(90)アイリーンの嫉妬心と恋心
一日の授業を終えて、俺は教師用特別室に戻ろうと学園の廊下を歩いていた。初日の手応えは上々だった。生徒たちも俺の指導を真剣に聞いてくれているし、ミュウとステラの模擬バトルで、実戦的な魔法技術の重要性を理解してもらえたと思う。
ただ、授業中に気になったことが一つあった。アイリーンの視線だ。俺がステラを指導している時、彼女の眼鏡の奥の瞳に、明らかに嫉妬のような感情が宿っていた。
「師匠!」
後ろから息を切らしたリリアの声が聞こえた。振り返ると、彼女が慌てたような表情で駆け寄ってくる。
「どうした? そんなに慌てて」
「大変なの! アイリーン会長とステラちゃんが戦おうとしてるの!」
「......やはりか」
俺は小さく呟いた。
「もしかして、師匠、予想してた?」
リリアが首を傾げる。
「まあな」俺は苦笑いを浮かべた。「授業中のアイリーンの様子を見ていて、何かありそうだと思っていた」
「学園の中庭だよ! 急いで!」
リリアに案内されて中庭に向かうと、確かに多くの生徒たちが集まっていた。中央に立つアイリーンとステラを取り囲んで、緊張した面持ちで見守っている。
俺が群衆を掻き分けて進むと、アイリーンが眼鏡を光らせながら立っていた。その隣には、困惑した表情のステラがいる。
「武流先生!」
アイリーンが俺を見つけて、きっぱりとした口調で宣言した。
「私、ステラ・ウィンドロアさんと正々堂々勝負をします!」
「理由は?」
俺が直球で尋ねると、アイリーンの頬が微かに赤くなった。
「それは......その......とにかく! 正々堂々勝負で決着をつけます!」
やはり明確な理由は言わない。しかし、俺には午後の授業での観察から、彼女の心情は手に取るように分かっていた。
「アイリーン先輩、どうしてです?」
ステラは戸惑っている。体育会系の彼女らしく、勝負を挑まれれば受けて立つ気概はあるようだが、理由が分からないので困惑している。
「私には、ステラさんを許すことができない理由があるんです!」
アイリーンが拳を握りしめて言った。その表情には強い感情が込められていたが、当然ながら具体的には言わない。
ステラは体育会系らしい反応を見せた。
「分かりました! アイリーン先輩がそこまでおっしゃるなら、自分も正々堂々お受けします!」
「ステラちゃん、やめた方がいいよ」
リリアが心配そうに制止しようとする。
「わたくしもそう思うのです」
ミュウも猫耳を不安そうに動かしながら同調した。
「何か誤解があるのではないでしょうか? 話し合えば解決できるはずなのです」
しかし、アイリーンは聞く耳を持たない。
「話し合いでは解決できません! これは......これは私の尊厳に関わる問題なんです!」
その時、エレノアが俺の前に立ちはだかった。
「武流、あなた何をしてるのよ」
エレノアが呆れたような表情で俺を睨みつけた。
「生徒同士が喧嘩しようとしてるのよ? 止めるのがあなたの役目でしょう?」
確かにエレノアの言う通りだ。教師として、生徒たちの無用な争いは止めるべきだろう。しかし――
「気が済むまで戦えばいい」
俺はそう宣言した。
「え?」
エレノアが驚きの表情を見せる。
「武流、正気?」
「時には、言葉よりも拳で語り合うことが必要な場合もある」
俺は落ち着いた口調で説明した。
「アイリーンの気持ちは分かる。今の彼女には、戦うことでしか整理できない感情があるんだ」
俺の言葉に、アイリーンの表情がわずかに和らいだ。理解してもらえたことへの安堵と、同時に恥ずかしさが入り混じった表情だった。
「ありがとうございます、武流先生......」
アイリーンが小さな声で呟いた。
ステラも納得したようで、背筋を伸ばして宣言した。
「それでは、正々堂々戦わせていただきます!」
観客となった生徒たちが、中庭の端に移動して見守る体制を整えた。リリアとミュウは心配そうな表情を浮かべているが、エレノアは諦めたような表情で腕を組んでいる。
「武流の判断を信じるしかないわね......」
中庭の中央で、アイリーンとステラが向かい合った。距離は約10メートル。午前中のミュウとステラの模擬バトルと同じ間合いだ。
「それでは、変身してもらおう」
俺が合図すると、まずアイリーンが深呼吸した。
「いきます......」
