(54)投げ返された炎縛の首輪
メリッサの全身から、これまでに見たことのない激しい炎が噴き出し始めた。それは制御されていない、ただの破壊の魔力だった。
「メリッサ、やめなさい!」エレノアが叫んだ。「それ以上魔力を解放したら、あなた自身が......!」
「うるさい! アタシを拒絶した人は、みんな消えてしまえ! アポロナイト様も、アンタも、この王宮も、全て燃やし尽くす!」
彼女の目はすでに理性を失っていた。自分の命さえ投げ出そうとする狂気の業火が、彼女の中から噴き出していく。自分の命さえ投げ出そうとする狂気の業火が、彼女の中から噴き出していく。
「くそっ... ...!」
俺は蒼光剣を構え直し、この狂気の魔法少女と対峙した。周囲の温度がさらに上昇し、石畳を焦がしていく。もしこのまま彼女の暴走を止められなければ、王宮全体が灰になるだろう。最悪の場合、メリッサ自身も......。
「師匠! どうしよう!」リリアが叫んだ。
「エレノア、ミュウ、下がれ!」俺は二人に指示を飛ばした。「彼女の狂気の炎は、今のお前たちの力では止められない!」
エレノアは怒りに満ちた表情を見せた。「私に命令しないで。あなたに言われなくても、わかっているわ」
メリッサの炎が、さらに激しく燃え上がった。だが、その動きに一瞬の停滞が見えた。彼女の表情に一筋の涙が流れる。
「アポロナイト様......なぜ......アタシを選んでくれないの......?」
彼女の声は罵声から、悲痛な嘆きへと変わった。その変化に、俺は一瞬戸惑いを覚える。
「アタシ、本当はこんなことしたくないの......でも、アンタがアタシを拒絶するから......」
炎の渦の中心で、彼女は一人、涙を流していた。その姿に、俺は少しだけ同情を覚えた。狂った愛情表現だが、彼女なりに真剣だったのかもしれない。
しかし、次の瞬間、彼女の表情が一変した。
「でも......まだ方法はある!」
メリッサの両手が輝き、炎がねじれながら形を作っていく。
「な......何をする気だ?」
彼女の手から形成されたのは、先ほど俺が戦った魔獣を縛っていた、あの炎の首輪だった。今度は普通の大きさではなく、人間サイズに調整されている。
「これこそアタシの魔力の真髄よ! 炎縛の首輪!」
彼女は狂った笑顔で首輪を掲げた。「この首輪をつけた者は、アタシの永遠の奴隷になるの。意識はあるけど、自分の意志で行動できない。アタシのペットよ!」
俺は呆れつつも、警戒を強めた。こいつ、何を考えてるんだ?
まさか……。
「アポロナイト様、もうアタシから逃げられないわ!」メリッサは首輪を俺めがけて投げつけた。「拒絶なんてさせない!永遠にアタシのものになるのよ!」
炎の首輪が、空中を俺に向かって飛んでくる。炎でありながら、確かな実体を持つその首輪は、まるで生き物のように動き回り、俺の首元を狙っていた。
「冗談じゃない!」
俺は素早く身をかわし、蒼光剣で首輪を弾き返そうとした。だが、首輪は剣を避け、空中で旋回し、再び俺に向かって飛んでくる。
「安心して! この首輪はあなたの命までは奪わないように調整されているの。だから、アタシのペットになっても、ちゃんと意識はあるわ。でも、アタシの命令には絶対に逆らえない」メリッサは恍惚とした表情で説明する。「逆らえば......首輪から炎の苦しみが全身を貫くの!」
王宮内の人々から悲鳴が上がった。王宮の女騎士たちは戦うべきか逃げるべきか、困惑した表情を浮かべている。メリッサの狂気は、もはや制御不能だった。
「アイス・アロー!」
エレノアが氷の矢を放った。だが、炎の首輪は氷を避け、さらに速度を上げて俺に迫る。
「わたくしも協力するのです!」
ミュウも風の障壁を作り出したが、首輪はそれさえも簡単に通り抜けた。
「くそっ、厄介だな」
炎の首輪は一度目の接近を俺がかわすと、まるで獲物を追うように空中で旋回し、再び俺に向かって飛んでくる。俺は蒼光剣を振るって首輪を弾こうとしたが、首輪は剣の動きを予測するかのように軌道を変え、上空から俺の首へと急降下してきた。
