(83)学園に渦巻く陰謀
魔獣が完全に消滅し、辺りに静寂が戻った。
「やったね!」
リリアが安堵の表情を浮かべる中、エレノアが俺に詰め寄ってきた。
「武流! あと少しで三年前の事件について聞き出せそうだったのに!」
エレノアの瞳には怒りと失望が混ざり合っていた。
「なぜ倒したのよ! 重要な情報を得られる千載一遇のチャンスだったのに!」
「あのまま放っておけば、お前が殺されていたかもしれないんだぞ」
俺は冷静に反論した。
「情報収集よりもお前の命の方が大切だ」
エレノアは反論しようとしたが、言葉に詰まった。確かに、あの瞬間の魔獣の殺気は本物だった。俺が介入しなければ、エレノアは危険な状態だったのは間違いない。
「でも......」
「分かってる。お前の気持ちも理解できる」俺は優しく言った。「でも、今回の件で一つ分かったことがある。人間に化ける魔獣が実在するということだ。これは重要な手がかりになる」
エレノアは渋々頷いた。
俺たちはアイリーンの方に向き直った。彼女は魔法少女の変身を解除し、再び制服姿に戻っている。
俺たちも変身を解除した。
「アイリーン、ありがとう」俺は心から感謝を込めて言った。「お前の助けがなければ、俺たちは苦戦していただろう」
「ありがとう」エレノアも素直に礼を言った。「あの束縛魔法、見事だったわ」
「わたくしも感動したのです!」ミュウが猫耳を嬉しそうに動かした。「魔法書を使った戦い方、初めて見ました!」
「魔法書系の魔法少女というのは珍しい」俺も興味深そうに言った。「機会があれば、その戦術について教えてもらいたい。俺も学ばせてほしい」
「えっ!?」
アイリーンの顔が一瞬で真っ赤になった。武流から直接そんなことを言われるなど、予想していなかったのだろう。
「い、いえいえいえいえ! 私なんて! そんな、武流先生に教えるだなんて! 滅相もない!」
アイリーンは慌てて手をばたばたと振りながら後退りし始めた。彼女の中では、すでに俺は“先生”ということになっているらしい。
「私はただの生徒会長で、戦闘なんて全然! 武流先生の方がずっとずっと!」
後退りを続けるアイリーンだったが、足元の石につまずいてバランスを崩した。
「うわああああ!」
彼女は盛大に仰向けに転倒し、スカートが捲れ上がって中が見えそうになる。
「きゃー! 見ちゃダメ! 見ちゃダメです!」
アイリーンは慌ててスカートを押さえながら、もう一方の手で眼鏡を探す。
「あっ、メガネ、メガネ! またメガネが! どこにあるの!?」
俺たちは全員、呆れたような表情でアイリーンの騒ぎっぷりを見つめていた。
「相変わらず騒々しいわね......」エレノアがため息をついた。
「アイリーンさんらしいのです......」ミュウも苦笑いを浮かべている。
「毎度のことだね」リリアも肩をすくめた。
☆
俺たちが闘技場に足を踏み入れた瞬間、観客席から盛大な拍手喝采が起こった。
「お疲れ様でした!」
「素晴らしい戦いでした!」
「本当にかっこよかったです!」
生徒たちの声援が闘技場に響く。先ほどまでの冷ややかな視線とは打って変わって、尊敬と称賛の眼差しが注がれていた。
「あの戦い、全部見えていたのか?」
俺が首を傾げると、特等席のクラリーチェが立ち上がった。
「わらわの魔力で、戦いの様子を空中スクリーンに投影していたのじゃ」
確かに、闘技場の上空に巨大な半透明のスクリーンが浮かんでいる。そこには先ほどの戦いの映像が再生されているようだった。
「武流、エレノア、リリア、ミュウ」クラリーチェが満足そうに微笑んだ。「見事な連携戦闘であった。これで、そなたたちがこの学園の教師にふさわしいことが証明されたのう」
観客席から再び拍手が起こる。しかし、その中には複雑な表情を見せる生徒たちもいた。
「武流先生は確かにすごいけど......」
「エレノア様は、やっぱり信用できないわ......」
「だって、追放された元王女でしょう?」
「あんなふうに戦えるのも、武流先生の指導のおかげだと思うし……」
