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(64)朝倉明日香、奴隷になる!?

第3章、開幕です。

本章には、魔法少女たちの集う学園が登場します。

どうぞお楽しみください。

 朝の日差しが窓から差し込み、僅かな埃を光の筋に浮かび上がらせている。王宮から帰還して数日が経った。


「んん......」


 俺はまどろみの中で目を覚ます。何か重みを感じる。ベッドの中に誰かが入り込んでいる感覚。


「リリアか?」


 最近、リリアが俺のベッドに忍び込む癖がついている。俺を「師匠」と呼び、常に甘えてくるのだ。まったく、子供のようでいて、その背景にある情愛には複雑な気持ちにさせられる。


「リリア、いい加減にしろよ......」


 俺は目を開けずに呟いた。しかし返ってきた声は、リリアのものではなかった。


「神代さん......起きちゃったんですね......」


 甘えた声。でも、明らかにリリアではない。俺はゆっくりと目を開けた。


 目の前で微笑むのは......朝倉明日香だった。


「はっ!?」


 俺は跳ね起きた。明日香はニコニコと笑いながら、布団の中で横になっていた。彼女の髪はいつもポニーテールに結っているが、今は解いて自然に肩に落ちている。


「おはよう、神代さん。よく眠れましたか?」


「お、おまえ......なぜここに?」


 俺は混乱していた。朝倉明日香。息を呑むほどの美貌を持つ17歳。将来を約束された若手女優であり、『蒼光剣アポロナイト』のヒロイン・セレーネ役。彼女こそが俺を裏切り、セクハラとパワハラの疑いをかけ、俺の二十年のスーツアクター人生を台無しにした張本人。彼女に告発され、俺は撮影現場から追放された。そして気づいたら、このスターフェリアの世界に来ていた。


 まさか、彼女までこの世界に......?


「ど、どうしてお前がここに......」


「驚くのも無理ないですよね」明日香はクスクスと可愛らしく笑いながら、布団から出て、ベッドの端に腰を下ろした。「私、神代さんを探してここまで来たんですよ」


 俺は呆然と彼女を見つめた。細くしなやかな体、演技への情熱を感じさせる瞳、そして少し恐ろしいほどの芯の強さ。間違いなく朝倉明日香だった。彼女の体からは微かな香りが漂う。


「いや、まさか。……そうだ! これは夢だな」


 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。この世界へ来てから、明日香が出てくる夢を見るようになった。これで三回目だ。1回目は明日香が触手に捕らわれ、前回は彼女がドMで......。いや、思い出すのも恥ずかしい内容だった。


「夢じゃありませんよ、神代さん」明日香は俺の腕をつかんだ。温かい。確かな感触がある。「本当に私、ここに来たんです。あなたを追いかけて」


「追いかけてきた? 意味がわからない。お前は俺を告発したじゃないか。俺のキャリアを台無しにして、追い出した張本人だろう?」


 明日香の表情が曇った。「それが......神代さんを訴えたことを、私、ずっと後悔していたんです」


「後悔?」


「はい」彼女は真剣な表情で俺を見つめた。「あの告発は......私が軽率だったんです。本当は、神代さんほど熱心で、技術の高い先輩はいなかった。でも、私は若さゆえの傲慢さから、神代さんの厳しい指導をパワハラと勘違いして......」


 彼女の目に涙が浮かんだ。演技なのか、本心なのか判断がつかない。だが、彼女の感情は本物に見えた。


「だからここに来たんです」彼女は息を呑むように言った。「贖罪のために。神代さんに尽くすために」


「尽くす......?」


 彼女はうなずき、恥ずかしそうに目を伏せた。「私……神代さんの奴隷になります」


「はあ!?」


「この世界には奴隷制度があるんですよね?」彼女は上目遣いで俺を見つめた。「神代さんのお役に立ちたいんです。昼も夜も、なんでも言うことを聞きます」


 明日香の言葉に、俺の背筋に冷たいものが走った。王宮でエレノアの弟子となった三人の男たちも、元はメリッサの奴隷だった。彼女とベッドを共にして、彼女を満足させるのが仕事だったのだ。そう、この世界には確かに奴隷制度が存在する。だが......


