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(6)師匠になってください!

 俺はアポロナイトの変身を解除して、初めて人間としての素顔を晒した。


 本物の戦いはスタジオより爽快だった。力を使い切った後の高揚感が体中を駆け巡る。この感覚を、もっと味わいたい。


 エレノアとリリアの目が見開かれた。二人の瞳に、俺の姿が映っている。十八歳ほどの、すらりとした体格に整った顔立ち。汗で湿った前髪が額に張り付き、鍛え上げられた肉体が服の下からうかがえる。


「ただの男……? しかも……この若さ……」


 エレノアは絶句している。魔獣かと思えた未知の生命体から、こんな凛々しい若者の姿に変わるなんて。大型魔獣をたった一人で倒した存在が、どうして男に? そして自分と大差ない年齢の若者に見えるなんて。


「信じられない……」リリアも驚愕に口をあんぐり開けたまま。


 二人の表情には、恐怖と共に別の感情も浮かんでいた。一瞬だけ宿った異性への憧れ。だが彼女たちはすぐにそれを悟られまいと表情を引き締めた。


「特撮の現場じゃ、いかに安全に、いかに美しく、いかに効率的に動くかが全てだ」


 俺は二人を見た。魔獣を倒した実感と、彼女たちの驚きの表情を見る満足感で、自信に満ちた声だ。「お前たちにも素質はある。だが、基礎が足りない。すべて中途半端だ」


「中途半端……」エレノアが唇を噛んだ。


 朝倉明日香のように、力のある者が弱い者を貶める――それは卑劣だが効果的な支配術だった。今は逆の立場。力を持つ側に立った俺が、この世界の支配層の弱点を指摘する。その感覚に、心の中で黒い歓喜が渦巻いた。


「エレノア、お前は力任せで何でも押し切るタイプだな。重圧に耐えようとしすぎて、柔軟さを失っている」


「な、なんですって……」エレノアの瞳には悔しさと共に、見抜かれた驚きが浮かぶ。


「リリア、お前は気持ちだけが先行して技術が伴わないタイプだ。根はいいんだ、熱意があるのは伝わる。だがいつか大怪我するぞ」


「ええっ!?」リリアがショックを受けた表情で固まる。


「言わせておけば好き勝手なことを……」エレノアは動揺を隠すかのように、声のトーンを上げた。「下世話な欲望を持つ男の分際で、私たちを愚弄するとは……」


 決して弱みを見せなかった誇り高き魔法姫の尊厳が、今は微かに揺らいでいる。


 ところが――リリアは突然膝をつき、頭を下げた。


「お願い! ボクたちの師匠になってよ! あんな風に戦いたい! あんな風に輝きたいんだ!」


「リリア!」エレノアが声を荒げた。


 俺はやれやれと苦笑して見下ろす。が、内心では打算的な計算が働いていた。魔法姫を弟子にすれば、この世界で確固たる地位を築ける。王族の傍にいれば、力とともに富と名声も手に入る。そして何より、この異世界での足掛かりが得られる。


「本気なのか? 俺が教えたら、生半可な覚悟じゃ済まないぞ。特撮の現場は地獄だ。朝から晩まで転び続け、一つの動作を何百回も繰り返す。それに耐えられるのか?」


「ボク……耐えてみせる!」


 リリアは力強い瞳で答えた。地面に正座し、手を膝に乗せて真っ直ぐ前を見つめる姿は、意外なほど凛々しかった。


「私は絶対に認めないわ!」


 エレノアの凍てつくような怒気が空気を震わせた。その美しい銀髪が怒りに震え、氷のような紫の瞳に炎が宿る。先ほどの一瞬の動揺を強く否定するかのように。


「リリア! この男は異世界から来た怪しい存在よ」


「でもお姉様、彼は強いよ! ボクたちじゃ太刀打ちできなかった魔獣をあっという間に倒したんだよ?」


「それは……ただの偶然よ」


 エレノアは再び姿勢を正し、凛と胸を張った。


「おいおい、何を見てたんだ? 俺はお前たちの純潔を……」


「黙りなさい、下等生物」


 エレノアの声には氷のような冷たさと明らかな嫌悪感が込められていた。


「あなたのような筋肉バカに何がわかるというの? 男という下賤な生き物が、この聖なる魔法の地に立ち入ること自体が冒涜よ。私に話しかけないで。目障りだわ」


「お姉様、それは……」リリアが困った表情で口を挟んだ。「ちょっと言い過ぎだよ」


 俺は苦笑しながら、肩をすくめた。この銀髪の少女、とんでもなくプライドが高いな。そして徹底した男性不信というより、男性蔑視だ。権力者の傲慢さというものを身をもって知っている俺には、彼女の態度は朝倉明日香と重なって見えた。


「お姉様……ボクたち、最近魔獣を全然倒せてないよね? このままじゃ永久に王宮から認められないよ?」リリアが両手をぎゅっと握りしめた。


 エレノアの背中が一瞬こわばった。


 俺は状況を推察する。この二人は王族であるにもかかわらず、王宮に認められていない。そこには何やら深い事情がありそうだ。


「認められないなんてありえないわ。私たちは代々続く聖なる魔法使いの血筋。必ず認められる」


 そう言いながらも、エレノアの声には微かな翳りがあった。そこに弱みを感じ取った俺は、さらに言葉を重ねる。


「エレノア、か」


 俺は彼女に向き直った。


「一から戦い方を学んだ方がいい。さもないと、またさっきみたいな恥ずかしい失敗をして、痛い目に遭うぞ」


「なっ……!」エレノアの顔が赤く染まり、足の付け根を両手で隠した。根に持つタイプだな。


 その時、遠くから響く轟音に、三人の会話が途切れた。


「この音は……」


 俺は耳を澄ませる。森の向こうから聞こえてくるのは間違いなく、先ほどとは異なる魔獣の咆哮だった。深く重い響きが大地を震わせ、鳥たちが驚いて空へ舞い上がる。


「まだ残っていたのか……」


「まさか、群れで行動していたなんて……」エレノアの顔から血の気が引いた。「今の私たちに、もう新たな魔獣と戦う力は……」


「村が危ない」リリアが小さく呟いた。


 これは決断の時だ。俺は二人を見た。


「行くぞ」


 簡潔な言葉に、リリアの目が輝いた。


「ほんとに!? 師匠、一緒に行ってくれるの?」


「師匠ですって!?」エレノアが食い下がる。「リリア、あなた本気なの? この男を信じるの?」


 しかし俺は既に動き出していた。


「急げ。村の人々が危険なんだろ」


 俺の言葉に、エレノアは歯噛みしながらも、反論できなかった。彼女は一瞬逡巡したのち、渋々頷いた。


「仕方ないわ。魔獣を放っておくわけにはいかないから、今回だけは手を組む。でも、あなたの弟子になるわけじゃない」


 リリアは嬉しそうに俺の隣に駆け寄った。


「ボク、師匠の弟子になるよ! いっぱい強くなって、次こそ魔獣を倒せるようになる!」


 ヒーローを演じてきた俺は、子供からこんな風に慕われるのは初めてだった。現実世界では、スーツの中の自分を見る子供など一人もいない。子供たちが見ているのは俺ではなく、アポロナイトだった。


 だが今は違う。アポロナイトとして、スーツアクターとして、ヒーローとして慕われている。誰かに必要とされるのは、悪い気分じゃない。


 こうして俺は魔法少女の師匠になった。


 だが、本当の目的は彼女たちを鍛え上げることじゃない。この世界を思い通りに支配することだ。その野望は、悟られないよう胸に秘めておいた。

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