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(29)師弟契約じゃない、あなたを跪かせてみせる

 エレノアは複雑な表情を浮かべていた。彼女の瞳には憧れと恐怖、そして強い未練が混ざり合っている。


「王宮には……あの場所には……戻りたくないわけじゃない」彼女は静かに認めた。「でも、もう叶わない夢よ。私たちは『逃げた姫』として追放された。誰も信じてくれないわ」


「叶わない?」俺は挑発するように言った。「試してもいないのに? そんなに弱気でどうする? 王女様なんだろう?」


「黙りなさい!」エレノアが声を荒げた。彼女は立ち上がり、村の方へ数歩歩いた。風が彼女の髪を激しく揺らし、その姿は悲しみと怒りを同時に表現しているかのようだった。


「あなたには分からないわ……」彼女は振り返り、冷たい声で言った。「あの屈辱を……あなたに与えられた屈辱を……」


 彼女の目が、昨日村の広場での出来事を思い出しているのは明らかだった。俺がエレノアを懲らしめた時の記憶。彼女が村人たちの前で跪き、破れた衣服から肌や下着を露わにしながら謝罪した屈辱的な場面。


「エレノア様、それは……」ミュウが慌てて言った。


「村人たちの前で、私に跪かせて」エレノアの声が震えていた。「男たちに頭を下げさせて……私を辱めて……あなたは私の誇りを踏みにじったのよ」


 彼女の瞳には深い憎しみと屈辱が浮かんでいた。それは簡単に消えるものではない。


 俺はため息をついた。彼女の心の傷の深さを改めて理解した。だが、この憎しみも利用できるはずだ。


「それでも、強くなりたいだろう?」俺は静かに言った。「メリッサのような連中に、あんな風に見下されたままでいたいか?」


 エレノアは歯を食いしばった。「もちろん、このままでいい訳がないわ」


 陽光が彼女の銀青色の髪を照らし、その姿に神々しい輝きを与えていた。


「武流さん」ロザリンダが静かに話し始めた。「お願いです。この子たちを鍛えてあげてください」


 彼女の真摯な眼差しに、俺は少し驚いた。


「私は元魔法少女として、エレノアたちの苦しみが分かります。彼女たちには強くなる機会が必要なのです。そして……あなたしか、その機会を与えられる人はいません」


「ロザリンダ様……」ミュウが感動したように猫耳を震わせた。「わたくしも師匠について修行したいのです! 武流様は本当に私たちを強くできるのです。わたくしは信じているのです。昨日の戦いを見ました。あんな強いメリッサを一瞬で倒すなんて……」


「私たちも昨日見たわよね」リリアがエレノアに向かって言った。「師匠はとても強いよ。教えてもらえば、私たちも強くなれるよ」


「……私は……」


 エレノアは長い間黙っていた。彼女の胸の内で葛藤が続いているようだった。憎しみと憧れ、屈辱と野心。それらが交錯する複雑な感情が彼女の表情に現れていた。


 ロザリンダが彼女の肩に手を置いた。「エレノア、覚えていますか? あなたが小さい頃、『最強の魔法姫になる』と誓った日のことを」


 エレノアの瞳が揺れた。遠い記憶が呼び覚まされたようだ。


 遠くの村からは、朝の活気が伝わってくる。子供たちの笑い声、行き交う人々の喧騒、風車の回る音。日常の風景が、この丘の上の非日常的な会話と対照的だった。


「……男であるあなたを師匠とは呼ばない」エレノアはついに口を開いた。声は冷たく、決意に満ちていた。「でも……教えは乞うわ。強くなるためなら、何だってする」


 彼女の目はまっすぐに俺を見据えていた。そこには屈辱を越えた、強い決意が宿っていた。


「そして――」彼女は数歩近づき、顔を近づけた。「必ず強くなって、あなたを見返してやる。いつか、あなたを跪かせてみせる。あの時の私のように、人々の前で頭を下げさせ、二度と立ち上がれないくらい屈辱的な思いをさせてあげるわ。それが私の誓いよ」


 彼女の声には冷たい決意が込められていた。それは男を憎む彼女の本性と、失った誇りを取り戻す執念の表れだった。


 彼女にとって俺は憎むべき存在であり、同時に必要な存在。その矛盾した感情は、彼女の顔にはっきりと現れていた。


 俺は思わずゾクゾクとした。彼女の復讐心にも似た情熱、その眼差しの強さは、この上なく魅力的だった。この少女には並外れた素質がある。鍛え上げれば、どれほど強くなれるだろうか。


「いいだろう。お前の決意、受け取った」俺はニヤリと笑った。


 エレノアの挑戦的な宣言は、むしろ俺の思惑通りだった。彼女が強くなりたいと望むなら、俺はそれを利用できる。彼女の憎しみさえも、俺の野望への道具になる。この世界を支配するという秘めた野望への道具に……。


