(51)お前と結婚できない理由
「メリッサ、お前の気持ちは......受け取れない」
俺の言葉に、メリッサの表情が凍りついた。花束を差し出し続ける腕がわずかに震えている。
王宮内に一瞬の静寂が走る。楽隊も、踊っていた人々も、息を呑んで硬直している。
「......え?」メリッサの声は小さく、震えていた。「今、なんて?」
「断る。お前とは結婚しない」俺は再びはっきりと告げた。「第一、魔法少女が結婚するということは、純潔を失うということだろう? 変身できなくなってもいいのか?」
「まあ……」メリッサがわざとらしく両手を頬に当て、照れた。「もうそんなこと妄想してるの? アポロナイト様ったら、エッチ♡」
「いや、大事なことだろう」
「アタシは変身できなくなっても構わないわ。あなたの強大な力さえ手に入れば、それでこの世界を支配できるもの!」
この女、俺の力が欲しいのか……?
「いいや、断る。お前と共にこの世界を支配するつもりはない。お前とは結婚しない」
「……!」
メリッサの顔から血の気が引いた。彼女の体から炎が噴き出しそうになったが、彼女は何とかそれを抑え込んでいる。
「な、なぜですの?」メリッサは上等な言葉遣いに切り替えた。「アタシの何がお気に召さないのかしら?」
「理由か?」俺は周囲を見回した。あからさまに緊張した様子で俺たちを見つめる人々、特に男性奴隷たちの怯えた表情。「そもそも、この公開プロポーズだが......」
「公開プロポーズ? 素敵じゃないの!」メリッサは首を傾げた。「アタシたちの愛を、みんなで祝福してもらうための......」
「祝福?」俺は冷ややかに言った。「見ろよ、みんなの表情を。怯えているじゃないか。お前を恐れて、仕方なく付き合わされているのが見え見えだ」
言葉に反応して、周囲の人々がビクッと体を震わせる。
「そんなことないわ!」メリッサが反論した。「みんな、アタシのこと好きよね? アタシとアポロナイト様の結婚、心から祝福してくれてるわよね?」
彼女は王宮の人々を睨みつけるように見回した。その目には明らかな脅しが込められている。
「も、も、も! もちろんです、メリッサ様!」
「ご、ご、ご、ご結婚、心から祝福しております!」
「お、お、おめでとうございます!」
王宮の人々が慌てて返事をする。だが、彼らの表情は引きつり、声は震えていた。
「ほら見て! みんな祝福してくれてるじゃない!」
「いや、明らかに声が震えてるだろ」俺はため息をついた。「彼らの表情を見ろよ。今にも泣き出しそうじゃないか」
俺は視線を舞台の端に並ばされていた男性奴隷たちに向けた。特に目立つ三人の奴隷――一人は筋肉質で背が高く、一人は繊細そうな顔立ちの美少年、そして一人はどこか知的な眼鏡をかけた青年――が怯えた表情で立っている。
「特に、あの三人の男性奴隷たちは、明らかに怯えている」俺は彼らを指さした。「おい、君たち! ちょっとこっちへ!」
三人はびくっと体を震わせ、互いの顔を見合わせた後、おそるおそる前に出てきた。
「あ、あの......」筋肉質の男性が恐る恐る口を開いた。
「ケイン、ルーク、サイモン! 何をもじもじしているの!」メリッサが彼らに向かって叫んだ。「早くアタシとアポロナイト様の結婚を祝福しなさい!」
「メリッサ様とアポロナイト様のご結婚、心より......」三人は揃って言い始めたが、俺が手を挙げて制した。
「いや、待て。祝福しなくていい。君たち、本当のことを言ってみろ」俺は彼らを見つめた。「メリッサの下で働かされて、どんな気持ちだ?」
三人は言葉に詰まり、恐る恐るメリッサを見た。
「当、当然ながら、メリッサ様のお側にいられることは、我々の喜びでして......」ケインと呼ばれた筋肉質の男性が言いかけた。
「昨日、メリッサは村に来て、君たちのことを自慢してたぞ」俺は静かに言った。「君たちがベッドの上で彼女を悦ばせていると」
「......っ! ア、アポロナイト様! なんでそれを......!?」メリッサが真っ赤になって叫んだ。「あーっ! そっか! あの奴隷の男がアポロナイト様に言いつけたのね! あいつ、許せない!」
昨日会った俺と、今対面しているアポロナイトは、別人だと信じて疑わないようだ。とりあえず、その誤解は解かずにおこう。
「そうだ、彼から聞いた」俺は答えた。「彼によれば、お前はベッドで奴隷の男たちに楽しませてもらっているらしいな」
「アポロナイト様! 違うのよ!」メリッサが必死に弁解した。「この奴隷たちはただの道具なの! 人間じゃないの! 愛してなんかないわ! アタシが本当に愛しているのは、あなただけよ! 誤解しないで!」
「いや、誤解しているわけじゃなくて......」
