(63)世界の支配者への道
「武流!」
突然、エレノアの叫び声が響いた。彼女は広場の石畳に伏したまま、懸命に俺の名を呼んでいた。「大丈夫!?」
クラリーチェの目が細められた。「ほう......武流、か」
彼女はゆっくりと視線を俺から、倒れているエレノアへと移した。
「エレノアよ、今おぬしは大事なことを教えてくれたようじゃな」彼女の口元に微笑みが浮かぶ。「アポロナイトとやら。おぬしの本当の名は武流なのか?」
エレノアは顔を青ざめさせた。彼女は思わず口を滑らせてしまったことに気づいたのだろう。
「......」
俺は一瞬沈黙し、そして決意した。
「そうだ。俺の名は武流。――神代武流だ」
俺が言葉を発すると同時に、体を包む光が溢れ出した。アポロナイトの姿が解け、素顔があらわになる。黒い髪、深い緑の瞳、鍛え上げられた体と、流れるような剣士の動きを感じさせる立ち姿。
王宮の人々も、その姿に目を丸くした。
アポロナイトは本来、その正体を隠して戦っている。それがヒーローというものだ。だが、こうなっては仕方がない。すでに村人たちには正体を明かした。王宮の人々にも明かさずにはいられないだろう。それに隠し通そうとしたところで、おそらくクラリーチェの深淵魔法で見抜かれるのは時間の問題だ。
「なるほど......」クラリーチェは興味深そうに観察した。「それがおぬしの真の姿というわけじゃな」
「もはや隠す必要はない」俺は言った。「お前とは腹を割って話したいからな」
クラリーチェは静かに笑った。「面白い。ますます興味が湧いてきたぞ、武流」そして、俺の顔をじっと見つめる。「ふむ……よく見れば、なかなかの美形ではないか。わらわのタイプじゃぞ」
「嬉しくもなんともないね」俺は苦笑する。幼女には惹かれないし、百歳以上のロリババアと付き合う趣味もない。
王宮の瓦礫の山から、王宮の人々が恐る恐る顔を覗かせ始めた。先ほどまでの激しい戦いが嘘のように静寂が戻っていた。
「カトリーヌ殿」ディブロットが優雅な声で言った。「宮殿の修復の手配を」
「は......はい」カトリーヌは呆然とした様子でうなずいた。
エレノアはようやく立ち上がり、よろめきながら俺に歩み寄ってきた。彼女の目には悔しさと屈辱が残っていたが、それと同時に何かが芽生えていた。諦めではなく、新たな炎のようなものが。
「武流......」
「うん?」
「クラリーチェは父と母の仇......。あんな恐ろしい力を持つ者に対抗するには......」
「さらなる修行が必要だな」俺は言った。
サイモンがエレノアに歩み寄り、倒れそうな彼女に手を差し伸べて支えた。ケインとルークも駆け寄り、護衛するように立つ。三人の元奴隷たちは既にエレノアへの忠誠を誓い、弟子となっていた。
「エレノア様、リリア様、そしてミュウ様」ケインが真摯な表情で言った。「そしてアポロナイト......いや、神代武流様。どうか俺たちにもお力添えをさせてください」
「今後の戦いはさらに厳しくなる」ルークが加えた。「ですが、僕たちも少しは役に立てるかもしれません」
「私はかつて王宮の書記官見習いでした」サイモンはエレノアを背負ったまま言った。「古文書や魔法の歴史についても少しは知識があります。深淵魔法について調査することもできるでしょう」
リリアとミュウも頷いた。
「ボクも......もっと強くなる」リリアは拳を握り締めた。「もう一度魔法姫になれるかどうかはわからない。でも、それでも戦える強さを身につける」
「わたくしも......」ミュウは猫耳をピンと立てた。「風の魔法をもっと鍛えて......次は負けないのです」
俺は彼らの決意に頷いた。「ああ、全員で鍛え直す。今のままではクラリーチェには勝てない。だが、必ず勝つ道はある」
立ち去りかけていたクラリーチェが、ふと振り返った。「武流」
