(81)人の姿をした魔獣
「警報の方向は学園の北側だったな」
俺は三人を連れて、学園の建物から外に出た。王都の街並みが広がる北側を見渡すが、まだ魔獣の姿は見えない。
「魔獣はどこなのです?」
ミュウが猫耳をピクピクと動かしながら周囲を警戒している。
「気配は確かにあるのよね......」
エレノアも氷の杖を握りしめながら、慎重に歩いている。先ほどの闘技場での屈辱は表情に出さないようにしているが、俺に対する複雑な感情が見て取れる。
「武流」
エレノアが静かに俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
「さっきの件は許していないから」彼女の声は低く、怒りを秘めていた。「あんな恥ずかしい目に遭わされて......」
「あれはお前が勝手に暴走したせいだろう」
「でも、今は手を組みましょう」エレノアは歯を食いしばって言った。「魔獣を倒すことが最優先よ。個人的な恨みは後で晴らすわ」
俺は苦笑した。相変わらずプライドが高い女だ。
「了解した。今は共闘だ」
リリアは不安そうに俺たちのやり取りを見ていたが、魔獣の捜索に集中しようと努力している。
「師匠、あの辺りはどうかな?」
リリアが学園の北門を指差した。確かに、魔獣の気配は北側から感じられる。
俺たちは学園の敷地を出て、王都の街路を歩き始めた。午後の陽光が石畳に美しい影を落としている。しかし、街の人々の姿は見えない。警報を聞いて避難したのだろう。
「あれ?」
リリアが前方を指差した。
「あそこに人がいるよ」
確かに、街路の向こうに一人の男性が立っていた。年齢は二十代半ばくらいで、黒い髪をしている。服装は王都の一般的な市民のものだが、なぜか避難せずにここにいる。
「避難しなくて大丈夫なのかしら?」
エレノアが首を傾げた。
俺は男性を注意深く観察した。一見すると普通の人間に見える。しかし——
「気をつけろ」
俺の直感が警鐘を鳴らしていた。魔獣の気配は確かにこの辺りにある。そして、あの男性の周囲に漂う空気が、どこか異質だった。
リリアが男性に向かって歩き始めた。
「すみません! この辺りで魔獣を見ませんでしたか?」
「リリア、待て!」
俺が制止しようとした瞬間――
男性がゆっくりと振り返った。その顔は確かに人間のものだった。しかし、その瞳だけが異常だった。縦に細くなった、爬虫類のような瞳孔。
「......魔獣?」
男性が口を開いた。その声は人間のものだったが、どこか機械的で感情がこもっていない。
「魔獣なら......ここにいる」
次の瞬間――
男性の体が急激に変化し始めた。
骨格がメキメキと音を立てて変形し、筋肉が膨張する。身長が5メートル近くまで伸び、手足が異常に長くなった。顔も人間の形を保てなくなり、鋭い牙が生えた口と、光る瞳を持つ獣の顔に変わる。
最終的に、身長5メートルを超える巨大な二足歩行の魔獣となった。体型は非常にスリムで、手足が異常に長い。まるで影のような不気味なシルエットだ。
「きゃああああ!」
リリアが悲鳴を上げて後ずさった。
人間に化けていた魔獣――。エレノアとリリアの顔が青ざめた。三年前の王宮襲撃事件の記憶が蘇ったのだろう。
「でも......あの時の魔獣とは違うタイプよ」
エレノアが震える声で言った。
「三年前に王宮に現れた魔獣は、もっと人間に近い姿だった。これは......明らかに別の種族よ」
俺も初めて目撃する光景だった。魔獣が完全に人間の姿に変身するなど、これまでの常識を覆すものだ。
魔獣がにやりと笑った。その表情には明らかな知性が宿っている。
「フフフ......驚いたか、小娘ども」
魔獣が人間の言葉を話した。これまで遭遇した魔獣とは明らかに違う。知能が格段に高い。
「蒼光チェンジ!」
俺はブレイサーを掲げ、アポロナイトに変身した。
「ミュウ、エレノア、変身しろ!」
「はい! 風と音の守護者、魔法少女ミュウ・フェリス! にゃんにゃん♪」
ミュウが緑色の光に包まれ、猫耳と尻尾を持つ魔法少女の姿になる。
