(46)ロザリンダの秘密の恋
本日より再び1日1話更新に戻ります。どうぞお付き合いください。
王宮へ出発する前日の夜。俺はシャワーを浴び、部屋に戻った。明日の会見に備えて早めに休むつもりだったが、心の奥に燻る興奮が眠りを遠ざけていた。
窓の外には無数の星が瞬き、スターフェリアの夜空を彩っている。まさに「星と妖精の世界」と呼ぶにふさわしい美しさだ。この世界に来てから一ヶ月余り。特撮ヒーローのスーツアクターとして生きてきた俺の人生は、まるで空想の物語のように感じられる。
ベッドに腰掛け、アポロナイトの変身ブレイサーを眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。丁寧で控えめな音だった。
「はい、どうぞ」
ドアが開き、ロザリンダが姿を現した。普段よりも少し緊張した面持ちだ。
「武流さん、お休み前に少しよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」俺は軽く頷いた。「何か用事でも?」
ロザリンダは入ってきて、少し遠慮がちにドアを閉めた。彼女は小さな袋を手に持っていた。
月明かりに照らされた彼女の姿が、俺の目に焼き付く。三十代だが、その透き通るような白い肌は年齢を感じさせない。長い金色の髪は一つに束ねられ、肩にかかっていた。シンプルな白のワンピースは彼女の曲線を控えめに強調し、大人の女性としての色香を漂わせている。その佇まいには、魔法少女時代の名残か、凛とした気品が宿っていた。
「明日のことを考えて、少し気になって......」彼女は静かに言った。「王宮へ行かれる前に、お体のコンディションは万全でしょうか?」
「ああ、問題ない」俺は答えながらも、気遣いに胸が温かくなった。「エレノアたちを守りながら戦うのは少し大変かもしれないが」
ロザリンダは手に持った袋の中から小さな瓶を取り出した。それは淡い緑色の液体が入ったガラス製の容器だった。
「私、少しですがマッサージの技術を持っています」彼女は少し恥ずかしそうに言った。「もしよろしければ、明日に備えて疲れを取るお手伝いを......」
俺は少し驚いた。「マッサージ?」
「はい。この村に来る前、旅をしていた頃に覚えたものです」ロザリンダは小瓶を手に取りながら説明した。「これは森で採取した薬草と精油を調合したもの。筋肉の緊張を解きほぐす効果があります」
彼女の提案に、俺は一瞬戸惑った。だが、彼女の真摯な表情に、嫌な気持ちはなかった。
「それは......ありがたい。お願いしようか」
ロザリンダの表情が少し明るくなった。「では、シャツを脱いで、うつ伏せになってください」
俺はシャツを脱ぐと、ベッドにうつ伏せになった。ロザリンダが瓶から精油を取り出し、手に馴染ませる音が聞こえる。
「少し冷たく感じるかもしれません」
そう言って、彼女の手が俺の背中に触れた。予想通り少し冷たかったが、すぐに温かさを感じ始めた。指先が優しく背中全体を滑るように移動し、緊張している部分を探るように触れていく。その指先には不思議な力があり、触れるだけで筋肉が反応するように感じた。
「うん、いい香りだ」俺は思わず呟いた。
「ラベンダーとユーカリを基調に、この世界特有のハーブを加えています」ロザリンダの声には少しの自信が混じっていた。「リラックス効果と同時に、筋肉の深部にまで働きかけるんです」
彼女の手の動きは見事だった。まるでプロのマッサージ師のように、正確に筋肉の緊張点を見つけ出し、指圧とストロークを組み合わせて丁寧にほぐしていく。
「おお......これは素晴らしい」俺は思わず唸った。スーツアクター時代も、マッサージや指圧整体を受けて体のコンディションを整えてきたが、こんな気持ち良さは初めてだ。「どこでこんな技術を?」