小さな声だったが、俺の耳には聞こえていた。エレノアへの不信感は、一度の戦いだけでは完全には払拭されていないようだ。
エレノア自身もそれに気づいているのか、表情に影が差している。
クラリーチェが階段を降りて、闘技場のフィールドに姿を現した。彼女はアイリーンの前に立つ。
「アイリーン・グリモワール」
「は、はい!」
アイリーンが緊張して背筋を伸ばす。
「勝手に戦闘に参加したことは褒められたことではないぞ」
クラリーチェの声は厳しく、アイリーンの顔が青ざめた。
「でも」クラリーチェの表情が和らいだ。「生徒会長として学園を守ったこと、そして新任教師たちを支援したことは評価に値する。よくやったのう」
「ありがとうございます!」
アイリーンの顔がパッと明るくなった。
観客席から拍手が起こる。生徒たちも教師たちも、アイリーンの勇敢な行動を讃えていた。
その中で、俺はクラリーチェに歩み寄った。
「クラリーチェ」
「何じゃ、武流よ」
「今回の魔獣、少し都合が良すぎないか?」
俺は直接的に問いただした。
「人間の男に化けていた魔獣が、俺たちの教師デビューのタイミングで現れる。しかも、全校生徒が見守る中で俺たちの実力を示すのに最適な相手だった」
クラリーチェの表情は全く変わらない。
「お前の差し金じゃないのか?」
俺は続けた。
「俺たちの実力を全校生徒に知らしめるために、お前が魔獣を送り込んだ。違うか?」
「はて? 何のことじゃろうな」
クラリーチェは首を傾げて見せた。その演技は完璧だったが、俺には彼女の本心が見えていた。
「そもそも、学園に俺たちを教師として呼んだのも」俺はさらに追及した。「俺たちを監視し、その戦闘データを分析するためだろう? そして、自分の息のかかった魔法少女たちをより強く育成するために」
「全ては、おぬしの妄想じゃな」
クラリーチェが涼しい顔で笑った。
「わらわは単純に、優秀な教師が欲しかっただけじゃ。それ以上でも以下でもない」
俺は内心で確信した。やはり、今回の一連の出来事はクラリーチェの計略だった。魔獣の襲来も、俺たちの教師採用も、全て彼女のシナリオ通りに進んでいる。
しかし――
俺もまた、この状況を利用することができる。クラリーチェが俺たちを監視し、利用しようとするなら、俺もまた彼女を利用してやればいい。この学園で俺自身の目的を果たすために。
「そうか、俺の思い過ごしだったようだな」
俺は表面上は納得したふりをした。
「フッ。わかってもらえたかえ」
クラリーチェが満足そうに微笑んだ。
「わらわはただの学園理事長じゃ。そんな大それたことを考える暇はないのじゃよ」
そう言って、彼女は肩にいるディブロットと共に去っていく。
「武流殿の想像力は豊かですな」
ディブロットの声が最後に聞こえた。
俺は彼女たちの後ろ姿を見送りながら、内心で決意を固めていた。計略には計略で対抗する。俺もまた、この学園で自分の目的を達成してやる。
エレノア、リリア、ミュウ、そしてアイリーンが俺の元に集まってきた。
「師匠、これからどうなるの?」リリアが不安そうに尋ねた。
「分からない」俺は正直に答えた。「でも、一つだけ確かなことがある」
俺は四人を見回した。
「俺たちは今日から、この学園の教師だ。生徒たちを正しく導き、強く育てることが俺たちの使命だ」
「......分かったわ」エレノアが渋々頷いた。「仕方ないわね。でも、あなたに従うのは教師としての立場だけよ。プライベートでは別」
「わたくしも頑張るのです!」ミュウが猫耳を立てて宣言した。
「私も生徒会長として、皆さんをサポートします!」アイリーンも元気よく言った。
こうして、俺たちのスターマジカルアカデミアでの新たな生活が始まった。
しかし、この学園には謎と陰謀が渦巻いている。クラリーチェの真の目的、三年前の王宮襲撃事件の真相、そしてリリアの魔力を取り戻す方法――
俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。
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