(22)エレノアの告白
リリアとミュウの熱心な導きで、俺は引き続き祭りの夜を楽しむことにした。ロザリンダも穏やかな笑みを浮かべながら、俺たちに付き合ってくれている。
広場の片隅では、新しく誕生した魔法少女たちが歓迎の儀式を受けていた。三人は魔法の長老たちに囲まれ、これからの修行について説明を受けているようだった。
「彼女たちはこれから特別な訓練を受けるのです」ミュウが説明した。「魔法の使い方や、魔獣との戦い方を学ぶのです」
「師匠は優しいのに、厳しいよね」リリアが不意に言った。「ボクたちみたいに、彼女たちも厳しい特訓が待っているんだろうな」
俺は思わず笑った。「おいおい、まだ修行は始まっていないだろ。だいたい、俺はそんなに厳しいか?」
「うん!」リリアが力強く頷いた。「でも、厳しいからこそ強くなれるんだよね」
リリアの言葉に、俺は何か温かいものを感じた。彼女たちを鍛えることは、この世界での俺の役割かもしれない。そして、その先にある野望――それはまだぼんやりとしたものだが、確かに俺の心の中に芽生えていた。
「そろそろ星の舞が始まります」ロザリンダが広場の中央を指さした。
人々が輪になって並び、中央に魔法少女たちが集まっていた。彼女たちは手に持った杖や剣から星の光を放ち、夜空に美しい光の模様を描いていく。
「踊りましょう!」リリアが俺の手を引っ張った。
「え? 俺も?」
「もちろんです!」ミュウも俺の肩から降り、片方の手を引いた。「星祭りでは、皆で踊るのです!」
ロザリンダも笑顔で頷き、手を差し出した。「さあ、輪の中へ」
俺はためらいながらも、三人の女性たちに導かれるまま、踊りの輪の中へと入っていった。踊りは単純で、皆が手をつないで輪になり、星の光に合わせて回っていくだけのものだった。
リリアは無邪気に跳ねるように踊り、ミュウは猫のような軽やかな足取りで輪の中を回る。ロザリンダは優雅に舞いながら、時折俺に微笑みかけた。
俺はスーツアクターとしての体の動かし方を思い出し、なるべく目立たないよう、しかし様になるよう動きを合わせた。二十年の経験が、ここでも生きている。
「師匠、上手!」リリアが嬉しそうに声をかけた。
踊りの輪が大きくなり、やがて広場全体が一つの大きな踊りの渦となった。星の光が人々の頭上で輝き、音楽が心地よく響く。この瞬間、俺は自分がこの世界に馴染みつつあることを感じた。
「……ん?」
人の波に揺られながら踊っていると、ふと人混みの向こうに見覚えのある銀青色の髪が見えた。地味な灰色のマントに身を包み、フードで顔を隠そうとしている。その立ち姿には、気高さが滲み出ている。
「あれは……」
「あ! お姉様だ!」リリアが人混みの中を指差した。
ミュウの猫耳もピクリと動いた。「本当なのです!エレノア様がいるのです!」
エレノアは人混みの中から俺たちに気づき、一瞬目を見開いた。その瞬間、彼女は踵を返し、人波の中に消えていった。
「待って、お姉様!」リリアが叫んだが、祭りの騒音にかき消された。
「追いかけるのです!」ミュウが急かす。
俺は三人に目で合図をして、エレノアが消えた方向へと進み始めた。踊りの輪を抜け、祭りの中心から離れていくと、人込みは徐々に薄くなった。
「あそこです!」ミュウの鋭い目がエレノアの姿を捉えた。
彼女は王宮の近くにある小さな丘に向かって歩いている。俺たちはその後を追った。
「俺一人で行くよ」と俺は三人に言った。「彼女は今、一人でいたいのかもしれない」
リリアは少し迷ったような表情を見せたが、やがて頷いた。「うん、分かった。お姉様のこと、よろしくね」
俺は丘を登り、エレノアの後を追った。月明かりと星の光だけが、彼女の姿を照らしている。
彼女は丘の頂上で立ち止まり, マントのフードを下ろした。銀青色の髪が月の光を受けて輝いている。
「わかっていたのよ。あなたが来ることくらい」
エレノアは振り返らず、静かに言った。
「なぜここに来たんだ?」俺は彼女の横に立った。
エレノアは長い間、黙っていた。彼女の瞳には、月明かりを反射した涙が浮かんでいるように見えた。
「新しい魔法少女たちを見に来たの」彼女はようやく口を開いた。「初心を思い出すために」
「へえ」俺は少し意外に思った。「真面目なんだな」
「バカにしないで」彼女は冷たく言った。が、その声には昨日ほどの強い敵意はなかった。「魔法姫として、純潔を守り、力を持ち続けることは私の誇りよ」
エレノアの声には覚悟と誇りが混じっていた。彼女にとって魔法姫であることは、単なる力ではなく、生きる意味そのものなのだろう。
エレノアは遠くの王宮を見つめた。王宮は星祭りの光で美しく照らされ、まるで水晶でできたように輝いている。
「あれが王宮か」俺は彼女の視線の先を見た。「お前たちの本来いるべき場所なのか?」
彼女の表情がわずかに強張った。「……ええ」
「どうしてあの村にいるんだ? 王家の人間なのに」
エレノアは答えない。
「なぜ変装している? 王宮に近づけないのか?」
彼女の顔が一瞬、苦痛に歪んだ。「……私たちは追放されたの」
「追放?」
それは重大な告白だった。エレノアにとって、口にするのは勇気の要る決断だったのだろう。
「詳しいことは言えないわ」エレノアは視線を逸らした。「ただ……私とリリアは、王宮には近づくことは許されないの」
俺は王宮をじっと見つめた。豪奢な建物の奥には、重い秘密が隠されているようだ。王族であるエレノアとリリアを追放するほどの何かが。
「リリアの力を取り戻す方法はないのか?」
エレノアは静かに首を横に振った。「失われた純潔は戻らない。それがスターフェリアの掟よ」
「掟? 本当にそうなのか?」
彼女は怪訝な表情を浮かべた。「何が言いたいの?」
「諦めるのは簡単だ。だが、諦めなければ道は開ける」
エレノアは皮肉な笑みを浮かべた。「きれいごとを言わないで。この世界のことをあなたが知っているわけじゃない。ここは作り物の特撮ヒーローの世界じゃないのよ」
痛いところを突いてくる。確かにこの世界は、俺の知るお子様向けの特撮やアニメの世界ではない。だが――
その時、突然、都市の中心部から悲鳴が上がった。
「何だ!?」
俺たちは同時に声を上げた。遠くから、重い足音と建物が壊れる音が聞こえてくる。
「あれは……」エレノアの顔から血の気が引いた。
「魔獣か?」
「ええ、しかも強大な……」エレノアは震える声で言った。「星祭りの夜に王都を襲うなんて……」
俺は丘を駆け降りながら、右腕のブレイサーに手をかけた。
「行くぞ!」
その時、俺たちの視界に入ったのは、祭りの灯りを破壊しながら進む巨大な黒い影だった。それは人の形をしているようで、しかし明らかに人間ではない。全身から漆黒の霧を立ち上らせ、赤い目が闇の中で不気味に光っていた。
魔獣は魔法少女たちの魔法攻撃をものともせず、次々と建物を破壊していく。新たに生まれたばかりの魔法少女たちは、恐怖に震えていた。
「初めて見る種類の魔獣……」エレノアが呟いた。
「蒼光チェンジ!」
俺の体が青い光に包まれ、アポロナイトの姿に変身した。装甲が形成され、蒼光剣が腰元に現れる。
だが――