
そしてその夜、教会に戻った彼女を待っていたのは、アルカディアの使者サーヴェル卿。
「話は聞いている。……我らの兵ではない。しかし、この事態は戦の火種になり得る。奴らが我らの国にも手を出したら、王の機嫌次第でそなたの国との戦争になりかねん。」
パルミアはその言葉を受け止め、静かに答える。
「ならば……影を暴き、断たねばなりません。この国も、民も守るために」
――大聖女の前に、新たな闇が立ち塞がろうとしていた。