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(36)氷結魔法、クールに進化

 午前の日差しが、森の中の湖面を輝かせていた。水面に反射する光が、木々の間を揺らめきながら漂う。ここは村から少し離れた森の奥、人目につかない静かな湖畔だった。


「エレノア、やはりここにいたか」


 俺は木々の隙間から歩み出ると、湖畔に佇む銀青色の髪の少女に声をかけた。彼女は振り返ることなく、水面を見つめたまま静かに答えた。


「予定通りね」


 そう言って、エレノアはようやく俺の方を向いた。


「リリアとミュウの特訓は終わった」俺は彼女に近づいた。「次はお前だ」


「ええ」彼女は頷いた。「もともと特訓の場所をここにしたのは私の提案だったわね」


「ああ。村の人々に特訓中のカッコ悪い姿を見られたくないと言って……」


 エレノアらしい理由だ。彼女は常に他者の目を気にしている。高慢な態度の裏には、人一倍のプライドと同時に、人一倍の羞恥心がある。


「それに」彼女は湖を指さした。「私の魔力が暴走すると、村中が凍ってしまうから」


「そうだな」俺は笑った。「今朝の騒動を思い出すよ。お前の魔力で俺の家が凍りついたからな」


 エレノアの頬がわずかに赤くなった。「あの時は……プライベートな場面だったから。感情をコントロールする余裕がなかっただけよ」


「ほう?」


「戦闘モードに入れば、話は別」彼女は胸を張った。「魔法姫としての私は、常に冷静沈着。感情に流されたりしないわ」


 彼女の自信に満ちた口調に、俺は興味を持った。本当にそうなのか、試してみようか。


「それで」俺は周囲を見回した。「今日はどんな特訓をする?」


「変身前の演武や対戦はいいわ」エレノアはきっぱりと言った。「いきなり変身後の実戦を見てほしいの」


「そうか。お前らしいな」


 彼女は頷くと、ゆっくりと湖畔から数歩下がった。そして、目を閉じ、静かに腕を前に伸ばす。首元の青い宝石が光り始め、彼女の体を青白い光が包み込んだ。


 光が消えると、そこには氷のように透き通った銀青色の魔法衣装に身を包んだエレノアの姿があった。肩を露出したレオタードスタイルの戦闘服は、月の光を受けて神々しく輝いている。


「氷の女王、魔法姫エレノア・フロストヘイヴン!」


 彼女の名乗りはミュウとは違って、クールにカッコよく決まった。恥ずかしがる様子もなく、むしろ誇らしげに響く声。最初は名乗りを拒否していたエレノアも、今では完璧に自分のものにしていた。


「見事だ」俺は心から感心した。「名乗りの声の通りも良くなったな」


「当然よ」エレノアは冷たく微笑んだ。「では、始めるわ」


 彼女は軽やかに飛び上がると、近くの木の枝に着地した。そして枝から枝へと移動していく。その動きは一ヶ月前とは比べものにならないほど華麗で、洗練されていた。


「随分と上達したな」俺は思わず口にした。「一ヶ月前、木の上で足を滑らせ、大事なところを殴打した時とは大違いだ。俺に見られて、さぞかし屈辱だっただろ」


「ッ!」


 エレノアの顔が一瞬、真っ赤になった。彼女は枝の上で立ち止まり、俺を睨みつけた。


「……!」


 彼女の周りの気温が急激に下がり、木の枝が白く凍り始めた。


「特に」俺はわざと彼女を試すように言葉を続けた。「村人たちの前で、完全に敗北した後、地面に跪いて土下座した時の姿。あれは見事だったな。スカートの裂け目から大事な部分が丸見えで、魔法姫のプライドなんて微塵も感じられなかった」


「っ!」エレノアの目が怒りで光った。凍る勢いが増し、周囲の木々がピキピキと音を立てる。


「王都でも惨めだったよな」俺は追い打ちをかけた。「炎の魔法少女、メリッサに歯が立たず、手も足も出ずに敗北……。丸焦げの惨めな姿は、高貴な魔法姫とは程遠かった」


 エレノアの全身から青白い冷気が噴き出し、湖面が凍り始めた。


 しかし――


 突然、エレノアは深く息を吸い込んだ。次の瞬間、彼女の表情が変化した。怒りの表情が徐々に消え、冷静さを取り戻していく。周囲の冷気も収まり、凍結の勢いが止まった。


「……感情のコントロールも学んだわ」彼女は静かに、しかし毅然とした声で言った。「戦闘モードに入れば、どんな挑発にも動じない。それが魔法姫としての私よ」


「感心するな」俺は本心から言った。「一ヶ月前は、ちょっとした刺激で感情が爆発していたのに」


「特訓の成果よ」エレノアは冷たく微笑んだ。「あなたの狙い通りにはいかないわ」


 彼女は再び動き出した。今度は湖の上空を舞うように飛び、杖を掲げる。


「アイスニードル!」


 彼女の掛け声と共に、無数の氷の針が杖から放たれた。それらは的確に森の中の標的――彼女が事前に設置していたらしい木の板を貫いた。


「アイスストーム!」


 次の掛け声で、彼女の周りに氷の嵐が発生。風と共に氷の破片が舞い上がり、周囲の木々の葉を凍らせていく。


「アークティック・ブリザード!」


 三つ目の技では、彼女の全身から青白い光が放たれ、湖の表面が一瞬で凍りついた。薄い氷の膜が湖全体を覆い、朝日を受けて美しく輝いている。


 その湖面を、エレノアは滑りながら移動して見せた。フィギュアスケートのショーを見ているように華麗で美しく、魔法姫の名にふさわしい動きだ。見事な体幹である。


 俺は彼女を観察しながら、この世界の魔法の性質について考えていた。彼女が技の名前をケレン味たっぷりに叫んで放つことで、明らかに魔力が増している。これは特撮ヒーロー番組の定番である名乗りと変身ポーズの効果と同様だ。


 スターフェリアでは、自分の魔法の性質と名前を高らかに宣言することで、星の祝福から得る魔力がより強く引き出される。だからこそ、俺は彼女たちに技を放つ時もその名を叫ぶように指導してきたのだ。


「どう?」


 エレノアが湖畔に戻ってきた。その表情には満足感と、少しだけ俺の評価を気にする不安が混じっていた。


「完璧だ」俺は率直に答えた。「魔力の使い方も、体の動かし方も、一ヶ月前とは比べものにならないほど洗練されている」


 彼女の顔が少し明るくなる。そして何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。


「何か言いたいことがあるのか?」


「……実は」彼女は少し躊躇いながら言った。「まだ隠している新たな氷の魔法の技があるの」


「ほう?」俺の興味が掻き立てられた。「どんな魔法だ?」


 エレノアは妖しく微笑んだ。「秘密よ。本番までのお楽しみ」


 エレノアは何かとてつもないことを企んでいるのではないか? 俺の直感がそう告げていた。彼女がわざわざ隠してまで準備しているもの……それは一体何なのか。


「なぜ隠す?」俺は真剣に尋ねた。「何を計画しているんだ?」


「あら、気になる?」彼女の微笑みが深まった。「でも教えないわ。午後の演武会で初披露するつもりなの」


 エレノアの瞳に、一瞬、何か恐ろしいものが宿ったような気がした。まるで獲物を狙う捕食者のような……。


「そうか」俺は平静を装った。「楽しみにしているよ」


 しかし、内心では警戒心が高まっていた。この一ヶ月で、エレノアの魔力も戦闘技術も飛躍的に向上している。そして今、俺に隠して何かを準備している。もしかすると、それは俺に対する反逆の準備なのではないか――。

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