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(38)魔法少女たちの演武会に潜む違和感

 俺たちは村の修練場に向かっていた。


 この一ヶ月、村では毎日特訓を重ねてきた。エレノア、リリア、ミュウの三人と俺――。今日はその成果をお披露目する日だ。夜明け前の厳しい基礎練習、昼下がりの猛暑の中での技の稽古、そして夕暮れ時の実戦形式のシミュレーション。すべてが実を結ぶ時が来た。


 修練場に着くと、既に村人たちが集まり始めていた。広場の周囲には人々の期待に満ちた表情が並ぶ。特に男性たちの目には尊敬と憧れの色が浮かんでいる。エレノアが見下した時代を、彼らは忘れていない。だが、今日はそれも変わるだろう。


「武流さん!」


 ロザリンダが前列から手を振った。穏やかな微笑みの奥に、真剣なまなざしが光る。彼女は元魔法少女として、今日の意義を誰よりも理解している。


「よし、始めるか」


 俺は広場の中央に立ち、声高に宣言した。


「村の皆さん! 本日は演武会にお集まりいただき、ありがとうございます」


 静寂が広場を覆い、すべての視線が俺に集まる。


「この一ヶ月、エレノア、リリア、ミュウの三人は私の厳しい特訓を乗り越えてきました。皮肉屋のエレノアも、おてんばなリリアも、恥ずかしがり屋のミュウも――皆、想像以上の成長を遂げました。今日はその成果をご覧いただきたいと思います!」


 三人の魔法少女たちが緊張した面持ちで広場の片隅から出てくる。彼女たちの表情はそれぞれ異なっていた。リリアは明るく笑顔を振りまき、ミュウは恥ずかしそうに猫耳を揺らし、そしてエレノア――彼女は冷静に前を見つめていたが、その青い瞳の奥には決意の火が燃えていた。


 人々の間からは、歓声と共に疑いの声も聞こえてくる。特に男性陣からの声には、これまでエレノアに虐げられてきた恨みが滲んでいた。あの日の「“丸見え”土下座」の光景を忘れられない男たちが、ひそひそと笑い合っている。一月前、俺がエレノアを懲らしめた光景は、この村で最も語り継がれるドラマだった。


「たった一ヶ月で何ができるっていうんだ?」

「エレノア様が男に従うなんて、見物だねぇ」

「高慢ちきな魔法姫が、また恥ずかしい姿を晒すんじゃないか?」


 聞こえてくる囁きに、エレノアの顔が一瞬強張った。村人たちの嘲笑の声が彼女の耳に届いたようだ。だが、彼女はかつてのように怒りに身を任せることはなかった。俺との数週間の特訓が、彼女を内側から変えていた。かつては感情の赴くままに魔力を爆発させた彼女が、今は深呼吸をして冷静さを取り戻している。


「エレノア、ミュウ、変身だ」


 俺の合図で、二人が一歩前に出た。二人は同時に杖を掲げ、変身の儀式を始める。


 エレノアの体が青白い光に包まれた。氷のように透き通った銀青色の魔法衣装が彼女の姿を覆い、肩を露出したレオタードスタイルの戦闘服が陽光を受けて神々しく輝く。その変身の様は一ヶ月前より格段に美しく、そして力強かった。


「氷の女王、魔法姫エレノア・フロストヘイヴン!」


 ミュウも緑色の光に包まれ、黒と緑の衣装に身を包む。そして最後に、両手で猫のポーズを取った。


「風と音の守護者、魔法少女ミュウ・フェリス! にゃんにゃん♪」


 彼女は恥ずかしさを見せず、しっかりと「にゃんにゃん♪」と言い切った。


「わぁ......」


 村人たちは息を呑み、彼女たちの変身に見入った。特にミュウの堂々とした変身ぶりに驚きの声が上がる。つい先ほどまで、彼女は、「にゃんにゃん♪」の部分で真っ赤になって恥ずかしがっていたのだ。