「なんだ?」
「おぬしの目的は何じゃ? なぜこの世界を支配しようとする?」
「それは俺自身の運命だからだ」俺はまっすぐに彼女を見つめ返した。「この世界の秩序を変えるために、俺は女神の導きでここに来た。お前のような者が力を振るう世界を正すために」
クラリーチェは小さく笑った。「ふむ......それもまた面白い。では、次に会う時まで」
彼女の姿が漆黒の闇に呑まれるように消えると、王宮に緊張が解けたように安堵のため息が漏れた。ディブロットもクラリーチェと共に去ろうとしたが、ふとメイド長を振り向いた。
「カトリーヌ殿」ディブロットが黒い羽を広げながら言った。「これから先の時代は......面白くなりそうですね」
「ディブロット様、あの方は...」カトリーヌが俺を見つめている。「本当に私たちの世界を変えるのでしょうか?」
「さあ……」黒い妖精は不気味に微笑んだ。「わが主との決戦が行われる時、この世界がどうなるか......想像するだけで震えますね」
そう言い残すと、ディブロットもまた闇の中へと溶けるように消えていった。
「さあ、村に戻ろう」俺はエレノアたちに言った。「ミュウ、リリア、動けるか?」
「はい」二人は同時に頷いた。彼女たちも傷ついてはいたが、それでも自分の足で歩くことはできた。エレノアだけはまだサイモンに支えられたままだった。
「エレノア、大丈夫か?」
「ええ...…」彼女は弱々しく頷いた。
「村に戻ったら、すぐに特訓を再開する」俺は決意を込めて言った。「今度はもっと厳しく、もっと実践的に。特にエレノアの氷の魔法とミュウの風の魔法を連携させる戦法を考えるんだ」
「リリアは?」エレノアが心配そうに尋ねた。
「再び魔法少女に変身する方法を探り続ける」俺はリリアに向かって微笑んだ。「そして、スーツアクターとして、俺の戦いの技術を直接伝授する」
リリアの顔が明るくなった。「ありがとう、師匠!」
サイモンが眼鏡を上げながら言った。「武流様... ...その『スーツアクター』とは?」
そうか。この三人組にはまだ話していなかった。
「俺の世界での職業だ」俺は説明した。「特撮ヒーローショーでの戦闘シーンを演じる専門家だ。二十年間、様々なヒーローの戦いを演じてきた」
「ヒーロー......」ケインが小さく呟いた。「私たちの世界には、男性のヒーローなど伝説の中にしか......」
「その通り」俺は頷いた。「だからこそ、俺はこの世界に必要なんだ。女性だけが戦い、男性が抑圧されるこの世界の歪みを正すために」
俺は倒壊した王宮の窓から空を見上げた。暗く沈んだ雲の間から、一筋の光が差し込んでいた。
「ロザリンダさんが心配しているだろう」俺は言った。「早く戻ろう」
「武流」エレノアが俺を見つめた。「私たちを強くして。父と母の仇を、必ず取れるように」
「ああ、約束する」俺は強く頷いた。
王宮を後にし、村に向かう道中、俺たちはそれぞれの決意を新たにしていた。魔法少女たちと俺、そして解放された奴隷たち。この世界の未来は、もはや一人だけのものではない。皆で創り上げていくものだ。
スーツアクターとしての二十年の経験は、全てこの時のために積み重ねてきたものだったのかもしれない。朝倉明日香の告発でキャリアを奪われたが、この異世界で新しい伝説を作る。真の主役として、最強のヒーローとして。
待っているのは厳しい特訓と、いつか来るクラリーチェとの再戦。そして、この世界の支配者への道程だった。
以上で第2章は完結です!
本日は連載開始1カ月を記念して、一挙に11話分、投稿しました! お付き合いいただき、ありがとうございました。
第3章以降も、毎日投稿を目標に頑張ろうと思います。
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