「俺は奴隷なんて要らないぞ」俺は断固とした態度で言った。


「えっ?」明日香の顔に驚きの色が浮かんだ。


「そもそも、この村に奴隷はいない」俺は説明した。「エレノアの弟子になったあの三人の男たちも、もう奴隷ではないんだ。彼らは自分の意志でエレノアについていく道を選んだだけさ。俺はクラリーチェのように人を奴隷のように支配するつもりはない。そんなこと、真の強者のやることじゃない」


 明日香の表情が変わった。それは期待外れのような、残念そうな表情だった。


「でも......私、神代さんに尽くきたいんです。あの日の罪を償うために」


「償うも何も、俺はもう気にしてないよ」俺は苦笑した。「おかげでこの世界に来られたんだ。むしろ感謝してるくらいだ」


 明日香の目が丸くなる。「感謝......?」


「ああ。ここでは俺は本当の"主役"になれた。影武者的なスーツアクターじゃなく、リアルな戦いの中の真のヒーローにね」


 俺はベッドから立ち上がった。


「ミュウが朝食を準備してくれてるはずだから、一緒に食べよう。それから村の人たちに紹介も......」


「待って!」


 明日香が俺の腕をつかんだ。


「神代さん......あなた、この世界が気に入ったんですね?」


「え......?」


 私を忘れて、この世界で新しい生活を築く気なんですね」彼女の声がだんだん冷たくなる。「私のことなんて簡単に......」


「いや、違う。誤解するな」俺は彼女の手を振りほどこうとしたが、明日香の力はいつの間にか強くなっていた。


「逃がさない……」彼女の声が不気味に響く。「神代さん......あなたを絶対に逃がさない」


「ど、どういう意味だ?」俺は困惑した。


 明日香の目が変わった。そこにあるのは、かつて特撮の撮影現場で見せていた可愛らしい女優の目ではなかった。深い闇を湛えた、何者かの目だった。


虚空結界こくうけっかい


 彼女が突然呟いた言葉に、俺の全身が凍りついた。


 次の瞬間、俺の周りに見覚えのある直径数メートルの半透明の球体が出現した。星々が瞬く宇宙空間のような球体。クラリーチェがエレノアとの戦いで使った、あの深淵魔法だ。


「なっ......!?」


 俺はパニックに陥った。球体の中で身動きが取れず、宙に浮かんでいる。外側で明日香が冷酷に微笑んでいる。


「明日香、お前、クラリーチェの深淵魔法をなぜ使える!?」


「ようやく気づいたか」明日香はクラリーチェの口調で言った。「わらわの芝居に騙されおって」


 俺はようやく理解した。目の前にいるのは、朝倉明日香ではない。クラリーチェが幻術で姿を変えていたのだ。


「お前......なぜこんなことを......」


「神代武流よ」明日香の姿をしたクラリーチェが言った。「深淵魔法でおぬしの心を覗いたのじゃ。おぬしはこの女、朝倉明日香を憎んでおるな? 深い憎悪を感じるぞ。本当はおぬしもこの女を奴隷にしたいという欲望を持っておるのではないか?」


「そ、そんなことは……」


「自分に正直になれ。おぬしもわらわと同類じゃ。この明日香という女も、エレノアも、リリアも、ミュウも……全てを力で支配したいだけなのじゃ。おぬし、真の支配者になる男なのじゃろ? さあ、認めるのじゃ……」


 球体の中で逃げ場はない。明日香の魔力、いや、クラリーチェの魔力によって、俺は完全に拘束されていた。彼女の冷酷な笑みが、かつての朝倉明日香の微笑みに重なって見える。


 俺の周りに黒い魔力が渦巻き始め、全身を圧迫し始める。痛みが走る。どこから何が来るのか分からない恐怖。


「くっ......! 俺は奴隷なんか要らない!」


「強情なやつじゃ。わらわの力は強いぞ? そのままじっとしておれば、おぬしの精神にはわらわの意識が刻まれていく。そして、おぬしはわらわの真の奴隷となる」


「なっ……!」


「わらわの奴隷となり、わらわのためにスターフェリアを支配すのじゃ。おぬしにはその力がある」


「断る! お前なんかの奴隷になって、みんなを支配するなんて……」


「そうか」明日香、いや、クラリーチェは遮った。「残念じゃのぉ……。」


 彼女の背後から漆黒のカラス、妖精のディブロットの姿が現れた。


「辱めですね......」ディブロットがカラスのくちばしを動かして言った。「王宮の戦いで動じなかった男が、このような場所で敗北するとは」


 暗黒の魔力が俺を蝕み始める。意識が遠のいていく。


「くぅぅ! 嘘だ......こんなはずでは......」


「さらばじゃ! 神代武流……いや、アポロナイト」


 最後の力を振り絞る。しかし、深淵魔法の前には何の抵抗もできない。


 次第に目の前が暗くなり、意識が沈んでいく。


 「ッッ!!」


 その時だった。誰かが俺の腕をガッと掴んだ。


 ☆


 俺は飛び起きた。


「ハァ、ハァ、ハァ......」


 呼吸が荒い。目の前にはベッドの白い壁。朝日が優しく差し込む窓。いつもの光景だ。


 そして、目の前にいるのは――明日香、ではなく、リリアだった。俺の腕を掴んで、不安げに顔を覗き込んでいる。


「師匠、大丈夫? だいぶうなされてたけど……」


 俺は深くため息をついた。


 何だ......やっぱり夢だったのか。

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