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(21)純潔の十二歳、新たな魔法少女たちの誕生

 そろそろ日が沈み、空が深い藍色に染まり始めた。街の灯りがより鮮やかに輝き、人々の流れは星祭りのメイン会場へと向かっていた。


「もうすぐ儀式が始まります」ロザリンダが言った。「急ぎましょう」


 メイン会場は都市の中心、王城の前にある巨大な広場だった。そこには既に数千人の人々が集まり、期待に胸を膨らませていた。広場の中央には水晶でできたような透明な祭壇があり、その周りを十二人の少女たちが取り囲んでいる。皆、白い儀式用のドレスを着て、頭には小さな花の冠をつけていた。


「あれが今年の候補者たちです」ロザリンダが説明した。「十二歳になった少女たちの中で、魔法の素質がある子たちが選ばれるのです」


「候補者全員が魔法少女になれるわけじゃないんだね」


「はい」ロザリンダが頷いた。「星の祝福を受けられるのは、その中のさらに選ばれた者だけです」


「どうやって選ばれるんですか?」俺は素朴な疑問を口にした。


「血筋も大切ですが、何より本人の強い想いです」ロザリンダは静かに答えた。「魔法少女になりたい、魔力を使いたいという強い願いがなければ、星の女神は応えてくれません」


「それと」彼女はさらに続けた。「十二歳というのも意味があるのです。スターフェリアでは、星めぐりの周期が十二年。十二歳の少女だけが、星の祝福を最も受けやすい時期なのです。そして……」


 彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。


「純潔を守っている十二歳の少女だけが、祝福の資格を持つのです」


 俺たちは人混みをかき分け、できるだけ前の方へと進んだ。ミュウの小さな体が見えなくなりそうになったので、俺は彼女を肩に乗せたままにしていた。


「わたくしも、このようにして魔法少女になったのです……」ミュウが感慨深げに呟いた。


 ロザリンダの表情も柔らかくなった。「私も十二歳の時、星の祝福を受けました」


 俺は彼女の横顔を見た。その美しい顔には、懐かしさと共に何かの痛みが浮かんでいるようにも見える。


「ロザリンダさんは、今は魔法少女ではないんですか?」


「ええ……」彼女の声は静かだった。「一度失われた純潔は、取り戻せませんから」


 彼女の目に浮かぶ陰りに、俺は何か深い物語があるのだろうと直感した。だが、それ以上は聞かなかった。彼女自身が語りたいと思うときまで待つべきだろう。


 日が完全に沈むと、広場の灯りが一斉に消え、静寂が訪れた。そして突然、空から青白い光が降り注ぎ始めた。


「始まるよ……」リリアの声が震えていた。


 星の光は徐々に強まり、中央の祭壇を照らし出した。すると、十二人の少女たちが一斉に歌い始めた。それはこの世のものとは思えない美しい旋律で、聞く者すべての心を震わせる。


 俺は思わず目を閉じた。その歌は言葉ではなく、感情に直接響いてくるようだった。希望、憧れ、そして星への祈り。


「あれがスターソングなのです」ミュウが小さな声で説明した。「星の女神を呼ぶ歌なのです」


 リリアは俺の手をぎゅっと握りしめていた。彼女の手は小さく震えている。かつての自分を思い出しているのだろうか。


 歌が最高潮に達したとき、祭壇から一筋の光が天へと伸びた。そして空からは無数の星の粒子が舞い降りてきた。それは雪のようでもあり、火花のようでもあった。青白い光の渦が広場全体を包み込む。


「見て!」リリアが息を呑んだ。


 十二人の少女たちのうち三人の体が、突然青白い光に包まれた。他の九人の少女たちは驚いた表情を浮かべ、やがて残念そうに肩を落とす。


 三人の少女たちの白いドレスはそれぞれ異なる色の魔法少女の衣装へと変わっていった。一人目は赤と金の装飾が施された戦士のような出で立ち、手には炎の剣が現れた。二人目は水色と銀のドレスに身を包み、杖の先には小さな水滴が宿る。三人目は緑と茶色の森の精のような姿に変身し、弓と矢を手にしていた。


