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(61)超科学VS深淵魔法

 エレノアが石畳に伏せたまま震える姿を見て、胸の奥から言い知れぬ感情が湧き上がった。怒りだけではない。緊張と興奮が混ざり合った、奇妙な高揚感だ。


 一ヶ月前に出会った高慢な魔法姫が、今日こんな姿に貶められるとは。彼女は一ヶ月間、俺に鍛えられたことを誇りにし、最後まで抵抗していた。自分の教え子がこれほど無力に打ちのめされる姿を見るのは苦しかった。


 だが同時に――心の奥底で、俺は興奮に震えていた。


 最強の敵との戦い――それは俺自身がずっと夢見てきた瞬間だった。真の強者と渡り合うことができる。あれほど鍛え上げたエレノアすら無力だった敵と、正面から戦える。しかも、アポロナイトの姿で――。この胸の高鳴りは、俺が求め続けてきた戦士としての本能が目覚めたからに違いない。


「俺が相手だ」


 俺の声が王宮の広場に響き渡る。足を一歩踏み出すと、石畳が軋んだ。怒りと共に全身を駆け巡る力は、もはや抑えきれないほどだった。蒼光剣を握る指先に力が入る。


 クラリーチェは幼い顔で不敵な笑みを浮かべた。「ようやく本命が出てきたか――アポロナイト」


 その声には興味と期待が混ざっていた。彼女の肩に止まったカラスの姿をしたディブロットも、赤い眼で俺を凝視している。


「弟子たちを……エレノアたちを辱めた罪は重い」俺は静かに言った。「覚悟はいいな?」


 二十年間、俺は撮影現場の安全な環境で、決められた脚本通りの戦いを演じてきた。だが、ここでの戦いは真剣勝負だ。本気の敵との、命を賭けた戦い――それこそが俺が本当に求めていたもの。特撮ヒーローとしての技術を活かし、真の戦場で輝く瞬間がついに訪れたのだ。


「ほう、怒っておるのか?」クラリーチェが首を傾げる。「わらわは単に力の差を見せただけじゃ。力なき者が支配の座に就こうとすることがそもそもの間違いであろう」


 彼女の言葉に込められた冷酷さと、それでいて真実を突いた鋭さ。俺はその言葉に反論できないことを悔しく思った。確かに、この世界は強者が支配するもの。エレノアたちは鍛えられたとはいえ、クラリーチェの前では赤子も同然だった。


 それこそが、俺がこの世界で戦う意味だ。力の支配する世界で、真の力とは何かを示すために。演技ではなく、実力で。影ではなく、主役として。


「カトリーヌ殿」ディブロットが燕尾服のような装いの黒い羽を整えながら、メイド長を見やった。「これは普通の戦いではありません。避難の準備を」


「わ、わかりました」妖精に命じられたカトリーヌは、震える声で応じた。「皆さん、後方へ下がってください!」


「今更遅い」クラリーチェは冷たく言った。「ここに集まった者は全て、わらわとアポロナイトの戦いの証人となるのじゃ」


 王宮の人々は身動きできず、固唾を飲んで見守っている。


 俺はゆっくりと蒼光剣を構えた。剣の刀身から青白い光が放たれる。この世界のほとんどの敵を斬り倒してきた相棒だ。しかも今日は特別な準備をしてきた。


「ふっ」思わず笑みが漏れる。


「どうした?」クラリーチェが問いかける。「なぜ笑んでおる?」


「この蒼光剣……」俺は剣を掲げて見せた。「超科学の結晶だが、そして今日は特別だ」


 蒼光剣の光が、俺の高揚した心を映し出すように強く輝いた。


「何が特別なのじゃ?」


「エレノアの魔力を融合させてある」俺は説明した。「彼女の持つ氷の魔力と、この剣の超科学が完全に調和した状態。お前の深淵魔法に対抗する準備は万全だ」


 そう、俺はエレノアが敗北した時、気づいた。彼女の魔力によって生み出された氷の矢、球体から解放された時に落下し、砕け散ったのだ。


 周囲を漂うその魔力を、俺は生かすことを考えた。『蒼光剣アポロナイト』の作品の中で、蒼光剣はさまざまなエネルギーを吸収してパワーアップを繰り返してきた。時には敵のエネルギーさえも活用して、立ちはだかる敵を切り裂いてきたのだ。


