(31)ツンデレお姉様、冷ややかにご立腹
エレノアが仁王立ちで俺たちを睨んでいる。普段着のブレザー姿なのに、その全身から放たれる冷気は尋常じゃない。
「何をしているの! 朝からふざけている場合?」
「お、お姉様!」リリアが飛び上がった。
「エ、エレノア様、おはようございますなのです!」ミュウも慌てて正座する。
「武流、あなたは指導者でしょう? リリアやミュウといちゃついている場合?」
エレノアの声には厳しさがあった。
「いや、いちゃついているわけでは……」
ピキッ、ピキピキピキ……
「ちょ、ちょっと待て! 床が凍ってる! 家具も! 壁も!」
エレノアの怒りに反応して、部屋中が急速に凍りついていく。テーブルの上のコップの水は瞬時に氷となり、カーテンは凍って風に揺れなくなった。
「ああっ……。この一ヶ月で魔力のコントロールを学んだはずなのに……感情的になると、つい……」エレノアは少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「お姉様、また制御できてないよ! 窓ガラスにヒビが入ってる!」
「うるさいわね! これはあなたたちが朝からふざけてるせいよ!」
エレノアの頬が赤くなる。その瞬間、さらに室温が下がり、俺たちの吐く息が白くなった。
「寒い寒い! このままじゃ凍死しちゃうよ〜!」リリアが大げさに震えて俺に抱きつく。
「武流様〜、寒いのです〜」ミュウが俺にしがみついてくる。
「ちょっと! リリアもミュウも、何自然に抱きついてるのよ!」エレノアの声が裏返る。
ピキーン! 今度は天井まで凍り始めた。
「おい、エレノア! 落ち着け! このままじゃ家が崩壊する!」
「だ、誰のせいだと思ってるの! 朝から三人でいちゃいちゃして……私だけ仲間外れにして……」
最後の方は小声でほとんど聞き取れなかった。
「え? なんだって?」
「な、何でもないわよ!」
エレノアの顔がさらに赤くなり、それに比例して部屋の温度がどんどん下がっていく。
「ふふん、お姉様ったら〜」リリアが茶化すように言った。「師匠を取られるのが悔しいの? もしかして、お姉様も師匠のこと――」
「な、何を言ってるの!」エレノアの顔が真っ赤になった。「私はこの男に勝って、跪かせるって決めたの! 師匠だって認めたわけでもない! ただ強くなるために教えを受けて、訓練に取り組んでいるだけよ! あなたたちこそ、もっと真剣にならないと!」
「ツンデレお姉様だぁ♪ 可愛い〜!」
「リリア! 黙りなさい!」
ドカーン!
エレノアの周りで小規模な氷の爆発が起き、部屋中に氷の破片が飛び散った。
「うわあああ! 魔力暴走だ!」
「きゃー! お姉様、落ち着いて!」
「にゃー! 耳が凍るのです!」
修羅場と化したリビングで、俺は頭を抱えた。一ヶ月前と比べて、エレノアの魔力は確実に強くなっている。だが、感情のコントロールに関しては、まだ未熟だ。
「みんな、忘れたわけじゃないでしょう? 今日は特別な日よ」エレノアは咳払いをして、なんとか冷静さを取り戻そうとした。「村の人々に私たちの成長を見せる特別な日。演武会があるんだから。私は朝一番にそれを伝えに来たのよ。決して、あなたたちが何をしてるか気になったわけじゃないわ」
「そういえばそうだったな」俺は話を合わせた。「村のみんなが口々に言ってたぞ。『魔法姫様たちがどれだけ強くなったか見てみたい』ってな」
「そ、そうよ! だから、こんなところで時間を無駄にしてる場合じゃないの!」
エレノアが腕を組むと、また部屋の温度が下がった。
「ちょっと、お姉様! また凍ってる! ソファーがカチカチ!」
「うう、寒いのです……武流様、温めてくださいなのです〜」
ミュウが甘えた声で俺にすり寄ってくる。
「こら! それ以上くっつくな!」
「ええっ、武流様は冷たいのです……」ミュウがわざとらしく落ち込む。
「違う! そうじゃなくて――」
「えーい! あなたたち! もう我慢できない!」
バリバリバリ!
