(94)真夜中の侵入者と逆さ吊りの三人娘
深夜の時計が午前2時を指していた。
スターマジカルアカデミアの校舎は静寂に包まれ、月明かりだけが石造りの廊下を薄っすらと照らしている。俺は教師用の宿舎の特別室から抜け出し、人気のない廊下を慎重に歩いていた。
今日一日を振り返ると、実に濃密だった。ミュウとステラの模擬バトル、アイリーンとステラの恋の決闘、そしてアイリーンの魔法書暴走事件。すべてが俺の想定を上回る展開だったが、最も重要だったのは、ディブロットの存在を確認できたことだ。
クラリーチェは確実に俺たちを監視している。そして、何らかの目的のために俺たちを利用しようとしている。
だからこそ、俺も行動を起こす必要があった。
この学園に来た真の目的を果たすために。
俺は廊下の角で立ち止まり、周囲を警戒した。学園のセキュリティは想像以上に厳重だった。魔法による警備システムが至る所に張り巡らされており、不審者の侵入を感知すれば即座に警報が鳴る仕組みになっている。そうなれば、即座にクラリーチェに知られてしまう。
しかし、俺にはスーツアクターとしての豊富な経験がある。特撮の現場やアクションシーンで培った技術が、今こそ役に立つ。
「まずは監視の魔法陣を無力化しないと......」
俺は廊下の天井に刻まれた小さな魔法陣を発見した。星型の紋様が薄っすらと光っており、これが動体感知の役割を果たしているようだ。
俺はブレイサーから微弱なエネルギーを放出し、魔法陣の機能を一時的に停止させた。アポロナイトの力は破壊だけでなく、精密な制御も可能なのだ。
魔法陣の光が消えたのを確認し、俺は次の角へと進んだ。
目指すは理事長室。そこには、この学園の長い歴史が記録された古い資料があるはずだ。
廊下は迷路のように複雑だったが、昼間の見学で大まかな配置は頭に入っている。中央階段を上がり、最上階の奥にある理事長室へ向かう。
階段の途中で、新たな障害に遭遇した。階段の手すりに仕込まれた圧力センサーだ。一定以上の重量がかかると警報が作動する仕組みになっている。
「厄介だな......」
俺は階段の端に体を寄せ、手すりに触れないよう慎重に上がっていく。スーツアクターとしてのバランス感覚と体幹の強さが試される瞬間だった。
ようやく最上階に到達すると、そこには豪華な絨毯が敷かれた廊下が続いていた。理事長室の扉は重厚な木製で、金の装飾が施されている。
扉には当然、厳重な魔法的な鍵がかけられていた。複雑な魔法陣が扉全体を覆い、不正な侵入を阻んでいる。
俺は蒼光剣のエネルギーを極限まで細く絞り、魔法陣の核となる部分に針のように正確に注入した。魔法陣の構造を理解し、内部から解除していく。
数分後、魔法陣が静かに消散し、扉の鍵が開いた。
「よし......」
俺は理事長室に足を踏み入れた。
室内は月明かりに照らされ、クラリーチェの威厳を象徴するような豪華な調度品が並んでいる。大きな執務机、革張りの椅子、そして壁一面を覆う巨大な書棚。
俺の目的は、その書棚にある古い資料だった。
書棚には数百冊の書物が整然と並んでいる。学園の歴史書、魔法理論書、そして......古い個人記録。
俺は手当たり次第に古そうな書物を取り出し、内容を確認していく。月明かりだけでは文字が読みにくいため、ブレイサーから微弱な光を放出して照明代わりにした。
「これは......学園創設時の記録か」
一冊の古い革装丁の本に目が留まった。表紙には「スターマジカルアカデミア創設記録」と記されている。
ページをめくると、百年以上前の学園設立当初の様子が詳細に記録されていた。初代理事長の肖像画、最初の教師陣の名簿、そして生徒たちの記録。
ページを慎重にめくり続けていく。だが、俺の探している情報はなかなか見つからない。
その時、廊下から微かな足音が聞こえてきた。
俺の体が一瞬で緊張した。誰かが近づいてくる。
まずい......クラリーチェにバレたか?
俺は息を潜め、鼓動を抑えるように努めた。足音は確実に理事長室へ向かっている。複数の足音、軽やかだが確実なリズム。この時間に誰が?