 リリアは変身できないものの、三人が並び立つその姿には威厳があった。彼女は特訓で鍛えた身体能力を証明するかのように、自信に満ちた表情で前に出た。


「ボクから始めるよ!」


 リリアが陽気に前に出て、花の形の杖を手に取った。彼女は型の演武を始めた。その動きは見事だった。足さばき、体のひねり、重心の移動、全てが一ヶ月前とは比較にならないほど洗練されていた。地面を蹴る足の動きは力強く、回転する身のこなしは優雅だ。魔力こそないが、その身体能力は通常の少女の域をはるかに超えていた。


「あれがリリア様......?」

「なんという身のこなし......!」

「魔力なしでも、あんな動きができるなんて......!」


 村人たちは驚愕の表情を浮かべていた。リリアは最後のポーズを決め、笑顔で俺に向かって手を振った。その目には少しの寂しさもあったが、それ以上に達成感があふれていた。彼女は魔力を失っても、諦めなかった。特訓で鍛えた体で、新たな可能性を見出したのだ。


「次はわたくしの番なのです!」


 ミュウが前に出て、風の魔法の型を披露し始めた。彼女の動きはリリアとは異なり、猫のような柔軟性と俊敏さに溢れていた。杖を振るたびに緑色の風が周囲を舞い、渦を巻いていく。彼女の猫耳がピクピクと動き、猫族特有の才能と風の魔法が見事に調和していた。


「ミュウ様、すごい......」

「あんなに繊細な魔力操作ができるなんて......!」

「風が見える......美しい......」


 村人たちの歓声がさらに大きくなる。ミュウは誇らしげに胸を張った。彼女の猫耳は喜びで震え、白銀の尻尾がゆらゆらと揺れていた。かつて村で変わり者扱いされていた彼女が、今は堂々と自分の能力を発揮している。恥ずかしがり屋のドMな性格は変わらなくとも、戦士としての自信が彼女の立ち姿を変えていた。


 そして、ついにエレノアの番だ。


「私の番ね」


 彼女は冷ややかに言うと、場の中心に立った。彼女の仕草には、相変わらず高貴さと気品があった。だが、以前の彼女とは根本的に違うものを感じる。自分の強さだけを信じる高慢さではなく、実力に裏打ちされた威厳だ。


 エレノアが杖を掲げると、周囲の気温が急激に下がった。彼女の周りに氷の結晶が次々と形成され、冷気が広場全体を包み込む。彼女の魔法の型は、格別の美しさだった。まるで氷の上で踊るスケーターのように優雅に、氷の杖を振るう様は芸術そのものだ。


「王族の血筋......さすがです......」

「エレノア様......美しい......!」

「これが魔法姫の力......」


 村人たちは完全に魅了されていた。エレノアをからかっていた男たちでさえ、彼女の演武に息を呑んでいる。かつて彼女に頭を下げさせられた記憶は、今やこの圧倒的な美しさの前に薄れていく。


「さあ、最後は実戦だ!」


 俺はブレイサーを掲げた。


「蒼光チェンジ!」


 青い光が俺の体を包み込み、アポロナイトの姿へと変身する。光が収まると、白銀の装甲に蒼い刃を持つ勇者の姿が現れた。村人たちからどよめきが上がる。


「行くぞ、三人とも!」


 俺が声をかけると、エレノア、リリア、ミュウが三方から俺に向かって攻め寄せた。まるで本当の戦闘のように見える演出だが、実は綿密に計画された演武だ。俺はヒーローショーでの経験を活かし、三人の攻撃を華麗にかわしながらも、彼女たちの技を引き立てるよう動いた。


 エレノアの氷の矢、ミュウの風の渦、リリアのアクロバティックな攻撃。三人の連携は素晴らしく、一ヶ月の特訓の成果が明確に現れていた。俺がそれらを巧みにかわし、時に受け止め、時に反撃する。そのリアルさに村人たちは魅入られた。


「すごい......これがヒーローの力......」

「三人の連携が完璧だ......!」

「たった一ヶ月で、こんなに成長するなんて......」


 そして、演武のクライマックスが近づいた。エレノアが一歩下がり、杖を高く掲げる。その瞳に宿る光は――違和感を覚えるほど真剣だった。


 何かが起きようとしている。俺は直感的にそう思った。

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