 その特性を活かして、蒼光剣にエレノアの氷の魔力を纏わせ、吸収することで、蒼光剣の刀身から放たれる光がわずかに青みを増している。魔力を宿した剣は通常よりも輝きを増し、その先端からは寒気が漂っていた。


「お前のような強者と剣を交えることができるとは」俺は口元に笑みを浮かべた。「楽しませてもらうぞ」


「ほう......」クラリーチェの瞳に興味の色が浮かぶ。「その自信はどこから来るのじゃ? わらわはおぬしの弟子たちを簡単に打ち倒したというのに」


「残念だが、俺は彼女たちとは違う」俺は静かに言った。「これまで千の戦場を駆け、万の敵を倒してきた。お前がどれほどの力を持っていようと、俺は決して負けない」


 俺は真実を述べていた。二十年のスーツアクター人生で、何千もの戦闘シーンを演じてきた。『蒼光剣アポロナイト』だけでも、数え切れないほどの敵役を打ち倒してきた。そこで培った技術と経験は、この異世界でも十分に通用する。


 そして何より、俺は今やっと真の「主役」になれたのだ。シナリオも演出もなく、テレビ業界のコンプラに配慮する必要もなく、自分の意志で戦える喜び。この戦いこそ、神代武流としての真の戦いだった。


 倒れたエレノアの近くで、三人の元奴隷たちがじっと見守っていた。筋肉質のケイン、美少年のルーク、そして知的な印象のサイモン。彼らはメリッサの支配から解放されたばかりだが、驚きと恐怖に目を見開いていた。


「あの方は......本当に女王様と戦うつもりなのか......」ケインがつぶやいた。


「アポロナイト様だ。もしかしたら......」ルークの目には微かな希望が浮かんでいた。


「いや、可能性は極めて低い」サイモンが眼鏡を押し上げながら言った。「クラリーチェ様の深淵魔法に対抗できる者など......」


「それならば、力を示してみよ」クラリーチェの声が三人の会話を遮った。


「ディブロット様、クラリーチェ様は本気で戦うおつもりですか?」カトリーヌが恐る恐る黒い妖精に尋ねた。


「ふふっ......」ディブロットの赤い目が不気味に光った。「久しぶりの本気ですよ。あの男は特別な存在です。王宮が崩壊しても不思議ではありません」


 カトリーヌの顔から血の気が引いた。


 クラリーチェの黒いローブが風もないのに揺れた。小さな掌から漆黒の魔力が渦巻き始める。幼い少女の姿からは想像もつかないほどの威圧感が放たれ、王宮の空気が重くなった。


「必要ならば、城ごと焼き尽くすぞ」俺は蒼光剣を前方に構えた。


「ふん、わらわの魔力の前では笑止じゃ」クラリーチェは冷笑を浮かべる。


 俺たちの間にますます緊張が張り詰めた。リリアとミュウが必死にエレノアの両肩を支えて、後方へ下がっていく。王宮の人々も恐怖に顔を歪め、退いていった。


「参るぞ......」クラリーチェが幼い手を前に出す。


「来い!」俺は応じた。


 その瞬間――


「深淵魔法、冥王爪(めいおうそう)!」


 クラリーチェの声と共に、彼女の手から巨大な爪のような黒い光が放たれた。それは瞬時に俺の位置まで迫り、王宮の石畳を切り裂きながら進んでくる。


 俺は蒼光剣を振るった。「蒼光閃!」


 青白い剣光が放たれ、黒い爪と衝突した。二つの力がぶつかると、激しい衝撃波が王宮中に広がる。石畳にひびが入り、窓ガラスが粉々に砕け散った。エレノアの魔力で蒼光剣の力が増していることを確認する。


 クラリーチェの眉が僅かに上がった。「おお......」彼女もまた、この俺と戦える喜びに打ち震えているように見えた。

本日は連載開始1カ月を記念して、1日に複数話、投稿中! 最後までお付き合いください。

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