冷や汗が背中を流れる。もしクラリーチェに見つかれば、すべてが終わりだ。俺の真の目的がバレるだけでなく、エレノアたちにも危険が及ぶ。
俺は即座に書物を元の位置に戻し、執務机の陰に身を隠した。ブレイサーに手をかけ、いつでもアポロナイトに変身できる準備を整える。だが、ここで戦闘になれば学園中に警報が響き渡る。
足音は次第に近づいてくる。廊下の絨毯が足音を吸収するが、俺の研ぎ澄まされた感覚はその微妙な振動を捉えていた。
一歩、また一歩。
理事長室の扉の前で、足音が止まった。
俺は息を殺し、心臓の鼓動が聞こえないよう祈った。机の陰で膝を抱え、最悪の事態を覚悟する。
扉に手がかかる音がした。
ゆっくりと、慎重に扉が開かれていく。月明かりが廊下から差し込み、長い影が室内に伸びた。
侵入者が一歩、また一歩と室内に足を踏み入れる。俺は緊張で全身が強張った。
クラリーチェか? それとも別の敵か?
俺はブレイサーからエネルギーを放出した。敵を無力化するために。
青白い光がロープのように伸び、侵入者たちの足元に巻きついた。
「うっ......!」
「あっ......!」
「にゃっ......!」
三つの人影が瞬時に宙に引き上げられ、逆さ吊りになった。
逆さまになった体勢で、スカートが捲れ上がり、三人とも下着が丸見えになっている。髪が重力で垂れ下がり、身動きが取れずにもがいている。
エネルギーのロープが足首に巻きついており、三人は必死に体勢を直そうとするが、拘束によって思うようにいかない。
「うぅ......何これ......」
「師匠......?」
「にゃぁ......武流様......?」
俺は照明代わりの光を強くした。そこに逆さ吊りになっていたのは——
「エレノア、リリア、ミュウ……」
「武流!」エレノアが血が頭に上った真っ赤な顔で睨みつけた。「何してるのよ!」
「師匠......なんで攻撃するの......」リリアが涙目になっている。
「武流様......わたくし、目が回るのです......」ミュウの猫耳がくるくると回っている。
「なんだ、お前たちか......」
俺はエネルギーのロープを解除した。
「うわあああ!」
三人は勢いよく床に落下した。エレノアは背中から床に落ち、そのまま大股を開いた格好になってしまった。リリアは四つん這いの体勢で落下し、尻を突き上げた屈辱的な姿勢のまま動けずにいる。ミュウは運悪く部屋の隅にあったゴミ箱に頭から突っ込んでしまった。
「うっ......」
エレノアが慌てて脚を閉じようとするが、落下の衝撃で体がうまく動かない。
「あうう......」
リリアは四つん這いの体勢から起き上がろうとするが、手に力が入らず震えている。
「にゃー......」
ミュウはゴミ箱に頭を突っ込んだまま、両足をバタバタと動かしている。
「おい、ミュウ、大丈夫か?」
俺が慌ててゴミ箱からミュウを引っ張り出すと、彼女の髪にクシャクシャになった紙くずが絡まっていた。
「にゃ......頭がクラクラするのです......」
ミュウがふらふらと立ち上がり、猫耳が変な方向を向いている。
「ちょっと......!」
エレノアが怒りで震え声になった。
「いきなり攻撃して、逆さ吊りにして、挙げ句の果てに床に叩きつけるなんて......!」
彼女の瞳が怒りで燃えている。
「あなた、私たちを何だと思ってるの!?」
「すまん......てっきりクラリーチェかその手下かと思って......」
俺は頭を掻きながら謝った。
「クラリーチェ......?」エレノアが冷たく呟いた。「どういうこと?」
「師匠、教えてよ」リリアが立ち上がりながら言った。「ボクらに隠し事してるよね? 何を探ろうとしているの?」
「わたくしも知りたいのです」ミュウが髪から紙くずを取りながら言った。
三人の視線が俺に集中する。もはや隠し通すことはできそうにない。
「......分かった。本当のことを話そう」
「本当のこと?」とエレノア。
俺は深く息を吸った。
「俺がクラリーチェの誘いを受け、この学園の教師になった本当の理由だ」