(89)指導者の心得★
「ミュウ!」
俺は拍手を浴びるミュウに向かって歩いていく。
「は、はい!」
ミュウが嬉しそうに振り返る。勝利の余韻に浸り、褒められることを期待している表情だった。猫耳もピンと立ち、尻尾も嬉しそうに揺れている。
「何をやっていたんだ、お前は!」
俺の怒声が校庭に響いた。
「え?」
ミュウの表情が困惑に変わる。勝ったのに怒られるとは思っていなかったのだろう。猫耳がピクンと動いた。
「最初から本気でやっていれば、ステラをあんなに苦しませることはなかった!」
「で、でも......」
「お前の個人的な欲求のために、相手に失礼な戦いをするなんて、教師失格だ!」
俺は容赦なく叱り続けた。ミュウの目がキラキラと輝き始める。
「わざと手を抜いて負けそうになり、相手を混乱させ、最後に本気を出して勝つ? そんな戦い方が許されると思っているのか!」
「申し訳ございません......」
ミュウの目に涙が浮かんできた。しかし、その表情は苦痛ではなく、むしろ恍惚に満ちている。
「情けない! お前は先生なんだぞ! 生徒たちの模範となるべき立場だろう!」
「はい......はい......もっと叱ってください......」
ミュウが小さく呟いた。
「最低だ! 最悪だ! こんな教師は見たことがない!」
「そ、そんなに......」
ミュウの声が震えている。涙を流しながらも、その表情は笑みが浮かんでいた。体を小刻みに震わせて、明らかに喜んでいる。
「うわあ......」
「ミュウ先生、本当にドMなんだ......」
「勝ったのに怒られて、しかも喜んでる......」
「ドン引きです......」
生徒たちが完全に引いている。罵倒されて喜んでいるミュウの姿に、みんな戸惑いを隠せない。アイリーンは眼鏡を外して拭いている。
「ダメな猫耳だ! 最悪の教師だ! 」
「ああ......ありがとうございます......」
ミュウが恍惚の表情で涙を流している。
一方、俺はステラの方に向き直った。木の枝に引っかかっていたステラは、自力で枝から地面に降りてこちらを見つめている。
「ステラ」
「は、はい......」
ステラが不安そうに返事をする。負けたのだから、厳しく叱られると覚悟していた。背筋を伸ばして、叱責を受ける準備をしている。
「お前は素晴らしい戦いをした」
「……えっ?」
ステラの目が丸くなった。
「スピードを活かした攻撃、的確な判断力、そして最後まで諦めない心。どれも一級品だった」
「そ、そんな......自分は負けたのに......」
「勝敗は結果の一つに過ぎない」俺は優しく言った。「お前は自分の実力を存分に発揮し、観客を魅了した。それが何より大切なことだ」
「武流先生......」
ステラの目に涙が浮かんだ。今度は感動の涙だった。
「お前の真っ直ぐな戦い方、体育会系らしい諦めない精神、後輩たちを引っ張る姿勢。すべてが素晴らしい」
「ありがとうございます......こんなに褒めていただいて......」
ステラが感激で涙を流している。
「えーっと......」
観客席の生徒たちが困惑している。
「勝った方が怒られて、負けた方が褒められるって......」
リリアが苦笑いを浮かべながら呟いた。
「しかも、怒られた方は喜んでて、褒められた方は感動してる......」
「どういう状況なのよ、これ」エレノアも頭を抱えている。「でも、不思議ね。どちらも満足そうだわ」
確かに、ミュウもステラも、それぞれ至福の笑みを浮かべていた。
ミュウは涙を流しながらも幸せそうで、「もっと叱ってください......」と小声で呟いている。
ステラは褒められて心から喜び、「自分、こんなに嬉しいの初めてです!」と感激している。
「なかなか面白い指導法ね」エレノアが感心したように言った。「人それぞれに合った言葉をかけているのね。まあ、一人は完全におかしいけど」
俺は内心で頷いた。スーツアクターとして若手を指導してきた経験が、ここで活かされている。
どうすれば相手がやる気になるか、どうすれば伸びるか——それは人それぞれ違う。ミュウには厳しく叱ることで、ステラには認めて褒めることで、それぞれの成長を促すことができる。
俺はミュウにもステラにも、もっと伸びてほしいという想いがある。そのための方法が違うだけなのだ。俺は朝倉明日香のことを思い出していた。彼女にも適切な指導法があったのかもしれない。それを見出していれば、セクハラとパワハラで告白されることもなかったのだろう。
「すごい......」
「武流先生って、本当にすごいんですね」
「私たちも指導してもらいたいです!」
「ぜひお願いします!」
生徒たちが口々に言い始めた。
「武流先生の授業、もっと受けたいです!」
「私も強くなりたいです!」
「でも、ミュウ先生みたいに叱られるのは嫌です......」
俺の指導法を見て、生徒たちの俺への信頼が一層深まったようだった。ただし、ミュウの反応には全員が引いているが。
「分かった」俺は頷いた。「これからも、お前たち一人一人に合った指導をしていこう」
「わーい!」
生徒たちが歓声を上げた。
「それでは、今日の授業はここまでだ」
俺が授業の終了を宣言すると、生徒たちは名残惜しそうにしながらも片付けを始めた。
「武流先生!」
ステラが駆け寄ってきた。
「今日は素晴らしい指導をありがとうございました!」
「いや、こちらこそ良い模擬戦を見せてもらった」
「お礼に、何かさせてください!」ステラが目を輝かせた。「武流先生のお部屋の掃除でも、お食事の準備でも、なんでも!」
「そんなことしなくても......」
「いえいえ! 自分、体力だけが取り柄ですから! きっとお役に立てます!」
ステラがハキハキと申し出る。
「武流先生の洗濯物も、アイロンがけも、お部屋の整理整頓も、全部やらせてください!」
「そこまでしなくても......」
俺が困惑していると、少し離れた場所でアイリーンがその様子をじっと見つめていることに気づいた。
アイリーンの表情は普段の人懐っこい笑顔ではなく、何か複雑な感情が宿っていた。
眼鏡の奥の瞳には、明らかに嫉妬の色が浮かんでいる。
(ステラが武流先生のお気に入り生徒になった......)
アイリーンの心の中の声が、まるで聞こえてくるようだった。
(私だって武流先生のお役に立ちたいのに......)
周りの生徒たちは、ステラの積極的な申し出に感心したり、羨ましがったりしているが、アイリーンの嫉妬心には気づいていない。
しかし、俺だけはその視線を感じ取っていた。
アイリーンの複雑な感情が、俺の胸に重くのしかかってくる。
確かに、俺はステラの実力を評価し、褒めた。それが彼女のやる気を引き出すと判断したからだ。
しかし、そのことでアイリーンが傷ついているとすれば......