「師匠、危ない!」リリアが叫んだ。
「逃げてくださいなのです!」ミュウの声も必死だ。
炎の首輪が、俺の首の寸前に迫った。その熱が肌を焦がす。回避しきれない――
その瞬間、青白い光が閃いた。
「アイス・サイズ!」
エレノアが放った氷の大鎌が、空中で炎の首輪を直撃し、その軌道を大きく変えた。首輪は俺の首元を逸れ、空中でバランスを崩したように揺らめく。
「エレノア!」
彼女の顔に、俺が今まで見たことのない表情が浮かんでいた。狂気とも冷酷とも言える笑み。
「まだ終わってないわ!」エレノアが叫んだ。「アイス・チェイン!」
彼女の杖から鎖状の氷が放たれ、空中で炎の首輪をキャッチする。火と氷がぶつかり合い、大量の蒸気が発生する。だが、エレノアの氷の鎖はその熱に耐え、首輪をコントロールし始めた。
「何をする気だ?」俺が問いかける。
エレノアは答えず、その青い瞳を血走らせながら、氷の鎖を操作し続けた。彼女の周囲の温度が急激に下がり、足元の石畳が凍りつき始める。
「見ていなさい」彼女は低い声で言った。「私がどれだけ強くなったかを!」
エレノアの魔力が限界まで開放されていく。村での俺との戦いの時とは比較にならないほどの氷の力だ。
「一ヶ月前の屈辱! 今こそ返すわ!」エレノアの声が、王宮内に響き渡る。
「え? ちょっと待っ......」
エレノアは杖を高く掲げ、「クリスタル・ダンス!」と叫んだ。
次の瞬間、氷の鎖が宙で踊るように動き、炎の首輪をメリッサに向かって投げ返した。それは単なる力任せの投擲ではなく、計算された軌道によって、メリッサの首元を精確に狙っていた。
「……っ!!」
メリッサの悲鳴が聞こえる前に、炎の首輪は彼女自身の首に向かって飛んでいった。彼女は慌てて避けようとしたが、疲労と魔力の消耗で動きが遅れた。
そして――
カチリ。
小さな金属音とともに、炎の首輪がメリッサ自身の首にぴったりとはまった。
「あっ......」
メリッサの顔から血の気が引いた。彼女の目が大きく見開かれ、自分の首元に手を当てる。だが、もう遅い。炎の首輪は彼女の肌に溶け込むように密着し、赤い光を放っていた。
「そんな......」
メリッサの表情が恐怖で固まった。彼女自身の魔法で作り出した首輪。その支配力を誰よりも理解している彼女は、自分の身に起きたことの意味を完全に理解していた。
「あなたの負けよ」エレノアが冷たく言った。その目には確かな満足感と達成感が浮かんでいた。
「あ〜あ、ボク知〜らない」リリアも少し意地悪そうに言った。
「ご、ごきげんよう、メリッサ様なのです......」ミュウも猫耳を小刻みに震わせながら、皮肉を込めて言った。
俺は彼女の方に向き直った。「エレノア、鮮やかな作戦だ」
エレノアは一瞬、こちらを見たが、すぐに視線を逸らした。「別に」彼女はそっけなく答えた。「あなたに褒められても嬉しくないわ」
俺は思わず苦笑した。相変わらず素直じゃないな。
王宮の人々の間からも、失笑が漏れる。先ほどまで恐怖に震えていた奴隷たちも、今は安堵と共にメリッサの惨めな姿を眺めている。
「くぅ……」
メリッサは首輪を外そうと必死になって首元をまさぐっていた。その表情は恐怖と屈辱で歪み、身体が強張っている。首輪は彼女の肌に密着し、外れる様子はない。
「どうすればいいの!?」
リリアが首を傾げた。「メリッサ、あなた自身が作った首輪でしょ? 解き方を知ってるのはあなただけよ」
「そ、そんな......アタシにも分からないわ」メリッサが恐怖に震える。
「自業自得ってやつだな」俺は蒼光剣を下げながら言った。
「いや......いやぁぁぁぁ!」
本日は連載開始1カ月を記念して、1日に複数話、投稿中! 最後までお付き合いください。
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