(50)ラブコメ!? メリッサの公開プロポーズ
静寂が辺りを包む。メリッサは未だ跪いたまま。俺は剣を構えたまま。エレノアたちはただ呆然と立ち尽くしていた。
「何のつもりだ?」俺は沈黙を破って尋ねた。生意気なメリッサが忠誠を誓うなど、にわかには信じ難かった。何か裏があるに違いない。
すると突然、王宮に響き渡る金管楽器の音色が鳴り響いた。
「何だ?」俺は辺りを見回す。
「な、何が始まるの?」リリアが小さく呟いた。
楽隊が演奏する曲調は明るく、祝祭的なものだった。ファンファーレからゆるやかなワルツへと変わっていく。ミュウの猫耳がリズムに合わせて小刻みに動いている。
「何って?」メリッサは跪いたままでありながら、顔だけを上げて俺を見上げた。その顔には陶酔したような笑みが浮かんでいる。「もちろん、あなたへの忠誠を誓うためよ」
「メリッサ、何を企んでいるの?」エレノアが冷ややかに問いかけた。
「何のこと?」メリッサが立ち上がると、炎の杖を天に掲げた。「企んでなんかいないわ! 今日は祝いの日なのよ!」
彼女がそう叫ぶと、周囲に集まっていた人々が突然、歌い始めた。
「♪ メリッサ様、おめでとう~
アポロナイト様、おめでとう~
運命の出会いに乾杯~ ♪」
突如として王宮前の広場が即席のミュージカル会場へと変わった。女性たちが列を成して踊り始め、音楽隊の演奏もさらに華やかさを増していく。驚いたことに、先ほどまで目を伏せていた奴隷の男性たちも、ぎこちない動きながらも踊り始めた。
「な、何だこりゃ……?」俺は蒼光剣を下げながら呟いた。
踊りのフォーメーションが複雑になり、人々は円を描くように回ったり、列を成して前後に揺れたりした。しかし、よく観察すると、全員がメリッサを恐れるように時折チラチラと彼女の方を見ており、表情にも強張りが見える。明らかに強制されているのだ。
「♪ 今日はなんておめでたい日~
たーいせつな日~
魔法少女と勇者の物語が始まる~ ♪」
お世辞にも良い歌とは言えなかった。即席で作ったにしても、歌詞がダサすぎる。
女騎士たちも踊りに加わり、剣を交差させてアーチを作る。メイドたちはテーブルクロスを振り回しながらクルクルと回転し、炎の魔法で作られた花火がパンパンと王宮の上空で弾けた。
「もう、何が何だか……」リリアは頭を抱えた。
「意味不明なのです……」ミュウの猫耳が混乱で右往左往と動いている。
「バカげてる……」エレノアの冷たい呟き。
歌と踊りはクライマックスへと向かう。男性奴隷の若者たちが前に出て、腰を振るダンスを披露し、女騎士たちが剣で炎を受け止めるアクロバティックなショーを見せる。宮廷楽士たちの演奏も絶頂に達し、ついには王宮の庭園全体が熱狂に包まれた。
メリッサは観客席として用意されていた特別席へと俺たちを誘導した。何が起きているか理解できないまま、俺たちはその席に着いた。
動きに合わせて広場中央が開かれ、そこにメリッサが立つ。音楽が急に静かになり、スポットライトのように炎の光が彼女一人を照らし出した。
「♪ 一ヶ月前の~あの日~
アタシの心は~震えた~
あなたの強さに~魅了された~ ♪」
メリッサ自身が高らかに歌い始めた。彼女の声は意外にも美しく、哀愁を帯びた旋律が王宮に響き渡る。彼女の周りを炎の蝶が舞い、彼女の感情を表現するかのように光の強さを変化させていく。
「♪ 指一本で~私は吹き飛ばされ~
それ以来~あなたのことを~
想わずにはいられない~ ♪」
その歌詞に、俺は愕然とした。これはつまり……愛の告白なのか?
エレノアもリリアもミュウも、開いた口が塞がらない様子で、この状況を理解しようと必死だった。
メリッサの歌は続く。
「♪ 魔法少女は~自分より強い男性と出逢ったら~
運命に従って~結ばれなければならない~
それがスターフェリアの~伝統~ ♪」
はあ? またその伝統か?
