(23)共闘!氷の魔法姫&猫耳魔法少女
アポロナイトとして前に出ようとした俺を、エレノアが腕で遮った。
「待って」
彼女の声は震えていたが、覚悟に満ちていた。
「でも、あの魔獣は――」
「私が行くわ」エレノアが静かに言った。「魔法姫の意地として、この王都と王宮は私が守る」
彼女のマントが風にはためいた。その下に隠されていた姿が露わになる。ブレザーやプリーツスカートではなく、彼女は既に魔法姫の姿に変身していた。氷のように透き通った銀青色の魔法衣装、肩を露出したレオタードスタイルの戦闘服は、月の光を受けて神々しく輝いている。
「一人で行くつもりか?」俺は心配そうに尋ねた。
「ボクも行くよ!」駆け寄ってきたリリアが声を上げた。
「わたくしが行くのです!」ミュウが猫耳をピンと立てて言った。「リリア様は今、変身もできないし、魔力も使えないのです」
リリアの表情が曇った。「そうだった……」
「大丈夫なのです」ミュウは優しく微笑んだ。「わたくしがエレノア様をサポートするのです」
ミュウはその場で杖を掲げ、変身を始めた。体が緑色の光に包まれ、黒と緑を基調とした魔法少女の衣装に身を包む。猫耳と尻尾はそのままに、装束だけが変化した。彼女の手には葉の形をした緑色の杖が握られていた。
「風と音の守護者、魔法少女ミュウ・フェリス! にゃんにゃん♪」
彼女は俺が教えた通り、両手で猫のポーズを取り、恥ずかしそうに頬を染めた。
「いかがですか、武流様?」
「うん、悪くない」と俺は微笑する。「ただ、まだ恥ずかしさが全身から滲み出ている。可愛さだけじゃなくて、全体的に動きにもっとキレも必要だな」
ミュウは真っ赤になった。「うぅぅ……武流様の愛のあるダメ出し、光栄の極みなのです……もっと練習するのです」
ミュウは全身をくねくねさせた。
「ミュウちゃん! 話してる暇はないよ!」リリアがツッコミを入れる。
「ハッ! そうなのです! エレノア様、一緒に行くのです!」
エレノアは静かに頷いた。「お願いするわ、ミュウ」
二人は魔獣に向かって走り出した。俺はアポロナイトの姿で、彼女たちのすぐ後ろを追った。
「いつでも助けが必要なら言ってくれ」俺は言った。「いつでも参戦する用意がある」
魔獣は予想以上に強大な姿をしていた。祭りの灯りが魔獣に触れると消えてしまい、恐怖に震える人々は建物の陰に隠れていた。
「見たこともない種類の魔獣ね」エレノアの声がわずかに震えた。
魔獣の形状は、巨大な人間に似た二足歩行だったが、背中からは鋭い棘が生え、両腕の先端は鎌のように湾曲していた。顔の部分には目しかなく、代わりに全身に無数の口が開いていた。それぞれの口から漆黒の霧と共に呻き声が漏れ出ている。
「恐怖と絶望の魔獣……」ロザリンダが小さな声で呟いた。「星祭りの喜びを食らいに来たのね」
人々は魔獣から逃げながらも、エレノアとミュウの姿に気づき始めた。
「あれは……エレノア様!?」
「魔法姫様が戦っている!」
「でも、エレノア様はたしか王宮から追放されたはず……」
「なぜ彼女が戦っているの?」
囁きが人混みの中で広がっていく。エレノアはそれらの声を無視し、杖を高く掲げた。彼女の瞳には決意と共に、果たせなかった責務への後悔が宿っているように見えた。
彼女の杖から青白い光が放たれ、無数の氷の結晶が形成された。その氷は矢となって魔獣に突き刺さる。魔獣の黒い体表に青白い亀裂が走ったが、すぐに再生した。魔獣は怒りの咆哮を上げ、黒い霧を噴き出した。
ミュウは猫のような俊敏な動きで魔獣の周りを駆け回った。彼女の魔法は風と音を操るタイプで、緑色の杖を軽やかに振るうたびに目に見えない衝撃波が放たれた。魔獣の周囲に緑色の風の輪が形成され、耳を突き刺すような高周波の音波が放たれる。
魔獣が痛みに身をよじり、ミュウが飛びかかると同時に、エレノアが氷の結界を展開した。絶妙のタイミングで二人の魔法が交わり、音波と氷晶が共鳴する。
「エレノア様、右側から!」