「氷雪の王女、エレノア・フロストヘイヴン!」
エレノアも銀色の光に包まれ、美しい氷の衣装に身を包んだ。ただし、先ほどの戦いの疲労が残っているのか、いつもより魔力の光が弱い。
変身できないリリアだけが、普段着のままだった。
「ボクも何かできることを......」リリアが呟く。
魔獣は変身した三人を見て、嘲笑うように笑った。
「魔法少女か。特に氷の女は先ほど杖に振り回されていたな。さぞかし恥ずかしかっただろう?」
エレノアの顔が真っ赤になった。
「あなた......まさか見ていたの?」
「もちろんだ。あの無様な姿、実に滑稽だったな」
魔獣の挑発にエレノアが動揺する。魔獣は心理戦を仕掛けてきているのだ。
突然、魔獣が動いた。
信じられないほどの速度で、建物の壁を駆け上がり始める。これまでの魔獣とは比べ物にならない機動力だった。
「速い!」
魔獣は壁を垂直に走り、あっという間に屋根に到達した。屋根から屋根へと飛び移りながら、俺たちの周囲を回り始める。
「上から来るぞ!」
俺が警告した瞬間、魔獣が屋根から跳躍した。空中で口を大きく開き――
シュッ! シュッ! シュッ!
口から鋭い矢のような物体を連続で発射してきた。しかし、その狙いは巧妙だった。エレノアとミュウの足元を狙い、転倒させようとしている。
「みんな散れ!」
俺たちは四方に散らばって回避した。矢は石畳に深々と突き刺さり、その威力の高さを物語っている。
「くっ......」
エレノアが小さくよろめいた。矢が彼女のスカートを掠め、衣装が少し裂けている。
「おっと、惜しかったな」魔獣が嘲笑った。「もう少しでお前のスカートを破くことができたのに……」
エレノアの羞恥心を狙った攻撃だった。
魔獣は着地すると、再び別の建物の壁を駆け上がった。今度は教会の鐘楼に移動し、高い位置から俺たちを見下ろしている。
「知能が高い......」
俺は舌打ちした。これまでの魔獣は本能的に攻撃してくるだけだったが、こいつは明らかに戦術を使っている。心理的な攻撃で動揺させ、機動力で翻弄する。
「アイス・ジャベリン!」
エレノアが氷の槍を鐘楼に向けて放つが、魔獣は予測していたかのように軽々と跳躍してそれを回避した。
「氷の女の攻撃は読みやすいな。怒りで冷静さを失っているからだ」
魔獣の的確な分析にエレノアがさらに動揺する。
「ウィンド・カッター!」
ミュウも風の刃で攻撃するが、魔獣は空中で体を捻ってそれを回避し、逆にミュウの頭上に着地した。
「猫耳が可愛いな。触らせてもらおう」
魔獣がミュウの猫耳に手を伸ばす。
「きゃー! やめるのです!」
ミュウが慌てて跳び退く。
「危ない! また来るよ!」
リリアが魔獣の動きを監視し、警告する。変身はできないが、状況把握と情報伝達で役に立っている。
魔獣は再び屋根から跳躍し、今度はエレノアを狙って急降下してきた。しかし、その狙いは彼女の体ではなく、氷の杖だった。
「お前の杖、先ほどの暴走は実に面白かったぞ」
俺が割って入り、蒼光剣で魔獣の爪を受け止める。金属音と共に火花が散った。
魔獣は着地すると、すぐに次の建物に向かって走り始める。その動きは予測が困難で、常に俺たちの意表を突いてくる。
「このままじゃ埒が明かない」
俺は冷静に状況を分析した。魔獣の機動力を封じる方法を考えなければならない。立体的な戦闘を強いられている限り、俺たちに勝ち目はない。
「何か策はないかしら?」
エレノアも同じことを考えているようだった。
「わたくし、風で魔獣の動きを制限できるかもしれないのです」
ミュウが提案した。
「でも、あの速度についていけるかな......」
リリアが心配そうに言う。
俺は魔獣の動きをさらに観察した。確かに素早いが、知能が高いゆえに一定のパターンがあるようにも見える。建物から建物への移動ルート、攻撃のタイミング——
「待てよ......」
俺の頭の中で、作戦が形になり始めていた。
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