「長い旅の中で、様々な土地の治療法を学びました」ロザリンダの指が俺の背中の筋肉を正確に捉え、深く沈み込むように押しほぐしていく。彼女は両手の親指を使って背骨の両脇を丁寧に圧迫し、そこから放射状に指を滑らせていった。「この動きは南方の島国で、この圧の入れ方は東の山岳地帯で......少しずつ技術を磨いてきたんです」
彼女の指先は肩甲骨の下を滑るように移動し、背骨に沿って下りていく。緊張している筋肉を見つけると、円を描くように丁寧に揉みほぐしていった。
「こちらの肩に少し硬さがありますね」ロザリンダが言った。手のひら全体を使って肩から首にかけての筋肉を温めるように揉みながら。「エレノアたちの特訓で酷使されたのでしょうか」
「ああ、魔法少女たちの指導は体力勝負だよ」俺は笑った。「特にリリアは飽きることを知らないからな」
「彼女、本当に武流さんに懐いていますね」ロザリンダが柔らかく笑った。「あんなに生き生きした表情、ここに来てから初めて見ました」
話しながらも、ロザリンダの手は絶え間なく動き続け、筋肉の緊張を解きほぐしていく。温かくなった精油の香りが部屋中に広がり、体だけでなく心まで緩んでいくのを感じた。
「私は今もなお、古文書を研究しています。リリアが魔法少女の力を取り戻す方法を見つけるため。王宮の図書館から持ち出した禁書も読み解いてきました」彼女は少し微笑んだ。「今は魔法を使えなくても、知恵と知識は役に立ちますから」
ロザリンダの言葉には諦めない強さがあった。それは彼女が長い年月をかけて培ってきたものだろう。
「でも、まだ手がかりは見つかっていません。失われた魔力を取り戻した例は、スターフェリアの歴史にも記録されていないのです」
その言葉には諦めよりも、ただ事実を語る冷静さがあった。
「きっと道は開けるさ。リリアも希望を失っていない」
「はい......。あなたのような方が現れて、本当に良かったです」
ロザリンダの声は、マッサージの動きと同じくらい柔らかく、しかし確かな強さを持っていた。
「俺が何か特別なことをしたわけじゃない」俺は答えた。「彼女たちには才能があった。それを引き出しただけさ」
「いいえ、それ以上のことをなさっています」ロザリンダは静かに言った。指先が俺の右肩の筋肉を丁寧に円を描くように解きほぐしながら。「エレノアとリリアが王宮から追放されてきた時、彼女たちの目には光がありませんでした。特にエレノア......彼女は毎晩泣いていたんです」
ロザリンダの手が一瞬止まり、すぐにまた動き始める。
「私にも心当たりがあるんです......大切な人を失う痛みが」
彼女の声に含まれる感情に、俺は思わず振り向きそうになった。だが、彼女の手が優しく俺の背を押さえる。
「動かないでください。まだ終わっていませんから」
俺はうつ伏せの姿勢を保ったまま、彼女の物語に耳を傾けた。
「私が魔法少女だった頃のことです......」
ロザリンダの声は遠い記憶をたどるように、静かに始まった。彼女の手が背中を揉みほぐす中、物語は紡がれていく。
「十六の春でした。私は村を守る若き魔法少女として、各地の魔獣退治の旅に出ていました。その頃の私は、今のエレノアのように......自分の力を過信していたのかもしれません」
ロザリンダの手の動きが、少し懐かしさを帯びたようになる。
「ある日、山岳地帯で大きな魔獣と戦っていました。渓谷の狭い場所で追い詰められ、危うく谷底に落ちそうになった時、彼が現れたんです」
「彼?」
「はい......レイという名の冒険者でした」
ロザリンダの声が少し柔らかくなった。
「彼は剣と盾を手に、躊躇うことなく魔獣に立ち向かってきました。魔法は使えないのに......でも、彼の剣術は見事でした。まるで踊りのように美しく、同時に恐ろしいほど正確で」
彼女が語る剣術の描写は、まるで俺自身のことを語っているようにも思えた。
ロザリンダの手が筋肉を優しく揉みほぐしていく。その動きには彼女の記憶の温もりが感じられた。
「私は彼に命を救われました。そして......」彼女は少し言葉を詰まらせた。「恋をした私は、彼の旅に同行することにしたんです」