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(32)ボクっ娘リリアとのヒミツの会話

 昼前の日差しが、村の練習場を明るく照らしていた。朝の喧騒は収まり、静かな時間が流れている。辺りには人影はなく、ただ二人の呼吸音だけが広がっている。


「もう一度、最初から」


 俺は腕を組み、リリアの動きを厳しく見つめた。彼女は中央に立ち、深く息を吸って静かに目を閉じる。


 普段はふざけたり、俺をからかったりしているリリア。しかし今は違った。まるで別人のように凛とした表情で、魔法姫の型の稽古に集中していた。


「始めるよ」


 彼女は静かに目を開けると、両腕を開き、伸ばした。型の始まりの姿勢だ。そして、一歩踏み出した瞬間、彼女の姿から少女らしい愛らしさが消え、戦士としての気品が漂い始めた。


 足さばきは軽やかに、まるで草原の風のよう。両手の動きは優美で、花びらが舞い散るような流れを感じさせる。全身で描く軌跡は完璧な円を形作り、一連の動きは花の魔法姫としての彼女の本質を表していた。


「足の向きがズレてる。重心が右にブレている。もっと軸をしっかり」


 俺は容赦なくダメ出しをした。リリアは一瞬だけ顔を曇らせたが――


「はいっ」


 すぐに表情を引き締め、指摘された点を修正していく。


「そう、その調子だ。肩の力を抜いて。手首の返しをもっとしなやかに」


 彼女の体は俺の言葉に敏感に反応し、徐々に動きが洗練されていく。その努力の姿に、俺は内心で感心していた。一ヶ月前、初めて出会った時のことを思い出す。


 あの時のリリアは、俺を見るなり「新種の魔獣さん!」と叫び、無邪気に攻撃を仕掛けてきた。それが今や、俺を「師匠」と呼び、真剣に修行に取り組んでいる。その変化に、時の流れを感じずにはいられない。


 魔力がない。変身できない。それでも型を磨き、魔法姫としての誇りを忘れない彼女の姿勢に、深い敬意を覚える。彼女の持つ強さは、形のないものだった。


「武流」


 型の最中、リリアが珍しく俺の名前を呼んだ。いつもなら「師匠」と呼ぶのに。


「なんだ?」


「この型、ずっと練習してきたんだ。ボクが魔法姫に変身できた頃から、ずっと……」


 華麗な回転をしながら、彼女は淡々と語り続ける。動きを止めることなく、記憶の中の魔法を体で表現していく。


「花びらがね、ボクの手から生まれて、ぐるぐると敵を包み込んで、そして――」


 彼女が両手を前方に突き出した瞬間、かつてはそこから花の魔法が放たれていたのだろう。だが今、そこには何もない。ただの空気だけが、彼女の小さな掌を通り過ぎていった。


「そして消えていくの」


 リリアの声は細く震えていた。それでも型を崩さず、最後まで美しく舞い続ける。


 型の終了と共に、俺は小さく拍手した。


「上出来だ」


 リリアは驚いたように目を見開いた。「ほんと?」


「ああ」俺は心から言った。「魔法はなくても、その動きだけで十分に美しい。お前の精神がその型に宿っている」


 リリアの頬が赤く染まった。「ありがと」


「さあ、次は実戦編だ。準備はいいな?」


「うん!」


 リリアは両手を握りしめ、戦闘態勢に入った。俺も準備をし、二人は向かい合った。


「いくぞ!」


 俺は彼女に飛びかかった。強さを抑えた攻撃だが、手加減しすぎれば彼女の成長につながらない。真剣勝負の雰囲気を演出しながら、丁度いいレベルの圧力をかける。


「えいっ!」


 リリアは俺の攻撃を見事に回避した。一ヶ月前とは比べものにならない反応速度と判断力。魔力がなくても、その身体能力は確実に向上している。


「そのまま! 次はこっちだ!」


 俺が回し蹴りを放つと、リリアは大きくジャンプして避けた。彼女の体が美しい弧を描いて宙を舞う。


「見事だ!」


 彼女は着地せず、近くの木の幹に足を押し当て、そこから反動をつけて回転しながら着地した。


 その姿を見て、俺は思わず笑みを浮かべた。一ヶ月前、初めて出会った時、彼女は同じような場面で木の幹に顔面から激突していた。魔獣との戦いでコントロールを失い、惨めな姿を晒していたあの少女が、今や見違えるほど成長していた。


