(48)女騎士、メイド、奴隷たちによる歓迎の儀
朝日が村を赤く染める頃、俺たちは王宮に向かう準備を整えていた。エレノア、リリア、ミュウ、そして俺――王宮で待つ未知の存在に対峙するため。
「蒼光チェンジ!」
俺は出発前に変身を済ませた。青い光が俺の体を包み込み、アポロナイトの白銀の装甲が全身を覆う。毎回変身する度に、この力の素晴らしさを実感する。蒼光剣を手に、俺は三人の魔法少女たちに向き直った。
エレノアは既に氷の女王として変身を終えていた。ミュウも緑色の魔法少女の衣装に身を包み、白銀の猫耳を緊張で細かく動かしている。リリアだけは魔力がないため変身できず、戦闘用の軽装備のみを身につけていた。
「みんな、準備はいいな?」
「ええ」エレノアは冷たく頷いた。彼女の声からは緊張が伝わってくる。彼女にとって、王宮は両親を失った悲しい記憶の場所だ。「どんな罠が待っていても、私は覚悟ができているわ」
「はいなのです!」ミュウが猫耳をピンと立てた。「わたくし、全力で戦うのです!」
「ボクも行くよ!」リリアは明るく言ったが、その声には少しの震えが混じっていた。彼女は純潔を失い、魔力を使えないにもかかわらず、勇敢に前を向いている。その姿に胸を打たれた。
村の入口では、ロザリンダが静かに見送ってくれた。「気をつけて、皆さん」
昨夜の彼女の物語、そして彼女の気持ちを思い出し、俺は無言で頷いた。
王宮への道中、俺たちは緊張感の中にも、時折会話を交わした。エレノアは黙々と歩きながらも、時折遠くを見つめては、深いため息をついている。彼女の心の中には、王宮での記憶と、そこで待つ未知の敵への覚悟が入り混じっているのだろう。
「お姉様」リリアが心配そうに声をかける。「大丈夫?」
「ええ......」エレノアは小さく頷いた。「少し、昔を思い出しただけよ」
ミュウは二人の様子を見て、黙って猫耳を下げた。彼女も王宮の恐ろしさを知っている。
俺の心の中には、不思議な感情が渦巻いていた。クラリーチェという最強の魔法姫との対決――恐怖よりも、どこか期待感すら覚える。この世界の頂点に立つ存在と対峙することで、俺の立ち位置が明確になるはずだ。
もし、彼女を倒すことができれば......この世界の支配者への道が開ける。
「見えてきたわ」
エレノアの声で我に返る。木々の間から、巨大な城塞が姿を現した。その王宮の美しさは言葉では表現できないほどだった。
水晶のような透明な塔が天を突き、銀色に輝く壁が城の周囲を取り囲んでいる。星型の外観をした王宮は、まさにスターフェリアの象徴だった。城の周りには広大な庭園が広がり、星の形に整えられた植栽や、小川が流れていた。
「美しい......」俺は思わず呟いた。
「そうね」エレノアは静かに言った。「美しいけれど、その美しさの裏には、冷酷な現実があるわ」
俺たちは王宮の大きな門へと向かった。門前には何人もの衛兵が立ち、俺たちを見るなり、即座に姿勢を正した。
「アポロナイト様のお越しをお待ちしておりました」
俺の来訪は既に知れ渡っているらしい。
門が開き、俺たちは王宮の敷地内へと足を踏み入れた。その規模に、思わず息を呑んだ。
王宮の敷地は想像以上に広大だった。水晶のような素材で舗装された道が、何重もの庭園を通り抜け、中央の巨大な宮殿へと続いている。庭園内にはいくつもの噴水が配置され、水晶の妖精たちの彫像から水が噴き出していた。空中には小さく光る魔法の球体が浮かび、王宮全体を神秘的な雰囲気で包み込んでいる。
さらに驚くべきことに、王宮の庭園には既に数百人もの人々が整然と並んでいた。入り口から中央宮殿まで続く大理石の道の両側に、びっしりと人が立ち並び、まるで俺たちの到着を待ち望んでいたかのようだ。
正面に立つのは十数人の魔法少女たち。彼女たちは様々な色の魔法衣装に身を包み、それぞれ独自の武器を手に持っている。その背後には約五十人の女騎士たち。彼らは重厚な鎧を身につけ、長剣を腰に下げている。さらにその後ろには百人以上の従者たち――食器を持ったメイドから、書類を抱えた書記官まで、様々な服装の女性たちが並んでいた。
