(74)エレノアの闘志、そして模範バトルへ
「いい加減にしなさい!」エレノアの魔力が怒りで暴走し始めた。室内の空気が急激に冷えていく。
俺はエレノアを観察した。彼女は、自分を見下すアイリーンを見つめながら、心の中で決意を固めているようだった。この高慢で偏見に満ちた少女に、自分たちの本当の実力を見せつけてやりたい。そのためには――
「そうじゃ」クラリーチェが突然手を打った。「良い提案がある」
「提案?」アイリーンが首を傾げた。
「ちょうど新しい教師たちの実力を生徒たちに示す必要がある」クラリーチェの目が狡猾に光った。「武流とエレノアに模範戦闘を行ってもらおう」
「模範戦闘?」俺が眉を上げた。
「そうじゃ。教師としての実力があるかどうか、生徒たちの前で証明してもらう」
なるほど。俺とエレノアの実力勝負を、全校生徒の前で披露するというわけか。
「アイリーンも、それを見て彼らの強さを実感すれば、納得できるであろう?」とクラリーチェ。
アイリーンは少し考えた後、頷いた。
「確かに、それなら公正です」彼女が眼鏡を押し上げながら言った。「実力のない者に教師を任せるわけにはいきませんから」
「ちょっと待ちなさい!」エレノアが立ち上がった。「私は教師になるなんて一言も......」
「怖気づいたか?」俺が挑発するように言った。
「怖気づく?」エレノアの目が怒りで燃えた。「誰が怖気づくですって?」
「なら、やってみせろよ」俺は続けた。「お前の実力を、皆の前で証明してみせろ」
エレノアとアイリーンの視線が交差した。二人の間には、見えない火花が散っている。
「面白いじゃない」エレノアがゆっくりと口を開いた。「この偏見に満ちた優等生に、私の実力を見せつけてあげるわ」
「お姉様......」リリアが心配そうに呟いた。
「わたくしも不安なのです......」ミュウの猫耳が垂れ下がった。
だが、もう後戻りはできない状況になっていた。エレノアのプライドが完全に火をつけてしまった。
「しかし」アイリーンが冷静に言った。「戦闘を行うなら、相応の準備が必要です。生徒たちを集め、安全な環境を整えなければ」
「その通りじゃ」クラリーチェが頷いた。「闘技場を使うとしよう。全校生徒を集めて、盛大に行おうではないか」
「全校生徒!?」リリアが驚きの声を上げた。
「当然じゃ」クラリーチェが胸を張った。「新しい教師の実力披露なのだから、盛大に行うべきであろう」
俺は心の中で苦笑した。クラリーチェの思惑通りに事が運んでいる。彼女は最初から、こうなることを予想していたのかもしれない。
「武流」エレノアが俺を睨みつけた。「手加減しないでよね」
「もちろんだ。その前に条件を決めておこう」俺がエレノアを見据えて言った。「お前が負けたら、素直にここで教師をやる。文句は一切言わない」
「いいわよ」エレノアが即答した。「でも、あなたが負けたら教師になるのを断りなさい。そして、私と全校生徒の前で土下座して負けを認めるのよ」
「土下座?」
「そうよ」エレノアの目が勝利への確信で光った。「あなたを女子生徒たちの前で跪かせて、プライドをズタズタにしてあげる」
やはりエレノアは、あの日の雪辱を晴らすチャンスと考えているようだ。村人たちの前で跪き、ボロボロの姿で下着を晒しながら謝罪させた俺に対する雪辱を……。
「面白い」俺は不敵に笑った。「受けて立とう」
この時、俺の胸の奥には複雑な感情が渦巻いていた。確かにエレノアは強くなった。俺の指導により、格段に実力を向上させている。しかし、それでも俺との力の差は歴然としている。
だが、ここで彼女に勝つことが本当に正しいのだろうか。エレノアのプライドを完全に打ち砕き、全校生徒の前で屈辱を味わわせることが。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。俺にはこの学園で果たすべき使命がある。そのためには、まずは教師としての地位を確立する必要があるのだ。
「規則についてはシンプルでいいだろう」俺は言った。「制限時間は30分。相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝利」
「異議なし」エレノアが頷いた。
「では、使用する武器や魔法に制限は?」アイリーンがようやく立ち上がりながら尋ねた。
「制限なし」エレノアが即答した。「全力で行くわ」
「俺もだ」俺も頷いた。
「では、さっそく準備じゃ」クラリーチェが場を仕切った。
「かしこまりました! 全校生徒を招集します......」
アイリーンが出て行こうとして、うっかり椅子に足を引っ掛けた。
「うわー!」
今度は前方に倒れ、スカートを翻しながら俺の足元に倒れ込んできた。
「おっと」俺は反射的にアイリーンを支えた。
「きゃー! 汚らわしい男性に触られたー!」アイリーンが悲鳴を上げた。
「助けただけだぞ」俺が苦笑する。
「でも、でも......憎むべき男性に助けられるなんて、これ以上ない屈辱です!」アイリーンが真っ赤になった。
やれやれ。この生徒、完全に男性蔑視の思想に染まっているようだ。
「もう、礼くらい言いなさい」さすがのエレノアもツッコミを入れた。
「あ......ありがとうございます」アイリーンが小声で言った。「でも、これで借りを作ったわけではありませんからね!」
「分かった、分かった」俺が笑った。
「では、アイリーン」クラリーチェがアイリーンに向かった。「生徒たちへの招集を頼むぞ」
「はい!」アイリーンが元気よく返事をした。
しかし、部屋を出ようとした時、またもや扉に頭をぶつけてしまう。
「痛い......」
「大丈夫?」リリアが心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫です! これくらい何ともありません!」
アイリーンは頭を押さえながら、足早に部屋を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、俺たちは苦笑を禁じ得なかった。
「なんというか......」エレノアが呟いた。「憎めない子ね」
「うん、すっごく面白い人だよ」リリアも同意した。
「わたくし、アイリーンさんみたいな人、初めて見たのです」ミュウの猫耳が興味深そうに動いた。
俺も同感だった。アイリーンは確かに偏見に満ちているが、根は悪い子ではないのかもしれない。ただ、クラリーチェの教育によって、間違った価値観を植え付けられているだけなのだろう。
「さて」クラリーチェが満足そうに微笑んだ。「これで全てが決まったな」
俺とエレノアは改めて向かい合った。俺たちは全校生徒の前で戦うことになる。
エレノアの瞳には、強い決意と闘志が宿っていた。
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