紫色の光がアイリーンを包み込み、学園の制服が魔法少女の衣装に変わっていく。深い紫色のローブに身を包み、手には光る魔法書を持った姿になる。変身が完了すると、彼女は眼鏡をクイッと押し上げながら決めポーズを取った。
「知識と戦略の守護者......魔法少女アイリーン・グリモワール!」
続いてステラも変身する。青白い光に包まれ、風の翼を背負った姿になった。変身完了と共に、力強くポーズを決める。
「疾風の魔法少女、ステラ・ウィンドロア!」
二人の変身が完了すると、中庭の空気が一瞬で戦闘モードに変わった。魔力の波動が空間を満たし、観客の生徒たちも緊張した表情になる。
「それでは......始め!」
俺の合図と共に、戦いが開始された。
しかし、両者はすぐには動かなかった。お互いを見つめ合い、相手の出方を窺っている。
最初に動いたのはアイリーンだった。
「魔法書『グリモワール・アカデミア』、戦闘モード起動」
浮遊する魔法書が光を放ち、複雑な文字が空中に現れる。その光景は、まるでSFのコンピューターインターフェースのようだった。
「対象スキャン開始......ステラ・ウィンドロア、風属性魔法少女。推定魔力レベル、中級。得意技は高速移動と風の攻撃魔法」
魔法書から機械的な音声が流れる。
「推奨戦術:先制攻撃による主導権確保。束縛魔法による機動力封印を優先」
「理論的な戦い方ね」
エレノアが感心したように呟く。
「第一章:攻撃術『マジック・ミサイル』発動」
アイリーンの魔法書から光る矢が現れ、ステラに向かって飛んでいく。しかし、ステラも負けていない。
「ウィンド・ダッシュ!」
風の力で素早く移動し、光の矢を回避する。その動きは午前中と同様、目にも止まらない速さだった。
「予想通りの回避行動」アイリーンが冷静に分析する。「第二章:束縛術『グラビティ・ネット』発動」
今度は網状の光がステラの周囲に現れ、彼女の動きを制限しようとする。しかし、ステラは空中に跳躍してそれを回避した。
「自分の動きを止められるものですか!」
「エアロ・スラッシュ!」
ステラが反撃に転じる。鋭い風の刃が連続でアイリーンに向かって飛んでいく。
「第三章:防御術『マジック・シールド』発動」
アイリーンの前に光の盾が現れ、風の刃を受け止める。しかし、ステラの攻撃力は高く、盾に亀裂が入り始めた。
「やるじゃないですか」
アイリーンが眼鏡を光らせる。
「でも、これから本気を出させていただきます」
「第四章:特殊術『アナライズ・ウィーク・ポイント』発動」
魔法書から放たれた光がステラの体を包み込み、彼女の弱点を分析し始める。
「分析完了。対象の弱点:連続攻撃時の魔力消耗が激しい。持久力に問題あり。推奨戦術:長期戦による消耗戦」
「そんな......!」
ステラが動揺する。自分の弱点を正確に分析されるとは思っていなかった。
確かに、ステラのスピード重視の戦闘スタイルは、短期決戦向きだ。長引けば魔力切れを起こす可能性が高い。
「戦いは頭脳よ」アイリーンが得意げに言った。「第五章:持続攻撃術『マジック・ボルト・ストーム』発動」
今度は無数の小さな光弾が連続でステラを襲う。一発一発の威力は低いが、数が多く、回避が困難だ。まさに消耗戦を狙った攻撃だった。
ステラは必死に回避するが、次第に息が上がり始める。
「くっ......このままじゃ......」
しかし、体育会系の根性で踏ん張る。
「負けません! ウィンド・バリア・マルチプル!」
複数の風の壁を作って防御に徹する。しかし、アイリーンの分析通り、魔力の消耗が激しくなっていく。
戦いが続く中で、アイリーンの口から本音が漏れ始めた。
「どうして......どうして、あなただけ......」
光弾を放ちながら、アイリーンが感情的になる。
「武流先生の身の回りの世話を......朝食の準備から何から何まで......」
「え?」
ステラが困惑する。
「あなたは新入生の面倒を見ていればいいじゃない! どうして武流先生にまで......」
アイリーンの声に明らかな嫉妬の感情が込められていた。
やはり、と俺は思った。
アイリーンは俺に対して恋心を抱いている。そして、俺の身のまわりの世話を積極的に行い、俺に気に入られているステラに激しく嫉妬しているのだ。
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