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大聖女様と陰謀

スルメアの朝は、いつも清らかな鐘の音で始まる。

だがこの日、教会の正門に鳴り響いたのは、硬い馬蹄と鉄具の音だった。


「隣国アルカディアの使者、謁見を求む!」


重厚な鎧をまとった従者たちに囲まれ、ひとりの青年貴族が馬から降り立つ。

その鋭い瞳と薄い笑みは、礼儀の奥に隠された挑発を隠そうともしない。


「……サーヴェル公爵ですか...」


パルミアは聖堂の奥で報告を受け、軽く息を吐いた。

隣国との確執は薄氷の上を歩くようなもの。

その使者が、よりによって“剣より言葉を好む”と評される男であることに、彼女は内心で胸騒ぎを覚えた。 


聖堂謁見の間。

高い天井と彩色ガラスから射す光が、重臣たちを照らす。

玉座に座した大聖女パルミアの前で、サーヴェル公爵は一礼し、口を開いた。


「大聖女よ。我が王アルカディアは、南部の水路について強く抗議する。

あれは古来より我が国の領地であり、貴国が管理するのは不当である」


内務卿パパラエが即座に立ち上がる。

「何を言うか! 水路の開発は我らスルメアの資金と労力によるものだ!

歴史を歪めるのはやめていただきたい!」


「パパラエ卿!落ち着いてください!」

パルミアが手を挙げて制する。


「申し訳ありません、サーヴェル公爵。ところでそれはそちらの王の意思ととらえてかまいませんか?」


「もちろん。これは我が王の意思にして、我が国の意思。」

その言葉から裏を読むことはできない。


そして、外務卿イリーナが涼やかに微笑む。


「……ここは一度、譲歩を見せるべきでしょうね」


「イリーナ卿!? 正気か!」


パパラエが声を荒げる。

「正気ですわ。戦を選べば民が飢える。少し水路を共有すれば済む話……もっとも、それに見合う“交換条件”はいただきますが」


イリーナの目が細く光った。

挑発か計算か、その真意は誰にも読めない。


重苦しい空気の中でサーヴェルが口を開く

「決断は急ぎでなくて結構です。ですが、賢い決断を期待しています。」


謁見が終わり、控室に戻ったパルミアは、椅子に沈み込むように座った。


「はぁ……どうしたらいいの」


「断固拒否するべきです、パルミア様」


カリラがきっぱりと言う。


「民を守るためには、譲れぬものがある」


「でも……戦になったら、民が一番に苦しみます」


エラが穏やかに反論した。


「飲める水がなくなり、食糧も不足するでしょう。だから――」

二人の正反対の声が交錯し、パルミアは頭を抱えた。


「私が間違えたら、この国ごと倒れる……そんなの、怖すぎるよ」




その夜。

静かな廊下を、ひとりの影が歩いていた。

イリーナ・ヴァレリア。

外務卿の彼女は、月明かりの差す中庭でサーヴェル公爵と向かい合う。


「……思ったよりも、甘い国ですね。大聖女も」


サーヴェル公爵の皮肉に、イリーナは唇の端を上げた。


「甘さは毒にも薬にもなるものよ。

――さて、私とお茶でもどうかしら? あなたが望むものと……私の望むもの。取引しましょう」


二人の笑みが重なる。

その意味を、まだパルミアは知らなかった。

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