(27)明日香への黒い欲望
夢から覚めた俺は、深呼吸しながら、周囲を見回す。
ここは王都クリスタリア。ロザリンダの知人が営む宿だった。簡素ながらも清潔な木造の部屋に、柔らかな朝の光が差し込んでいる。窓からは王都の全景が一望でき、水晶のような透明な塔、銀色に輝く屋根、青白い街灯が朝靄の中に浮かび上がっている。
「はぁ……」
俺は頭を抱えた。なんて夢だったんだ。明日香とダークガイアス、そして触手……全部入り混じった悪夢。だが、最も恐ろしかったのは、俺自身の闇の部分が具現化したあの影だった。
昨夜、王都の広場で俺が言った言葉が頭に浮かぶ。
「覚えておけ! 俺は魔法姫たちを導く存在! そして、この世界の支配者になる男だ!」
まるで悪役のようなセリフを吐いてしまった。だから、あんな夢を見たのか。夢の中の俺は、朝倉明日香への憎しみから、彼女を見殺しにしようとした。しかも、彼女の恥ずかしい姿を目の当たりにして、快感を覚える自分がいた。自分の中にそんな醜い感情と黒い欲望があるとは。
「やれやれ、言いすぎたな……」
窓辺に歩み寄ると、昨夜の戦いの痕跡がまだ残る王都が見えた。
星祭りの喧騒と魔獣の襲来で混乱した広場では、すでに多くの魔法少女たちが修復作業を行っていた。緑の衣装を着た少女たちが手を広げると、壊れた建物が元に戻り始める。水色の衣装を着た少女たちは、滞りなく水が流れるよう運河を清めている。赤い衣装の少女たちは、焦げた部分を再生させるよう火を操っていた。
俺はメリッサのことを思い出した。炎の魔法少女、赤と黒の衣装に身を包み、金色のアクセントが煌めくあの少女。彼女の高慢な態度と冷酷な攻撃。
昨夜、俺は彼女の炎を指一本で弾き返した。衝撃で壁に激突し、変身が解除されたメリッサは、焼け焦げた衣服を必死に引っ張って肌を隠そうとしていた。その目には屈辱と憎しみが燃えていた。
「見ないで! 私を誰だと思ってるの!?」
彼女はそう叫んでいた。恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にし、弱々しい姿を見せまいと必死に体を丸めていた。その細い指先はわななき、唇をかみしめていた。どの敗者にもあるように、彼女の目にも「必ず仕返しする」という敵意の色があった。
人差し指一本で魔法少女の誇りを砕いた、そんな達成感と同時に、やりすぎたという後悔も感じていた。彼女は確かに高慢だったが、敵ではなかったはずだ。それなのに俺は……。
そしてエレノア。王都への執着、メリッサへの対抗意識、そして魔獣と戦う覚悟。彼女は力尽きながらも、最後まで諦めなかった。彼女を見下したメリッサの残酷な言葉。
そして明かされた過去。
「あの事件で国王と女王が亡くなったのは、この魔法姫姉妹が恐怖のあまり戦えなかったからです!」
メリッサの言葉が脳裏に浮かぶ。負けたエレノアは、地面に倒れたまま震えていた。彼女の衣服はメリッサの炎で焦げ、青い魔法の光は失われていた。手足をわななかせながら、彼女は自分の弱さを呪っているように見えた。その姿には、もはやいつもの高慢さはなかった。
窓から王都を見渡す。ここからはクリスタリア独特の建築が鮮明に見える。水晶のような透明な塔が朝日を浴びて七色に輝き、銀色の屋根を持つ建物が整然と並んでいる。中心には王宮が聳え、その周りを星型に広がる街並み。運河が街を縦横に走り、無数の橋がかかっている。
そして今、その美しい街並みの中で、魔法少女たちが昨晩の痕跡を消そうと働いている。
彼女たちの努力を見て、俺は昨夜の自分の言葉を思い出した。この世界の支配者になるという宣言。
そんなパワーワードを口にしたのは、感情に任せすぎた。かつて朝倉明日香に濡れ衣を着せられ、二十年の功績が水の泡となった時の怒りが、エレノアを罵倒するメリッサの姿と重なったからかもしれない。
理不尽な権力に立ち向かう存在となり、この世界の歪みを正したい気持ちは本物だ。だが、ヒーローらしくない宣言だったのかもしれない。
「正しく導くんだ……」俺は静かに誓った。「支配者なんていうパワーワードは使わないでおこう」
階下では、宿の主人が朝食の準備をしているらしい。食器の音と、朝を迎える人々の声が聞こえてくる。
「お客人、朝食はいかがいたしましょう?」
宿の主人の声が階段から聞こえる。普通の旅人として扱われるのも悪くない。王都の人々は、俺がアポロナイトだとは知らない。昨夜は、変身する姿も、変身を解く姿も見せなかった。宿の主人も、俺をただの旅人の男だと思っているのだろう。この静かな朝の時間を大切にしたい。
俺は身支度を整えながら、エレノアとの対話の仕方を考えた。そして何より、スターフェリアでの自分の役割について、改めて考える必要がある。
腕のブレイサーを見つめた。この世界で、俺は何者になるべきなのか。
スーツアクターからヒーローへ。そして、この世界の真のヒーローとして、歪んだ秩序を正す存在に。
俺の足取りは軽やかだった。新たな朝の光の中、新たな決意を胸に抱きながら。
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