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(75)コロッセオに響く、雪辱の誓い

 魔法学園スターマジカルアカデミアの闘技場は、まさに圧巻だった。


 古代ローマのコロッセオを思わせる巨大な円形建造物が、学園の敷地の中央部に堂々と聳え立っている。白い大理石で構築された外壁には、精巧な浮き彫りが施されていた。星座の神話を描いた彫刻、魔法少女たちの勇姿、そして神秘的な魔法陣の装飾が、建物全体を神聖で荘厳な雰囲気に包んでいる。


 高さは約30メートル。天井はなく、空が見える構造だ。四層構造になった観客席は、それぞれ異なる装飾が施されている。最下層は新入生用で、シンプルながらも美しい星の模様。第二層は中級生用で、より複雑な魔法陣の装飾。第三層は上級生用で、金の装飾が施された豪華な造り。そして最上層の特等席は、選ばれた者だけが座ることのできる至高の観覧席だった。


 闘技場の中央には直径50メートルほどの戦闘エリアが設けられ、その床面には無数の魔法陣が刻まれている。これらの魔法陣は防護結界や回復魔法を発動するためのもので、戦闘による怪我を最小限に抑える仕組みになっているようだった。


 エントランスから闘技場の内部に足を踏み入れた瞬間、俺は圧倒された。観客席には既に数百人の少女たちが座っており、その視線が一斉に俺に向けられた。


「うわあ......本当に男がいる......」


「気持ち悪い......」


「なんであんな下等生物が神聖な学園に......」


 少女たちのざわめきが闘技場全体に響く。その声の大部分は俺への嫌悪感や不信感に満ちていた。


 年齢は12歳から18歳まで様々だが、全員が俺を見る目には共通した軽蔑の色があった。制服姿だが、みんな魔法少女に変身できる実力者たちである。


 最上層の特等席には、紫のローブに身を包んだクラリーチェが悠然と座っている。その隣には黒いカラスの妖精ディブロットが止まり、俺たちの様子を興味深そうに見下ろしていた。


 そして第一層の新入生席には......リリアとミュウの姿があった。二人は心配そうな表情で俺を見つめている。ミュウの白銀の猫耳は緊張で小刻みに震え、リリアは両手を胸の前で握りしめていた。


 同じく第一層の一番見やすい席に、眼鏡をかけた生徒会長アイリーンの姿も見える。最前列の席に陣取り、真剣な表情で俺たちを見つめている。時折、手にしたノートに何かメモを取っている様子だった。


「あの人たちが新しい教師......?」


「『おもらし姫』が教師だなんて......」


「王宮から逃げ出した腰抜けでしょ?」


 エレノアに対する生徒たちの声も厳しかった。三年前の王宮襲撃事件での彼女の行動は、この学園の生徒たちにも広く知られているようだ。


 観客席の一角には、学園の教師と思われる大人の女性たちも座っていた。彼女たちも俺とエレノアを疑わしげに見つめている。


「男性の教師なんて前代未聞よ......」


「クラリーチェ様、何を考えていらっしゃるのかしら......」


「生徒たちの純潔が心配だわ......」


 教師たちの懸念の声も聞こえてくる。


 闘技場の中央に立つと、周囲からの視線の重さが肌に突き刺さるように感じられた。数百人の少女たちが俺を見下ろしている。その多くが敵意と偏見に満ちた目で俺を見つめている。


 しかし、俺の胸の奥では、別の感情が湧き上がっていた。


 興奮だった。


 この状況......まさに俺が求めていた舞台そのものではないか。


 スーツアクター時代、俺はいつも影に徹していた。アポロナイトとして戦っても、観客たちの視線は俺個人に向けられることはなかった。素顔の俺を見て、声援を送ってくれる人などいなかった。