「どうだった、師匠?」


 リリアは自信に満ちた表情で尋ねた。


「素晴らしい。お前の動きは、もはやプロレベルだ」俺は心からの称賛を込めて答えた。「スーツアクターの中でも、あんな身のこなしができる者は少ない。しかも、たった一ヶ月でこんなに上達するとは……」


「えへへ」リリアが照れた笑みを浮かべた。「師匠のおかげだよ」


 その後も、俺たちは様々な攻防を繰り広げた。リリアの動きは洗練され、俺の攻撃パターンを読み取る観察眼も鋭くなっていた。彼女の才能は間違いなく特別なものだった。


「はぁ……はぁ……」


 一時間ほど経った頃、リリアは地面に腰を下ろし、息を整えていた。汗が頬を伝い落ち、小さな胸が上下している。彼女の瞳は、遠くの花畑に向けられていた。


「疲れたか?」


「うん、でも……楽しい」彼女は笑顔で答えた。しかし、その視線は花畑から離れなかった。


 花の魔法姫だったリリア。かつては花の魔力を自在に操り、美しい攻撃を繰り出していたのだろう。俺はそんな彼女の姿を想像した。


「リリア」俺は彼女の隣に座り、静かに声をかけた。「お前は、もう一度魔法姫に変身したいか?」


 彼女はゆっくりと頷いた。「うん、したい」


 その瞳には、強い決意と僅かな諦めが同居していた。


「ロザリンダが言っていた」俺は優しく伝えた。「王都の図書館に通い詰めて、魔法少女の歴史が詰まった古文書の解読に取り組んでいるって。一度純潔を奪われた魔法少女がもとに戻る方法がないか、歴史を遡って調べているんだ」


 リリアの目が大きく見開かれた。「ほんと!?」


「ああ。希望は捨てていない。彼女はお前のことを本当に心配してるんだ」


「ロザリンダ様……」リリアの瞳に涙が浮かんだ。「ありがとう……」


 微風が吹き、彼女の髪が優しく揺れた。


「ねえ、師匠」リリアが突然顔を上げた。「ボク、謝りたいことがあるの」


「謝りたいこと?」


 リリアは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、俺を見つめた。


「一ヶ月前、初めて会った時……ボク、師匠のこと魔獣だって決めつけて、変態だって言って……ほんとにごめんなさい」


「ああ、あの時のことか」俺は懐かしさを込めて微笑んだ。「『まさか…あなた、そのポーズでボクたちの目を釘付けにして、襲おうとしたの?』だったかな」


「うわぁ!」リリアは顔を真っ赤にして両手で覆った。「師匠、よく覚えてるね……恥ずかしい……」


「いいさ」俺は優しく彼女の頭を撫でた。「あの時のお前たちの反応は、自然なものだったよ。この世界では男は魔獣と同じくらい恐れられているんだから」


「でも、師匠は違った。本当に優しくて、強くて……」リリアの目に涙が浮かんだ。「ボクたちのために必死に戦ってくれて……」


「実は、俺も謝らなければならないことがある」


 リリアが不思議そうに俺を見た。「師匠が?」


 俺は深く息を吸い、彼女の目をまっすぐ見つめた。


「あの日、森でお前が魔獣に襲われた時……俺が注意していれば、あんなことにはならなかったかもしれない。お前が純潔を奪われ、魔法姫に変身できなくなってしまったのは、俺の責任でもある」


 リリアの表情が変わった。「違うよ、師匠のせいじゃない!」


「いや、俺がもっと警戒していれば――」


「師匠!」リリアは強い口調で言った。「あれは誰のせいでもない。魔獣が悪いんだよ。師匠は悪くない」


 彼女の真剣な眼差しに、俺は黙り込んだ。


「それに……」リリアの声が優しくなった。「師匠がいなかったら、ボクはとっくに生きる希望を失ってたかも。でも、師匠のおかげで、魔力がなくても戦える方法を学べた。強くなれた。それに……」


 彼女は少し照れくさそうに続けた。


「師匠と出会えて、ボク、本当に幸せだよ」

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