(70)クラリーチェの怪しい誘い
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ガタガタガタ......!
集会所の建物が小刻みに震え始めた。テーブルの上の古文書が音を立てて揺れ、椅子がきしむ。空が暗くなったかと思えば、今度は地面まで振動している。
「地震?」リリアが不安そうに呟いた。
「いえ、これは......」ロザリンダが窓の外を見つめながら、表情を曇らせた。「魔力の波動です。とても強い」
村の入り口の方から......黒い影のようなものが立ち上っている。
「あの魔力......」エレノアの顔が青ざめた。「もしかして......」
集会所の扉が勢いよく開かれ、村の若い男が血相を変えて飛び込んできた。
「ロザリンダさん! 大変です! 王宮の.黒い馬車が何台も来て......それに、紫色のローブを着た女の人が......」
男の言葉に、俺の血が凍りついた。紫色のローブ。それはクラリーチェの特徴的な装いだ。
「クラリーチェ......!」エレノアが震え声で呟いた。
俺は即座にブレイサーを掲げた。
「蒼光チェンジ!」
白銀の光が俺の体を包み、アポロナイトの鎧が現れる。腰に蒼光剣が装着され、俺は戦闘準備を整えた。
「武流様!」ミュウが緑色の杖を構えた。「わたくしも参ります!」
「待って」ロザリンダが制止の手を上げた。「まずは様子を見ましょう。もし本当にクラリーチェなら、この村全体が危険です」
俺たちは集会所を出て、村の中央広場へと向かった。確かに、村の入り口の方から黒い馬車が数台、ゆっくりと進んでくるのが見える。先頭の馬車は特に大きく、金の装飾が施されている。明らかに王族用の格式高い馬車だった。
村人たちは家々から顔を出し、不安そうにその行列を見つめている。子供たちは母親にしがみつき、老人たちは杖を握りしめている。
「あの馬車......」エレノアが息を呑んだ。「間違いない。王宮の正式な馬車よ」
先頭の馬車が村の中央広場で止まった。御者台に座る黒装束の男が馬車から降り、後部のドアに向かう。
俺はアポロナイトの姿で、蒼光剣に手をかけた。いつでも抜けるように。
馬車のドアが開かれ、そこから現れたのは......
「やはりクラリーチェか......」
紫色のローブに身を包んだ女性の姿。長い黒髪を風になびかせ、冷たい瞳で俺たちを見下ろしている。そして、彼女の肩には黒いカラスの妖精・ディブロットが止まっていた。
「神代武流よ。出迎え、感謝するぞ」
クラリーチェの声が広場に響く。村人たちがその威圧感に圧倒され、さらに後ずさりした。
俺は警戒しながら一歩前に出た。
「そして......」クラリーチェの視線がエレノアに向けられる。「元王女殿下。相変わらず惨めな姿じゃのう」
エレノアの体が震えた。王宮での屈辱的な敗北がフラッシュバックしているのだろう。彼女の顔は青ざめ、足がふらついている。
「お姉様......」リリアが心配そうにエレノアの手を握る。
「エレノア様!」ケイン、ルーク、サイモンの三人が即座にエレノアの前に立ちはだかった。
「よくもエレノア様を!」ケインが怒りを込めて叫ぶ。
しかし、クラリーチェは彼らを一瞥しただけで無視した。
「ふん、元奴隷ごときが......」彼女は鼻で笑った。「身の程を知らぬ輩どもじゃ」
「何だって!?」ルークが憤慨したが、サイモンが彼を制止した。
クラリーチェは改めて村全体を見回した。その瞳には明らかな軽蔑の色が浮かんでいる。
「武流よ。このような寂れた村で......わらわの相手たる男が、時を無駄にしておるとはのう」
彼女の言葉に、俺の怒りが燃え上がった。
「この村の何が悪いって言うんだ」俺は蒼光剣の柄を握りしめた。「ここの人たちは皆、心優しく、温かい人々だ」
「心優しい?」クラリーチェが嘲笑った。「おぬしほどの男が、そのような甘い考えでどうする。力なき者など、強者の前では塵芥に等しいのじゃ」
「そんなことはない!」リリアが勇敢に前に出た。「この村の人たちは、ボクたちを受け入れてくれた。家族のように温かく迎えてくれたんだ!」
「ほう......」クラリーチェの視線がリリアに向けられる。「純潔を奪われた元王女が、まだそのような綺麗事を......」
「やめろ!」俺は蒼光剣を構えた。「リリアに手を出すな!」
しかし、クラリーチェは片手を上げて制止の意を示した。
「落ち着け、武流。わらわは今日、戦いに来たのではない」
「何?」
俺の動きが止まった。戦いに来たのではない? では、何のために?