そして、庭園の外周には何十人もの宮廷楽士たちが金管楽器と弦楽器を構えて、俺たちの入場に合わせて荘厳な音楽を奏で始めた。その音色は王宮全体に響き渡り、まるで英雄の帰還を祝うかのようだった。
その壮麗な雰囲気の中でも、一点気になる光景があった。宮殿の階段前には十数名の若い男性たちの姿も見えた。彼らは他の人々とは異なり、まるで観賞用の家具のように華やかな衣装を身にまとい、首には光る首輪のようなものを着けていた。じっとその場に立ったまま、目を伏せている。
「奴隷だ......」
俺は思わず呟いた。メリッサが話していた「奴隷」の存在が現実だと知り、心の中で複雑な感情が渦巻いた。男性の地位が低いとはいえ、こんな形で人間を所有するなど......この世界の闇を垣間見た気がした。
「アポロナイト様、ようこそ王宮へ」
中央から一人の女性が歩み出た。年配の女性で、高貴な身なりのメイド服を着ている。「私は王宮のメイド長、カトリーヌと申します。本日はご来訪、誠にありがとうございます」
彼女の態度はあまりにも丁寧で、かえって違和感を覚えた。俺はアポロナイトのマスクの下で目を細めて周囲を観察する。どこかに罠が潜んでいるはずだ。
「クラリーチェはどこだ?」俺は低く響く声で尋ねた。
カトリーヌは申し訳なさそうに頭を下げた。「誠に恐縮ではございますが、女王クラリーチェ様は現在、近隣諸国への外交旅行の最中でございます。この歓迎の儀は、メリッサ様からの指示で準備させていただきました」
「メリッサの指示?」俺は問いかけた。「彼女はどこにいる?」
カトリーヌは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに取り繕った。「メリッサ様は、席を外されております。まもなくお戻りになるとのことです」
集まった人々の間からは、どこか不自然な緊張が感じられた。全員が台本通りに行動しているかのようだ。エレノアが俺に近づき、小声で言った。「何かおかしいわ。メリッサの指示でこんな大がかりな歓迎をするなんて……」
ミュウも猫耳を不安げに動かしながら囁いた。「みんな、怯えているのです。何かが起きそうなのです」
俺も同感だった。どういうことだ? メリッサが俺を王宮に招きながら、彼女自身はいないなんて......。
集まった人々の視線が、エレノアとリリアに向けられた。そこには明らかな嘲笑が含まれていた。
「あれは......」
「逃げ出した王女が帰ってきたわね」
「"おもらし姫"だわ!」
囁きが次第に大きくなり、嘲笑へと変わっていった。エレノアの表情は凍りついたように冷たく、リリアは悲しげに俯いている。
「あの妹は純潔を失ったって噂だわ」
「魔力もないなんて、王族の恥さらしね」
嘲笑に耐え続けるエレノアとリリアを見て、俺の中に怒りが沸き起こった。
「黙れ!」
俺の声が広場に響き渡る。蒼光剣を一閃させ、青い光が周囲を包み込んだ。
「彼女たちは俺が認めた魔法少女だ。おもらし姫だの、何だのと嘲笑うなら、俺が相手になる」
静まりかえった広場に、突然の拍手が響いた。
「さすがアポロナイト様!」
声の方向を見ると、王宮の中央から赤い光が放たれた。次の瞬間、炎の鳥が宙に舞い、その中から一人の少女が現れた。
赤と黒の衣装に身を包み、炎の剣を手にしたメリッサだった。彼女は優雅に宙を舞いながら、地上に降り立った。
「お待たせ! アタシの華麗な登場よ!」彼女は炎の羽を広げるように両腕を広げた。
「メリッサ?」
「アポロナイト様!」メリッサは剣を俺に向けた。「あなたとの戦いを楽しみにしていたの。前回の雪辱を晴らすチャンス......アタシと戦ってもらうわ!」
彼女の目には狂気じみた光が宿り、全身から炎の魔力が激しく放出されていた。