メリッサが歌い終えると、男性奴隷たちが彼女の両脇に控え、彼女の衣装の裾をヒラヒラと持ち上げ、華やかな階段を下りるようなシーンを演出した。その階段の先、つまり俺の座る席の方へ向かって。
メリッサが俺の前にたどり着くと、楽隊の音楽が再び盛り上がり、女騎士と従者たちが口々に「メリッサ様、勇気を出して!」「アポロナイト様、受け入れて!」と囃し立てる。
「アポロナイト様」
メリッサは俺の前に跪き、どこからともなく現れた赤いバラの花束を差し出した。
「一ヶ月前、王都で初めてお会いした時から、あなたをずっとお慕いしていました」
周囲から「おおっ!」という感動の声が上がる。もちろん、無理やり言わされている声だが。
「あの日、あなたに指一本で倒されたとき、アタシの心も同時に奪われたのです」彼女は熱に浮かされたような表情で続けた。「あなたの強さ、信念、そして何より、その美しい青い光……全てに魅了されました」
冗談だろ?
エレノアが目をしばたたかせ、リリアは口をぽかんと開けたまま。ミュウは猫耳を真っ赤にして伏せている。
「アタシはあなたに会いたいと思い、こうして公開プロポーズの準備を進めてきたのです!」
「プロポーズ!?」
「そう!」
「ちょっと待て。じゃあ、なんでさっき、魔獣を俺と戦わせた? 俺を倒して復讐を果たすためじゃないのか?」
「違うわ! あなたの強さを、ここにいるみんなに知ってもらうためよ! そして、あなたは見事、強さを証明した! アタシの期待通り!」
メリッサの目には涙が光っていた。彼女はバラを俺に差し出し、熱烈な視線を送る。
「スターフェリアの伝統では、魔法少女は自分より強い男性と出逢ったら、その男性と結婚しなければならないのです。それが私たちの宿命。あなたはアタシを倒した最初の男性。アポロナイト様、あなたを愛しています。だから……」
彼女は深呼吸し、最後の言葉を紡ぎ出した。
「結婚してください!」
シーンとした静寂。
王宮内の全員が息を飲んで見守っている。楽隊も一斉に演奏を止め、時間が止まったかのような静けさが広がった。
俺は唖然とした。マスクの下の表情は完全に崩壊している。この状況、どう対処すればいいんだ? 理解が追いつかない。
「こ、これが……目的だったの?」エレノアが震える声で言った。「アポロナイトを王宮に招いたのは……愛の告白のため?」
「そうよ!」メリッサは得意げに答えた。「彼がアタシのプロポーズを受け入れてくれたら、アタシたちは正式にカップルとなり、王宮での盛大な結婚式を開くわ! アポロナイト様は王宮に迎えられ、アタシの配偶者として最高の地位を与えられるのよ!」
「じゃあ、クラリーチェが俺をおびき出したんじゃないのか?」俺は尋ねた。
「クラリーチェ様? 何の話?」メリッサはキョトンとして言った。「クラリーチェ様は外交旅行中だって言ったでしょう。彼女が帰ってくる前に、アタシたちの結婚を済ませておきたかったのよ」
なんてこった。罠でもなく、クラリーチェの命令でもなかった。純粋にメリッサの恋愛妄想だったのか。
まるで戦地に赴くような気持ちでロザリンダと感動的な別れまで交わしてきたというのに……俺がバカみたいだ。
「でも……男性に対してあんな態度だったじゃないか」俺は思わず言った。「一ヶ月前、王宮で出会った時、俺のことを……いや、男を見下していたぞ」
「そうよ! けど、アタシより強い男性は別なの!」メリッサは頬を赤らめた。「アポロナイト様、あなただけは特別なのよ! だって……」
「だって?」
「あなたはこの世界の支配者になる男……! その野望、一緒に叶えましょう! アタシと一緒にスターフェリアを支配するの! ステキだと思わない?」
メリッサは真剣だ。今も花束を差し出したまま、俺の返事を待っている。彼女の目には期待と恐怖が入り混じっていた。
「さあ、アポロナイト様」彼女は震える声で言った。「あなたの答えは?」
王宮全体が固唾を飲んで見守る中、俺は答えを考えていた。
断れば、メリッサの怒りを買い、面倒なことになりそうだ。かといって受け入れるわけにもいかない。
俺は立ち上がり、アポロナイトの低い声で言った。
「メリッサ、お前の気持ちは……」
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