(41)ヒーローと魔法少女VS大翼竜空中決戦
「みんな、聞け!」
俺はエレノアとミュウを呼び寄せた。魔獣は上空で旋回しながら、次の攻撃の機会を窺っている。
「このままでは勝てない。地上からの攻撃では効果がない」
「何か良い案があるの?」エレノアが尋ねた。
「ああ。『蒼光剣アポロナイト』の世界でも似たような状況に陥ったことがある。その時に倣って、敵の背中に飛び乗って直接攻撃する」
「魔獣の背中に……?」とエレノア。
「でも、どうやってあそこまで到達するのです?」ミュウが困惑した様子で尋ねた。
「それが肝心だ」俺は真剣に言った。
エレノアが閃いた。「私のアークティック・リアームを使えば……」
先ほどの演武会で披露した技だ。氷を空中に次々と出現させ、それを駆け上って上空へと昇り、攻撃する。
「確かに良い案だ。しかし、あれでは高速で飛行する敵の背中にタイミング良く着地するのは至難の業だ。それにバランスも悪い」
エレノアが唇を噛む。「じゃあ、どうすれば……」
「ミュウ、お前の風の力で俺たちを運べないか?」
ミュウの猫耳が驚きでピンと立った。「風で、運ぶ……?」
「可能か?」
彼女は少し考え込んだ後、頷いた。「できるかもしれないのです。この一か月で風の操作はかなり進歩したのです。でも、三人全員を同時に持ち上げるのは……」
「二人でいい。俺とエレノアだ」
「え?」エレノアが驚いた様子で俺を見た。
「エレノア、お前の氷の魔法で魔獣を仕留める。だが、至近距離からの攻撃が必要になる。お前と俺が魔獣の背に飛び乗り、ミュウは地上から風で支援をする」
「なるほど……」エレノアが理解を示した。「確かに私の魔法は近距離の方が威力が増す」
「ミュウ、頼めるか?」
「はいなのです!」ミュウは決意を固めた様子で頷いた。「風の力を使い切るつもりで挑むのです!」
俺はミュウの肩を軽く叩いた。「頼りにしてるぞ」
彼女は顔を赤らめながらも嬉しそうに猫耳を動かした。
「作戦開始だ。ミュウ、タイミングを見計らって風を起こせ。俺たちは魔獣が最も低空に降りてきた時を狙う」
三人は準備を整えた。魔獣が再び村の方向へと旋回し始める。
「あと15秒で最低空点に達する」俺は冷静に状況を分析した。「ミュウ、準備はいいか?」
「はいなのです!」
「エレノア、俺の合図で跳ぶんだ」
「ええ、わかってる」
魔獣が近づく。その翼の風が地上まで達し、木々が揺れる。
「あと5秒……4……3……2……1……今だ!」
「エアリアル・リフト!」
ミュウの杖から勢いよく風が吹き上げられた。その風に乗り、俺とエレノアの体が宙に浮かび始める。
「うわっ!」
異様な浮遊感。だが、これは予想通りだ。俺は蒼光剣を構え、風の流れに身を任せる。エレノアも空中でバランスを取りながら、氷の杖を構える。この一ヶ月で鍛えられた体幹が見事に生かされている。
「もっと高く、ミュウ!」
風の力が増し、二人はさらに高度を上げていく。魔獣との距離が縮まる。
「あと10メートル!」
魔獣は二人に気づき、急に進路を変えようとした。だが、ミュウの風はその動きを読み、二人を追尾させる。
「あと5メートル!」
魔獣が口を開け、紫の炎を吐こうとしている。
「危ない!」
俺はエレノアを庇おうとしたが、彼女はすでに動いていた。
「アイス・シールド!」
エレノアの前に氷の盾が形成され、紫の炎が盾に当たって氷が溶け始める。しかし、盾は完全には壊れず、二人を守った。
「いくぞ!」
俺は風の勢いを利用して前に飛び出した。魔獣の背中まであと数メートル。
「蒼光ランス!」
蒼光剣から青い光の槍が放たれ、魔獣の翼に命中した。魔獣は悲鳴を上げ、空中でバランスを崩す。
「今よ!」
風に乗り、俺とエレノアは魔獣の背中に飛び乗った。不安定な着地だったが、何とか体制を整える。魔獣は激しく体を揺らし、二人を振り落とそうとする。
「しっかりつかまれ!」
俺は魔獣の鱗に蒼光剣を突き刺し、支えにした。エレノアも氷の杖で魔獣の体に氷の楔を作り、体を固定する。
「いい位置よ!」エレノアが叫んだ。「ここから氷結魔法を魔獣の体内に流し込める!」
彼女は杖を鱗の隙間に突き立て、「フリージング・ヴェイン!」と叫んだ。青白い光が魔獣の体内に広がっていく。魔獣は苦悶の叫びを上げ、さらに激しく暴れ始めた。
「くっ……安定しない!」
