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(39)無表情の叛逆とお姫様抱っこ

 エレノアが最後の切り札を見せる時が来た。彼女は氷の杖を掲げ、意を決したように叫んだ。


「アークティック・リアーム!」


 彼女の全身から凄まじい魔力が放出され、空中に無数の氷の塊が出現した。それらは地面からせり上がるように次々と形成され、巨大な氷の階段のようになっていく。エレノアはその氷の塊を足場にして、驚異的なジャンプ力で次々と駆け上がっていった。驚くほどの跳躍力とバランス感覚だった。


「なんだ、あれは!?」

「エレノア様が空へ......!」


 村人たちが驚きの声を上げる中、彼女はついに空高く舞い上がった。そして、両手を広げると、無数の氷の矢が形成される。それは今までのものとは比較にならない量と質だった。だが、その瞬間――俺は気づいた。


 これは演武じゃない。エレノアは本気で俺を倒そうとしている。


 彼女の瞳に宿る殺気、魔力の放出量、そして何より、あの憎しみと欲望が混ざり合った狂気じみた笑みが物語っていた。エレノアは村中の人々の前で俺を屈服させ、跪かせようとしている。そう、あの日の復讐を果たそうとしているのだ。


「アイス・レイン!」


 彼女が叫ぶと、氷の矢が文字通り雨のように降り注いだ。それらの矢は俺に向かって襲いかかる。凄まじい威力と速度――村人たちには華麗な演出に見えるだろうが、俺には分かる。これは殺傷能力を持つ本物の攻撃だ。


 俺は瞬時に判断を下し、本気モードに切り替えた。


「アポロ・ウェイブ!」


 蒼光剣から放たれた青い波動が氷の矢の一部を砕くが、その量は予想を上回る。矢の雨が続々と襲いかかり、俺の防御を突き破ろうとする。


「ははっ......やってくれるじゃないか」


 俺は内心で微笑んだ。エレノア、本気で俺を倒すつもりか。その執念、その狂気――ゾクゾクする。


「アイス・ランス!」


 エレノアが次の技を放つ。今度は巨大な氷の槍が形成され、音速を超える速度で俺に向かってくる。俺は剣を構え、タイミングを見計らって槍を真っ二つに斬り裂いた。


「グレイシャル・トルネード!」


 さらに彼女は氷の竜巻を生み出し、俺を包み込もうとする。冷気が凄まじく、一瞬でも気を抜けば凍りついてしまう。


「蒼光スラッシュ!」


 俺は剣を振り、青い斬撃を放って竜巻を切り裂いた。氷の破片が舞い散り、美しくも危険な光景が広がる。


 村人たちは演武の激しさに息を呑んでいるが、彼らには分からない。エレノアの目に宿る本物の殺意を。彼女はただ演技をしているのではない。本当に俺を倒し、村中の前で屈服させようとしているのだ。


「フローズン・ワールド!」


 エレノアが最大の技を放った。彼女の周囲から凄まじい冷気が噴出し、広場全体が急速に凍りついていく。地面、木々、そして空気中の水分までもが氷の結晶となって舞う。これは演武の域を超えている。


 俺は蒼光剣を地面に突き刺し、全身から青い光を放出して防御フィールドを展開した。氷の浸食が俺の防御壁を削り続ける。


「アブソリュート・ゼロ!」


 エレノアが渾身の力を込めて叫ぶ。彼女の魔力が限界まで高まり、絶対零度に近い冷気が俺を襲う。これは本気の技だ。村人たちはその美しさに魅了されているが、俺は感じていた――彼女の復讐心、支配欲、そして俺を跪かせたいという狂おしいまでの欲望を。


 面白い......面白いぞ、エレノア!


 俺は心の中で叫んだ。この一ヶ月で、彼女はここまで強くなっていたのか。そして、俺への執着もここまで深まっていたとは。


「蒼光剣――最大出力!」


 俺は全力を解放し、蒼い光が爆発的に増幅する。剣から放たれた光の刃が絶対零度の空間を切り裂き、エレノアの魔法を打ち破る。


「なっ......!」


 エレノアの表情に初めて驚愕が浮かんだ。彼女は必死に次の魔法を唱えようとするが――


「アポロ・ブレイカー!」


 俺の必殺技が彼女に迫る。青い閃光が彼女の防御魔法を貫き、彼女の体を吹き飛ばした。


「きゃああああ!」


 エレノアは空中で体勢を崩し、地面に落下していく。しかし、俺は彼女が地面に激突する寸前――素早く移動して、両手でその体を受け止めた。


「......っ」


 “お姫様抱っこ”されたエレノアは、俺の腕の中で悔しさのあまり唇を噛んでいる。その表情は、ただの演武の敗北者のものではない。本気で俺を倒そうとして、それに失敗した者の――真の敗北者の顔だった。


「くっ......」


 彼女の瞳に涙が浮かんでいる。プライドも、憎しみも、欲望も、すべてを賭けた攻撃が通じなかった屈辱。その感情が彼女の中で渦巻いている。しかも、最終的にお姫様抱っこで俺に全身を受け止められるという醜態……。


 俺は心の中で戦慄した。この少女の執念、狂気――そしてその純粋さに。彼女は本気で俺を倒し、支配しようとしていた。その思いの強さに、俺は言いようのない興奮を覚えていた。


 俺はエレノアの体を地面に降ろし、立たせると、村人たちに一礼した。


 村人たちからは盛大な拍手が沸き起こる。彼らにとっては、素晴らしい演武の完結だった。


「すごい! 素晴らしい!」

「エレノア様、リリア様、ミュウ様、最高です!」

「武流様の指導、素晴らしい! さすが光の勇者様!」


 割れんばかりの拍手と賞賛の声が沸き起こった。ロザリンダも感動に目を潤ませながら、三人と俺に向かって拍手を送っている。


「一ヶ月でここまで......。武流さん、あなたの指導力にただただ驚くばかりです」


 ロザリンダが俺に近づいて言った。


「いや、三人の才能あってこそさ」俺は照れ笑いを浮かべた。「特にエレノアの最後の技は、俺も知らなかったからな。見事だった」


 エレノアは複雑な表情で、視線を外した。「......昨晩考えたの。びっくりさせたかったから」


 その言葉の裏にある本心を、俺だけが知っている。彼女は昨晩、俺を倒す計画を練っていたのだ。


「師匠! ボクもすごかったでしょう?」リリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「わたくしも頑張ったのです!」ミュウも猫耳を嬉しそうに動かしながら言った。


「ああ、三人とも最高だったぞ。これからもっと強くなれる」


 俺は三人の肩に手を置いた。彼女たちの顔には達成感と喜びが溢れていた。エレノアですら、珍しく微笑んでいる。この一瞬、彼女の目には俺への敵意がなかった。ただ、同じ目標に向かって努力する仲間としての連帯感だけがあった――いや、違う。彼女の瞳の奥には、今も燃えるような執着の炎が揺らめいている。それは以前にも増して強くなっている。


 村人たちも三人の周りに集まり、賞賛の言葉をかける。かつてエレノアに頭を下げさせられた男たちさえ、今は敬意を込めて彼女を見つめている。権力ではなく、実力で勝ち取った尊敬。それは彼女にとって初めての経験だったかもしれない。


 そして、俺は思った。今のエレノアならば、あの高慢な王宮の魔法少女・メリッサにも勝利できるに違いないと。


 その時――


「ロザリンダ様!」


 突然、村の入り口から若い男が走ってきた。彼の表情には恐怖が浮かんでいる。


「大変です! 村の北側の森の上空に、巨大な魔獣が現れました!」

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