「じゃあ、何なの?」
俺は三人の奴隷に向き直った。「君たちはただの道具で、人間じゃないんだそうだ。そんなふうに言われて、なんとも思わないのか?」
三人は俯いた。
「メリッサに毎晩ベッドで何をさせられている?」
メリッサが彼らにきつい視線を向ける。余計なことは言うな、と言わんばかりに。
「僕たちは......メリッサ様の夜のお供をさせていただいております」ルークと呼ばれた美少年が小さな声で言った。
「お供? 具体的には?」
「毎晩、交代で......メリッサ様のベッドに入り......」サイモンと呼ばれた眼鏡の青年が恥ずかしそうに言った。
「黙りなさい!」メリッサが彼らに向かって叫んだ。「アポロナイト様の前で余計なこと言わないで! アタシに恥をかかせるつもり!?」
「いや、話してくれ」俺は更に追及した。「メリッサがどんな女なのか、俺は詳しく知りたい。ここにいるみんなにも知ってもらいたい。というか、王宮のみんなはとっくに知っているのかもしれないが……」
三人は言葉に詰まり、メリッサと俺の間で視線を行き来させた。メリッサの目が彼らを威圧する。
「実は......」ケインが勇気を出して口を開いた。「毎晩、メリッサ様が満足するまで......体を......愛撫したり......耳元で囁いたり......」
「それ以上言うと承知しないわよ!」メリッサが炎の杖を振りかざした。
だが、俺の問いかけで男性奴隷たちの中の何かが吹っ切れたようだった。
「私たちは.....」サイモンが震える声で口を開いた。「メリッサ様の夜のお相手として......大変辛い思いをしているのです......」
「やめなさい! このバカ奴隷たち!」メリッサが彼らを黙らせようとしたが、もはや止まらなかった。
「毎晩、辛いんです......」ルークが小さな声で続けた。「メリッサ様の機嫌が悪いと......激怒されて、魔法でお仕置きされたりするんです......」
「俺たちは......人間じゃないから......」ケインは俯きながら言った。「俺たちの気持ちなんて......考えてもらえないんだ......」
「突然ベッドから蹴落とされたり」ルークが目に涙を浮かべながら言った。「『もっと気持ち良く』『もっと可愛い声で』と無理な要求をされたり......」
「私たちを『競争』させることもあります」サイモンも勇気を出して話し始めた。「メリッサ様の体を愛撫して、一番気持ちいいのを選ぶ、選ばれなかった者は罰ゲームということも......」
「黙りなさい! もう黙りなさい!」メリッサが彼らを黙らせようとしたが、もはや止まらなかった。
「猫の真似をさせられたこともあります......」ケインが羞恥に顔を赤らめながら言った。「『ニャンニャン』と言わされ、四つん這いで生活させられて......人間としての尊厳を......」
「子守唄を歌わされることもあります」サイモンは眼鏡の奥の目に涙を浮かべていた。「私たちが眠たくても、メリッサ様が眠るまで......ずっと......」
三人の目には涙が浮かんでいた。恨みと解放感が入り混じった複雑な表情だった。
「本当は嫌なんだろう?」俺は優しく尋ねた。「無理やり付き合わされて、ウンザリしているじゃないか?」
三人は恐る恐る頷いた。「はい......その通りです......」
メリッサが激怒した。「なんですって!? アタシのベッドに入れるなんて、男として最高の名誉のはずでしょう!?」
「いいえ、正直、辞めたいです......」サイモンが小声で言った。「毎晩、お姫様抱っこで寝室まで運ばされるのも......」
「『アタシを天国へ連れて行って』と無理な要求をされるのも......」ルークが付け加えた。
「眠れない夜は朝まで付き合わされるのも......」ケインが震える声で言った。
三人は一斉に泣き出した。
王宮の人々もこの光景を唖然と見つめている。
「だ、だって! アタシは王宮に認められた一流の魔法少女よ! 奴隷の分際で文句を言うなんて、そんなこと許されるわけがないわ!」メリッサは必死に権威を保とうとした。
「メリッサ」俺は冷静に言った。「お前は男を人間として見ていない。奴隷と呼び、モノのように扱っている。魔法少女として、女として......いや、人間としてサイテーだ。そんなお前とは結婚できない」
「そ、そんな......」メリッサは言葉に詰まった。
「そもそも、奴隷制度自体が間違っている」俺は厳しく言った。「人を所有すること自体、認められない」
王宮の中に静寂が広がった。三人の奴隷はまだ涙を流しながらも、俺に向かって感謝の目を向けていた。
すると、次の瞬間――