俺は必死に蒼光剣を握り、魔獣の背にしがみつく。エレノアも同様だ。魔獣は狂ったように空中で回転し、二人を振り落とそうとする。
「このままじゃマズい!」
「私の氷結魔法が効き始めてるわ! もう少し時間があれば……」
魔獣は突然、急降下を始めた。俺たちを地面に叩きつけようとしている。
「ミュウ!」俺は地上に向かって叫んだ。「風の力を!」
「がんばるのです!」地上からミュウの声が聞こえる。「ハリケーン・バッファー!」
強い上昇気流が発生し、魔獣の落下速度を緩めた。しかし、魔獣はさらに激しく体を揺さぶる。エレノアの体が不安定になり、彼女が滑り落ちそうになる。
「エレノア!」
俺は瞬時に手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。もう片方の手では蒼光剣を握りしめ、二人の命綱にしている。
「ありがとう……」エレノアが言いかけたとき、彼女の目に危険な光が宿った。「でも……あなたの助けは借りない!」
次の瞬間、エレノアが杖を俺に向けた。「アイス・ニードル!」
「なっ……!」
俺は間一髪で上体を逸らした。氷の針が俺の顔面すれすれを通過する。危うく命中するところだった。
俺をかすめた氷の針は、紫の光を放ち始めていた魔獣の尾に命中した。こちらに向けて火球が放たれる寸前に、食い止めたのだ。
魔獣が激痛に奇声を上げる。
「何をする気だ!」
「何って、魔獣が火球を放つのを止めるために攻撃しただけよ」エレノアは冷たく言い放つ。「それ以外の意味なんてないわ」
いや、今の攻撃は、明らかに俺に命中しても構わないという殺気に満ちていた。俺は愕然とした。こんな状況でも彼女は俺に勝とうとしている。演武会の時と同じだ。この少女の復讐心は想像以上らしい。
だが、魔獣の背で争っている場合ではない。魔獣が激しく暴れ、俺たちは危うく振り落とされそうになる。
「振り落とされる前に仕留めるぞ! 力を合わせるんだ!」
エレノアは一瞬考え込んだ後、渋々頷いた。「わかったわ」
彼女は再び魔獣に向き直り、「グレイシャル・インパクト!」と叫んだ。彼女の全身から波状に氷の魔力が放出され、魔獣の体内に侵食していく。
魔獣の動きが鈍り始めた。体内から凍りつきつつあるようだ。
「よし! ここからとどめだ!」
俺は蒼光剣を高く掲げ、魔獣の首筋を狙う。「蒼光剣、極限解放!」
剣を降り下ろすと、青い閃光が魔獣の体を貫いた。魔獣の体が震え、苦悶の叫びを上げる。
「終わりだ!」
俺は蒼光剣を魔獣の体に深く突き刺した。青い光が魔獣の体内から広がり、魔獣の体が光に飲み込まれていく。
「ミュウ! 俺たちを地上に戻してくれ! 魔獣が爆発する!」
「了解なのです!」
地上から強い上昇気流が発生し、俺とエレノアの体を魔獣から引き離して支える。魔獣の体が青白い光に包まれ、爆発した瞬間、風の力が二人を安全な地上へと運んだ。
「やった……」エレノアが息を切らしながら言った。
「ふぅ……なんとか勝てたな」
俺は肩で息をしながら、空を見上げた。魔獣は完全に消滅し、青い光の粒子だけが空中に漂っている。
ミュウが駆け寄ってきた。「二人とも無事なのですね! よかったのです!」
村の方からは、リリアとロザリンダを先頭に、村人たちが歓声を上げながら近づいてくる。
「師匠! お姉様! ミュウちゃん! すごかったよ!」リリアが嬉しそうに叫んだ。
「武流様、本当にありがとうございました」ロザリンダが深々と頭を下げる。
「いや……」俺はエレノアとミュウを見た。「彼女たちの力があってこそだ」
エレノアは少し顔を赤らめながらも、高慢な態度を崩さない。「当然よ。私たちの実力を見せただけ」
俺はエレノアを見つめながら考えた。彼女は確かに強くなった。そして、俺への敵意もまた強まっている。あの一瞬の攻撃は偶然ではない。彼女は本気で俺を倒そうと狙っているのだ。
その事実に、俺はあらためてゾクゾクとする興奮を覚えた。
「わたくしの風の力、役に立ってよかったのです!」ミュウも誇らしげに言った。「でも武流様……」ミュウが小声で囁いた。「わたくしに何かダメ出しはないのですか?」
その表情には、叱られることを期待するドMな本性が見え見えだった。
「ない」俺は即答した。「今日のお前は完璧だった」
「にゃーっ……」ミュウの猫耳がしょんぼりするのを見て、俺は苦笑した。