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(93)癒しの力と宣戦布告

「蒼光剣――極限解放!」


 俺は剣に全エネルギーを注ぎ込んだ。しかし、今度は攻撃のためではない。蒼光剣が眩いばかりの光を放ち、その輝きは黒い光の柱を真っ二つに切り裂いた。


「今度こそ!」


 俺は光の中を突き進み、ついにアイリーンの前に到達した。彼女は空中で黒いロープに拘束されたまま、恐怖と絶望で顔を歪ませながら、暴走する魔法書を必死に見つめている。


 制服はもはや原形を留めておらず、ロープが体に食い込んで赤い跡を残している。彼女の美しい肌が蒼光剣の光に照らされ、痛々しくも美しい姿になっていた。


「アイリーン! 俺を信じろ!」


 俺はアイリーンに手を伸ばし、彼女を拘束している黒いロープを蒼光剣で切り払った。ロープが次々と切れて消えていき、アイリーンが俺の腕の中に落ちてくる。


 俺は彼女を自分の胸に引き寄せた。破れた制服から露わになった肌が俺の鎧に触れ、アイリーンは羞恥で顔を真っ赤にした。


「あっ......見ないで......こんな格好......」


 俺は自分のマントを外し、アイリーンの体に掛けてやった。


「大丈夫だ、もう安全だ」


 そして、蒼光剣を魔法書に向けて――


 しかし、剣を振り下ろすのではなく、俺は新たな技を編み出した。


「蒼光ヒール!」


 剣先から温かな光が放たれた。これは俺が今この瞬間に創造した、まったく新しい技だった。攻撃でも防御でもない、浄化と治癒の力。青白い光が魔法書を包み込み、闇の魔力を徐々に中和していく。