「わらわには、おぬしと話すことがあるのじゃ。この村で朽ち果てるには、おぬしはあまりにも惜しい男よ」
「何を言っている?」
「おぬしにふさわしい場所がある」クラリーチェの口元に微笑みが浮かんだ。「こんな辺境の村など捨てて、わらわについて来い」
俺の心臓が高鳴った。クラリーチェが俺を誘っている? 一体何のために?
「お断りだ」俺は即座に答えた。「俺はここにいる。みんなと一緒に」
「みんな?」クラリーチェが再び嘲笑する。「おぬしの真の力を理解できる者がここにおるのか? おぬしの価値を正しく評価できる者が?」
彼女の言葉に、俺は少し動揺した。確かに、この村の人々は俺をヒーローとして、光の勇者として慕ってくれている。クラリーチェの言う通り、俺はこの村の外の世界について、まだ知識が無さすぎる。
「おぬしは支配者になるべき男じゃ」クラリーチェが続けた。「この世界を統べる、真の王となるべき存在よ」
「お前に何がわかる?」
「そう言うでないわ」クラリーチェの瞳が妖しく光った。「おぬしの心の奥底にある野望を、わらわは知っておる。力への憧れ、支配への欲望......それを隠す必要はないのじゃ」
俺の胸の奥で、何かがざわめいた。確かに、俺の中には......この世界で本当の主役になりたいという欲望がある。
クラリーチェが一歩前に出た。「実際に見せてやろう。おぬしにふさわしい場所を」
クラリーチェが手を上げると、黒い馬車の扉が次々と開かれた。中から現れたのは、黒装束の護衛兵たち。彼らは武器を持ってはいたが、戦闘態勢ではない。
「恐れることはない」クラリーチェが言った。「わらわはおぬしを王都へ案内する。そして、おぬしの真の居場所を見せてやろう」
「王都?」エレノアが驚きの声を上げた。
「そうじゃ。王都には、おぬしがもっと力を発揮できる場所がある。おぬしにふさわしい場所が……」
俺は迷った。クラリーチェの申し出を受け入れるべきなのか。しかし、彼女は敵だ。この申し出にも、きっと何か裏があるはずだ。
「どうして俺を王都に?」俺は慎重に尋ねた。「お前は俺を倒そうとしていたはずだ」
「倒す?」クラリーチェが首を振った。「わらわがおぬしを倒すなど、もったいない。おぬしほどの男を失うなど、この世界にとって大きな損失じゃ」
彼女の言葉の真意が読めない。しかし、俺には選択の余地がないことも理解していた。もしここで断れば、クラリーチェは村を攻撃するかもしれない。村人たちを巻き込むわけにはいかない。
「分かった」俺は変身を解除して、蒼光剣を鞘に収めた。「王都に行こう。ただし、条件がある」
「ほう?」
「エレノア、リリア、ミュウも一緒に連れて行く」
クラリーチェは少し考えるような素振りを見せた後、頷いた。
「良かろう。元王女たちも、おぬしの価値を理解する良い機会となろう」
☆
それから数時間後、俺たちは王都の街道を進んでいた。
クラリーチェの馬車に俺が、別の馬車にエレノア、リリア、ミュウが乗っている。ケイン、ルーク、サイモン、そしてロザリンダは村に残ることを選んだ。
王都が近づくにつれ、街並みが豪華になっていく。石造りの建物が立ち並び、街路には魔法で動く街灯が整然と並んでいる。人々の服装も上品で、まさに王国の中心部という雰囲気だった。
「おお......」
俺は馬車の窓から外を眺めながら、その壮大さに圧倒されていた。村とは比べ物にならない規模と華やかさ。
「どうじゃ?」クラリーチェが満足そうに言った。「王都の素晴らしさがわかるであろう?」
「確かに立派だな」俺は素直に認めた。
やがて馬車は王都の北部、小高い丘の上へと向かい始めた。そこには、今まで見たこともないような巨大な建造物が見えてきた。
まるで古代ヨーロッパの大聖堂のような荘厳さを持ちながら、所々に魔法的な装飾が施された美しい建物。高い塔が複数そびえ立ち、その頂上には星型の魔法陣が輝いている。敷地も広大で、まるで一つの街のような規模だった。
「あれは......」俺は息を呑んだ。
「スターマジカルアカデミア」クラリーチェが誇らしげに言った。「この王国最高峰の魔法学園じゃ。わしはこの学園の理事長を務めておる」
「ほお。それで?」
「武流、おぬしにこの学園の教師になってほしい」
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