ミュウの声に反応し、エレノアが素早く位置を変える。二人の連携は見事だった。スーツアクターとしての目から見ても、ミュウの動きには無駄がない。彼女は小柄な体を活かし、攻撃と回避を繰り返す。杖を通して放つ風の波動は、魔獣の黒い霧を切り裂き、音波は魔獣の鱗を震わせた。
「体幹がしっかりしてるな」俺は呟いた。「リリア、見ておいたほうがいいぞ。ミュウの動きは参考になる」
リリアは固唾を飲んで見守っていた。「ミュウちゃん、すごい……」
一方、エレノアの戦い方は昨日とは明らかに違っていた。体幹の弱さは相変わらずだが、彼女の目には以前にはなかった覚悟の色が浮かんでいる。魔獣の攻撃を何度も避けながら、氷の魔法を放っていく。
彼女の顔に流れる汗、苦しげに噛みしめた唇、それでも決して諦めない眼差し――その姿からは魔法姫としての誇りと責任感が滲み出ていた。
「私が王都を守る……絶対に……この場所を守る……」
彼女の呟きが風に乗って届いた。エレノアは膝をつくことなく、何度も立ち上がり、魔法を放つ。彼女にとって、この戦いは単なる魔獣退治ではない。失われた名誉を取り戻す、彼女自身の尊厳をかけた戦いのようだった。
魔獣は両腕の鎌を振り回し、建物を次々と破壊していく。エレノアはその勢いを止めようと、より強力な氷の嵐を巻き起こした。彼女の全魔力を込めた氷の嵐が魔獣を覆う。だが、瞬間的に魔獣は氷を砕き、黒い霧を放出した。
「きゃあっ!」
ミュウが霧に巻き込まれ、吹き飛ばされて地面に転がる。彼女の体は宙を舞い、壁に叩きつけられた後、地面に落下した。衝撃で彼女の変身が解除され、普段の姿に戻ってしまった。
「ミュウ!」俺とエレノアが同時に叫んだ。
俺は駆け寄って彼女を抱き起こした。「大丈夫か?」
「はい……でも、もう魔力が……」ミュウは弱々しく頷いた。彼女の猫耳は力なく垂れ下がっていた。
エレノアが魔獣の前に立ちはだかる。今や彼女一人だけが魔獣との戦いを続けている。
「エレノア様……」避難民の間から声がもれた。「一人で戦っているわ……」
「追放された魔法姫なのに……」
「なぜ私たちを守ってくれるの?」
人々の疑問の声が広がる中、エレノアは決して退かなかった。魔獣の攻撃に何度も体を傷つけながらも、執拗に攻撃を続ける。
青銀色の衣装は黒く汚れ、美しい髪は乱れていた。それでも、彼女は魔法姫として最後まで戦う意志を見せた。その背中には凛とした気高さがある。
彼女の凛々しい姿に、俺は胸を打たれた。
「ロザリンダさん」俺は小声で尋ねた。「何があったんですか? 彼女たちと王宮の間に」
ロザリンダは悲しげに微笑んだ。「彼女たちには、過去の重荷があるのです。責任を果たせなかった過去の……その傷を癒すように、今、戦っているのでしょう」
「つまり……」
「今は見守りましょう」ロザリンダはそれ以上を語らなかった。「彼女の戦いを」
魔獣の攻撃が激しさを増し、エレノアが苦戦し始めた。彼女は何度も倒れ、何度も立ち上がった。
杖で地面を支え、よろめきながらも立ち上がる。片膝をつきながらも諦めず、もう一度立ち上がる。彼女の顔には涙と汗が混じり、青い瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「皆さん、下がって!」
エレノアは残りの魔力を振り絞った。杖を高く掲げ、その体が青白い光に包まれる。彼女は両手を天に掲げ、魔法姫の衣装が風になびく中、決死の表情で氷の力を集中させ始めた。
彼女の周りに無数の氷の結晶が形成され始め、夜空の星々が彼女に応えるように一層の輝きを増した。空から降り注ぐ星の光が彼女の体に収束し、全身から強烈な魔力が放出される。
エレノアの瞳から一筋の涙が流れ落ち、その表情には覚悟と誇りが交錯していた。彼女は全身全霊の力で、巨大な氷柱を魔獣めがけて放った。
氷柱は魔獣の胸を貫き、全身が凍り始めた。
魔獣が完全に凍りつく寸前――
「ここはアタシに任せなさーい!」
突然、別の方向から鮮やかな赤い光線が放たれ、魔獣を横から激しく吹き飛ばした。