エレノアの怒りが頂点に達し、リビングの床が大きく割れた。氷の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。
「ど、どうしよう! このままじゃ家が壊れるだけじゃ済まない! 村全体がカチンコチンだよ!」リリアが慌てる。
「エレノア様、深呼吸なのです! 落ち着くのです!」
「落ち着いてるわよ! これは計算通りの魔力放出なの!」
嘘だろ、絶対。
「演武会は午後からだ。それまで、お前たちに最後の個人指導をしてやろう」と俺は必死に話題を変えた。
しかし――
「個人指導? まさか、二人きりで……?」エレノアの目が怪しく光る。「武流、あなたリリアやミュウと、何かいかがわしいことをしようと企んでいるんじゃ……?」
ピキピキピキ……
また凍り始めた。
「違う! いかがわしいことなんて考えてない! 三人とも平等に指導するんだ!」
「本当に? リリアやミュウを贔屓したりしない?」
「しない! 絶対にしない!」
エレノアは疑わしそうに俺を見つめ、ゆっくりと部屋の中へ入ってきた。凍りついた床を、まるで女王のように優雅に歩く。
「なら、文句はないわ。ただし、私の指導には一番時間をかけること。私の魔法の技が一番複雑で、数も多彩なんだから……」
「え、お姉様、それって贔屓じゃ――」
リリアの言葉は、エレノアの冷たい視線で凍りついた。文字通り。
「何か言った?」
「い、いえ! 何でもないです!」
「さあ、武流。さっそく個人指導を始めて頂戴」
彼女の声は冷たく、しかしどこか期待に満ちていた。
「個人指導の順番だけど――」リリアが割って入る。「ボクが先だよ! だって一番弟子だもん!」
「いいえ、わたくしが先なのです!」ミュウも負けじと主張する。「朝ごはんを作ってきたのですから、その見返りが必要なのです!」
「黙りなさい!」
バキッ!
エレノアの一喝と共に、テーブルが真っ二つに凍り付いて割れた。
「げっ! ロザリンダさんから借りてたテーブルが!」
「あ……」エレノアも自分のしでかしたことに気づいて青ざめる。「こ、これは不可抗力よ! あなたたちが私を怒らせるから……」
「言い訳になってないよ、お姉様!」
「そうなのです! エレノア様の嫉妬心が原因なのです!」
「だ、誰が嫉妬なんか!」
ピキピキピキ……ガラガラガラ!
今度は食器棚が凍って崩壊した。
「あーもう! この家、村で一番豪華なのに!」とリリア。
俺は慌てて三人の間に割って入った。
「落ち着け、エレノア! 深呼吸だ! ほら、スーハー、スーハー」
「う、うるさいわね! 私は冷静よ! 見なさい、この完璧な魔力コントロールを!」
そう言いながら、エレノアは得意げに手を振る。すると——
ズドン!
天井から巨大な氷柱が落ちてきて、床を突き破った。
「……」
こうして、俺の朝は騒がしく、そして寒く始まった。演武会を前に、三人の魔法少女たちの火花散る(いや、氷の散る)バトルは、まだまだ続きそうだった。
「はあ……」
窓の外を見ると、村人たちが不思議そうにこちらを見上げている。そりゃそうだ。真夏なのに、俺の家からは冷気が漏れ出し、窓には霜が降りている。
「あれ、武流様の家、なんで凍ってるの?」
「魔法姫様たちの特訓かしら?」
「いや、これは……恋のバトル?」
村人たちの噂話が聞こえてきて、俺はさらに深いため息をついた。
果たして無事に演武会を迎えられるのか……。