「アイリーン、聞こえるか?」


 俺は彼女を抱きしめながら、優しく語りかけた。


「お前は素晴らしい生徒会長だ。責任感が強くて、みんなのことを一番に考えている。そんなお前が、嫉妬なんかに負けるはずがない」


「武流先生......」


 アイリーンの瞳に理性が戻り始める。俺のマントに包まれて、ようやく安堵の表情を見せた。


「お前の魔法書も、お前の優しさを知っている。だから一緒に戦ってくれるんだろ?」


 蒼光剣の浄化の光が魔法書全体に行き渡ると、闇の魔力が霧のように消散していく。魔法書のページが静かに閉じられ、普段の穏やかな紫色の光を取り戻した。


「やった......」


 アイリーンがほっと安堵の息をつく。俺の胸に抱かれたまま、魔法書の無事を確認している。


「武流先生......今の技は......」


「君とステラの戦いを見て思いついたんだ」


 俺は先ほどの戦いを振り返った。


「二人の最後の技には、お互いを思いやる気持ちが込められていた。それをヒントに、蒼光剣の新しい可能性を発見できた」


 ステラの顔が感動で輝いた。


「自分と生徒会長の戦いが......武流先生の新しい技のヒントに......!」


「すごい......」アイリーンも息を呑んでいる。「新しい技を戦いの最中に編み出すなんて......」


 俺はアイリーンの肩に手を置き、彼女を見つめた。


「アイリーン、さっきの暴走は君の本心じゃない。ステラとの戦いで解決したはずの嫉妬心が、何らかの外的要因で異常に増幅されただけだ」


「外的要因......?」


「ああ。人の心を操る力を使って。君は何も悪くない」


 俺の言葉に、アイリーンの瞳に安堵の色が浮かんだ。


 しかし、その時アイリーンの体がふらついた。魔力を使い果たした上に、闇の魔力の侵食で体力も限界だったのだろう。


「あっ......」


 アイリーンが後ろに倒れそうになり、俺は慌てて支えようとした。しかし、タイミングが悪く、彼女はそのまま地面に尻もちをついてしまう。


 俺のマントがずれて、破れた制服がちらりと見えてしまった。アイリーンは慌ててマントを引き寄せ、体を隠した。


「きゃー! 見ちゃダメです!」


 さらに、転倒の衝撃で眼鏡が顔から外れて地面に転がった。


「あっ、メガネ! メガネ! どこにあるの!?」


 アイリーンがマントを体に巻きつけたまま、四つん這いになって手探りで眼鏡を探し始める。相変わらずのお決まりのギャグに、俺は苦笑いを浮かべた。


「ここにあるぞ」


 俺はアイリーンの眼鏡を拾い上げ、彼女に手渡した。


「あ、ありがとうございます......」


 眼鏡をかけ直したアイリーンは、改めて俺を見つめた。間近から命を救ってもらい、優しくサポートしてもらった体験が、彼女の胸の奥で強烈な印象となって刻まれる。


 破れた制服のままマントに包まれている自分の姿を意識して、アイリーンの頬がさらに赤くなった。


「武流先生......本当に......ありがとうございました......。先生が抱きしめてくださって......」


 彼女の声は小さく震えていた。拘束されて絶望的だった瞬間に、武流に救われた記憶は、彼女の心に深く刻まれている。


「武流先生......私......私......」


 言いかけて、アイリーンは恥ずかしそうに俯いた。恐怖からの解放と、武流への感謝、そして確実に深まった恋心が入り混じった複雑な表情だった。


「武流先生、本当にすごかったです!」


 避難していた生徒たちが戻ってきて、口々に称賛の声を上げる。


「新しい技、素晴らしかったです!」


「私たちの先生で誇らしいです!」


「師匠、すごかったよ! 新しい技まで作っちゃうなんて!」リリアも目を輝かせている。


「わたくし、感動したのです! 武流様の優しさが技になったのです!」ミュウの猫耳が嬉しそうに揺れている。


 生徒たちが俺を取り囲み、口々に感謝と称賛の言葉を浴びせかける。この学園に完全に受け入れられた感覚があった。


 アイリーンもマントを体に巻いたまま立ち上がり、俺を見つめている。


「武流先生......私、制服を着替えてから改めてお礼を......」


 彼女の声には、先ほどまでとは違う特別な響きがあった。命を救われ、そして破れた制服姿を見られた羞恥と、武流への想いが混ざり合っている。


 しかし、その輪の外でエレノアだけが腕を組み、無言で俺を見つめていた。その表情は、やれやれといった具合に少し呆れたような、そして複雑な感情が混ざり合ったものだった。俺が生徒たちに受け入れられていく様子を見て、どこか納得のいかない様子だ。


「お姉様」リリアがエレノアに気づいて、からかうような笑顔で近づいた。「また嫉妬してるの?」


「してない!」エレノアが顔を赤くして反論した。「私はただ......ただ......」


「ただ?」


「武流が生徒たちにチヤホヤされているのを見て、呆れていただけよ! 別に嫉妬なんかしてないわ!」


 リリアがクスクスと笑った。


「でも、お姉様の顔、すっごく複雑だったよ? アイリーン先輩が師匠のマントに包まれてるのを見て......」


「うるさいわね!」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、俺は中庭の上空で小さな黒い影が素早く飛び去っていくのを見つけた。カラスのような影だったが、普通のカラスではない。俺はその正体を知っていた。


 ディブロット――クラリーチェの妖精だ。


 やはり、アイリーンの魔法書暴走は自然発生したものではなかった。ディブロットが闇の魔力を送り込んで、意図的にアイリーンの魔法を暴走させたのだ。


 あの闇の魔力は深淵魔法の特性を持っていた。人の心の中にあるネガティブな感情を増幅させ、暴走させる力。


 目的は、恐らく俺の力を試すためだろう。新しい技を編み出す俺の能力を、クラリーチェは確認したに違いない。


 俺は校舎の陰にディブロットが潜んでいるのを視界の隅で確認した。あの妖精は、今この瞬間もこの場を監視している。


 ならば——


 俺は変身を解除し、中庭に集まった全ての生徒たちを見回した。


「みんな、聞いてくれ」


 俺の声が中庭に響くと、生徒たちの騒めきが静まった。全員の視線が俺に注がれる。


「今回の魔力の暴走がなぜ起きたのか、その原因は分からない」


 俺は意図的に、クラリーチェの関与については言及しなかった。しかし、校舎の陰のディブロットには聞こえるよう、声を大きくした。


「だが、一つ確実に言えることがある。魔獣はますます強くなっている。人間に化ける魔獣も現れた。そして今度は、魔法少女の心を操る力まで現れた」


 生徒たちの表情が真剣になった。


「お前たち魔法少女には、これまで以上の強さが求められる。今日のような事件が再び起きた時、自分の力で立ち向かえるだけの実力が必要だ」


 俺は拳を握りしめて、力強く宣言した。


「そのためにも、俺はこの学園を変える! お前たちを教え導き、今までにない最強の魔法少女を育て上げる!」


 俺の言葉に、生徒たちの瞳が輝き始めた。


「みんな、ついて来てくれるか!」


「はい!」


 アイリーンが真っ先に返事をした。マントに包まれたまま、瞳を輝かせている。


「武流先生、私たち、ついていきます!」


「自分も! 武流先生についていきます!」


 ステラも力強く応えた。


「私たちも!」


「最強になりたいです!」


「武流先生なら信じられます!」


 生徒たちが口々に賛同の声を上げる。その熱気が中庭全体を包み込んだ。


 俺は校舎の陰を一瞥した。ディブロットがその様子を観察しているのが見える。


 ニヤリと俺は笑った。


 これは事実上の宣戦布告だ。クラリーチェが俺を監視下に置き、俺の力を解析したいというなら、すればいい。その代わり、俺はこの学園の魔法少女たちを自分の支配下に置く。


 その時、エレノアが俺に近づいてきた。


「武流」


 彼女の声は低く、疑問に満ちていた。


「あなた、何を考えてるの?」


 エレノアは俺を見据えた。


「この学園に来た本当の目的は何? ただ生徒たちを強くするためだけじゃないでしょう?」


 俺はシラを切った。


「今、宣言した通りさ」


 俺は肩をすくめて見せた。


「最強の魔法少女を育て上げる。それが俺の目的だ」


 エレノアは納得していない表情だったが、これ以上追及してくることはなかった。


 俺は再び校舎の陰を見やった。ディブロットの姿はもうなかった。


 クラリーチェに俺のメッセージは伝わっただろう。


 ゲームの開始だ。

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