「昼食後から特訓を始める。覚悟はいいな?」


「もちろんよ」


「エレノア様、まだ昨日の戦いの疲れが……」ミュウが心配そうに言った。


 確かに、エレノアはまだ昨夜の戦いの影響が見て取れた。その立ち姿はいつもよりもわずかに不安定に見える。


「心配する必要はないわ」エレノアはきっぱりと言った。「私の体は回復した。大丈夫よ」


 彼女の目には強い意志が浮かんでいた。傷があっても、今すぐに始めたいという気持ちが伝わってくる。


「無理はするな」俺は少し心配になった。「休養が必要なら――」


「弱音を吐くつもりはないわ」エレノアは冷たく言い切った。「今日から始めて」


 彼女の決意に、俺も頷くしかなかった。


「ボクも今日から始める!」リリアが元気よく言った。「魔力は使えないけど、体は鍛えられるよね?」


「わたくしも今日からなのです!」ミュウも声を上げた。


「素晴らしい決意ね」ロザリンダが微笑んだ。「私も微力ながらお手伝いします」


 俺は三人の魔法少女たちを見た。エレノアの気高さ、リリアの明るさ、ミュウの真面目さ。それぞれに個性があり、それぞれに成長の余地がある。彼女たちを鍛え上げ、俺の右腕として使える存在にする。そして最終的には、この世界を思い通りにしてみせる。


 村への下り道で、エレノアが突然立ち止まった。彼女は遠くの森を見つめながら、静かに言った。


「あの魔獣――王宮を襲った魔獣は、今もどこかにいる」


 風が彼女の銀髪を揺らした。その姿は儚くも強く、まるで氷の彫像のようだった。


「お姉様……」リリアが彼女の手を取った。


「もし私が強くなれば、あの魔獣と戦えるの?」エレノアの声には痛切な願いが込められていた。「父と母の仇を……」


 俺は彼女の横に立った。「ああ、お前が心の底から願うなら、それは叶えられる」


 彼女の青い瞳に、わずかな希望の光が灯った。「本当に?」


「特訓は簡単じゃない」俺は正直に言った。「痛い思いもするし、辛い思いもする。でも、乗り越えれば、お前は確実に強くなれる」


 エレノアは黙って頷いた。彼女の表情には、揺るぎない決意が浮かんでいた。


 村に着くと、人々が俺たちを見つけて集まってきた。特に昨日の出来事を見ていた村人たちは、俺に対して敬意を示していた。


「武流様、おはようございます!」


「今日から特訓が始まるのですね!」


「私たちも応援しています!」


 村人たちの声に、俺は笑顔で応えた。この村では俺は英雄として扱われている。かつてスーツアクターとして裏方に徹していた俺には、信じられないほどの待遇だった。


 俺は振り返ると、エレノアが僅かに顔をしかめるのが見えた。彼女にとって、村人たちが俺に従順なのは、癪に障るのだろう。かつて彼女が絶対的な存在だったこの村で、今や俺が崇められている。その逆転こそが、彼女にとって最大の屈辱だった。


「昼食後、修練場に集合だ」俺は言った。「準備を怠るな」


 エレノアは何も言わず、リリアとミュウを連れて歩き去った。彼女の背中には、屈辱と決意が同居しているように見えた。


 俺とロザリンダは二人きりになった。


「武流さん」彼女は真剣な表情で言った。「一つだけ、お願いがあります」


「なんだろう?」


「鍛えてほしいとは言いました。ですが、あまりエレノア様を追い詰めないでください」彼女の声は優しいが、強い意志を感じさせた。「彼女は強がっていますが、心に深い傷を抱えています」


 俺は少し考えてから答えた。「分かってる。だが、彼女を強くするには、その傷と向き合わせる必要もある」


 ロザリンダはしばらく俺を見つめた後、小さく頷いた。「あなたを信じます」


 彼女が去った後、俺は村を見渡した。のどかな村の風景。そして王都の方角に目をやると、かすかに王宮の輪郭が見えた。いつか、あの場所を俺のものにしてみせる。


 俺の足取りは軽やかだった。


 村の広場の方から、思いがけず聞こえてきたのは、エレノアの声だった。


「忘れないで、武流」彼女の声には氷のような冷たさと、燃えるような憎しみが混ざっていた。「私はただ、あなたの力を借りるだけよ。決して従うわけじゃない。そしていつか必ず――」


 俺は振り返り、彼女の青い瞳を見つめた。


「あなたを跪かせてみせる」


 もう一度、力強くその言葉を口にした。そこには炎のような闘志が燃えていた。


「楽しみにしてるよ、エレノア姫」


 彼女の闘志と憎しみ。それは俺にとって最高の刺激だった。

お読みいただき、ありがとうございます!

第1章は完結です。明日更新スタートの第2章より、武流の師匠としての物語が本格始動します。武流の活躍と、エレノア、リリア、ミュウの成長にご期待ください。

面白いと思った方、続きが気になる方は、ぜひブックマークや★★★★★評価をいただけると励みになります!

第2章もよろしくお願い致します。

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