 だが今は違う。確かに敵意に満ちているとはいえ、数百人の視線が俺個人に注がれている。俺の実力を、俺の価値を、直接的に評価しようとしている。


 これこそが......俺が長年求め続けてきた「主役」としての快感なのだ。


「武流」


 エレノアの声で、俺は現実に引き戻された。彼女は俺の数メートル先に立ち、冷たい視線を向けている。


「どうしたの? まさか、これだけの観客を前にして緊張してるんじゃないでしょうね?」


 エレノアの口調には挑発的な響きがあった。彼女もまた、この状況に興奮しているのかもしれない。


「緊張? 逆だよ」俺は不敵に笑った。「ヒーローショーを思い出して、血が騒いでいる」


 観客席からは相変わらず厳しい声が聞こえてくる。


「あの男、何を笑ってるのよ......気持ち悪い」


「『この世界の支配者になる男』だっけ? そんな危険思想の持ち主を教師にするなんて......」


「王都でそんなことを言ったって聞いたけど、本当なの?」


「もしそうなら、私たちの学園を支配するつもりかもしれないわ」


 支配者になるという俺の言葉は、既に学園中の噂になっているようだった。生徒たちの警戒心は、その発言によってさらに高まっている。


「あの男、私たちに近づくことが目的なんじゃないの?」


「純潔を狙われてるかもしれないわ」


「やっぱり男って最低......」


 男性への嫌悪感を持っているのは、アイリーンだけではないようだ。


 特等席のクラリーチェが立ち上がり、魔法で声を拡大した。


「本日は皆、よく集まってくれた」


 彼女の声が闘技場全体に響き渡る。騒めいていた観客席が静寂に包まれた。


「今日は特別な日じゃ。新たに教師となる者たちの実力を、皆の前で披露してもらう」


 クラリーチェの視線が俺とエレノアに向けられた。


「神代武流。アポロナイトの名で知られる光の勇者」


 俺への紹介に、観客席からは小さなざわめきが起こった。


「そしてエレノア・フロストヘイヴン。氷の魔法姫として知られる元王女」


 エレノアへの紹介には、より大きな反応があった。


「この二人が、皆の教師としてふさわしいかどうか......その実力を見極めるための模範戦闘を行ってもらう」


 クラリーチェの言葉に、観客席が再び騒めき始めた。


 俺はエレノアを見つめた。彼女の瞳には、強い決意の光が宿っている。そして......何か別の感情も見え隠れしていた。自信のような、確信のような......。


「武流」エレノアが口を開いた。「覚悟はいい?」


「ああ」俺は頷いた。「お前こそ、負けた時の言い訳を今から考えておけ」


「言い訳?」エレノアが冷笑した。「必要ないわ。勝つのは私だから」


 彼女の表情に、妙な自信が見て取れた。まるで、何か切り札を持っているかのような......。


 クラリーチェが再び魔法で声を拡大した。


「では、戦闘準備に入ってもらおう。変身の時間じゃ」


 俺はブレイサーに手をかけた。エレノアも氷の杖を構える。


 観客席の全ての視線が、俺たちに集中している。リリアとミュウも、固唾を飲んで見守っている。


「蒼光チェンジ!」


 俺がブレイサーを掲げると、青白い光が俺の体を包み込んだ。白銀の鎧が現れ、腰に蒼光剣が装着される。アポロナイトの姿に変身完了だ。


 観客席からは驚嘆の声が上がった。


「すごい......本物の変身だ......」


「でも男が変身するなんて......」


 一方のエレノアも、氷の魔力を纏い始めた。


「氷雪の王女、エレノア・フロストヘイヴン!」


 銀色の光が彼女を包み、美しい氷の衣装が現れる。長い銀髪が風になびき、その美しさに観客席からは感嘆の声が漏れた。


 しかし、エレノアの変身には、いつもと違う何かがあった。彼女の周りに漂う魔力の質が、以前とは明らかに異なっている。


 より強く、より深く、そして......より危険な響きを持っていた。


「エレノア......」俺は彼女の変化を感じ取った。「お前、何か......」


「ふふ」エレノアが不敵に微笑んだ。「驚くのはこれからよ、武流」


 彼女の杖の先端が、通常の氷の魔力とは異なる、深い青色に光り始めた。


 クラリーチェが宣言の準備を整える。


 観客席の緊張が最高潮に達していた。

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