「各々の資質に合わせた姿に変身するのです」ミュウの声には尊敬の念が込められていた。「わたくしも、このようにして魔法少女になったのです……」


 彼女の声には、懐かしさと共に小さな誇りが感じられた。彼女の尻尾が俺の背中をそっと叩いている。


「手元を見てごらんなさい」ロザリンダが指さした。


 変身した少女たちの首元や手首には、それぞれ宝石が輝いていた。赤い少女はルビーのペンダント、水色の少女はサファイアのブレスレット、緑の少女は翡翠の髪飾り。それらは強く輝き、魔力の源泉となるものらしい。


「あれが魔法少女の証」ロザリンダが説明した。「星の力が宿った宝石。彼女たちの魔力の源です」


 一方、リリアの表情は複雑だった。喜びと共に、もう二度と戻れない自分の状態を思い出したかのような切なさも浮かんでいる。彼女の首元に下がっていたペンダントは、以前は輝いていたのだろうが、今はただの石になっていた。


 俺は静かに彼女の手を握った。「大丈夫だ」


 リリアは少し驚いたように俺を見上げ、やがて小さく頷いた。


「ありがとう、師匠……」


 星の光の中で変身を終えた三人の少女たちの顔には、驚きと喜びの表情が浮かんでいる。周囲からは歓声と拍手が巻き起こった。


「おめでとう!」


「新たな魔法少女の誕生だ!」


 人々の声が広場に響き渡る。新たな魔法少女となった三人の少女たちは、初めての変身に戸惑いながらも、互いを見合わせて笑顔を交わしていた。


「彼女たちの今の気持ちは?」俺はミュウに尋ねた。


「言葉では表せない喜びなのです」ミュウは猫耳を揺らしながら答えた。「体の中に星の力が流れ込み、世界の見え方が変わるのです。今まで見えなかったものが見え、感じられなかったものが感じられる……」


「素晴らしい体験だね」


「はい」ミュウの声は誇らしげだった。「魔法少女になることは、この世界での最高の栄誉なのです」


 俺も若い頃、初めてヒーローのスーツアクターに選ばれ、主役を演じる責任を感じた時のことを思い出した。今、魔法少女になった彼女たちは、それ以上の栄誉を感じているのだろう。


 俺はふとリリアの表情を見た。彼女は新しい魔法少女たちを見つめながら、どこか遠い目をしていた。


「リリア、大丈夫か?」


「うん……」彼女はかすかに笑った。「ちょっとだけ思い出してた。ボクが初めて変身した時のこと……」


 俺は思わず彼女の頭を撫でた。「お前なら、きっとまた……」


「うん、ありがとう」彼女は俺の手を両手で握った。「師匠がそう言ってくれるなら、ボク、絶対にあきらめないよ」


 儀式の締めくくりとして、再び歌が響き、今度は広場全体が星の光に包まれた。人々は星の器に入れた願い事を空に向かって解き放った。無数の星の器が夜空へ飛び立ち、本物の星々に溶け込んでいく。


「きれい……」リリアがつぶやいた。


 俺もそう思った。目の前で繰り広げられる光景は、特撮の世界を遥かに超える美しさだった。スターフェリアの星祭り。それは単なるお祭りではなく、この世界の根源的な力である星の祝福を讃える神聖な儀式だった。


「願いが叶うといいな」リリアが呟いた。


 魔力を失っても、彼女はあきらめていなかった。その強さに、俺は心動かされた。


「ああ」俺も自分の願いを思い出した。この世界での居場所。それはただ生きる場所という意味ではなく、アポロナイトの力で、この世界を思い通りにしたいという願いだった。


「私も願いを込めましたよ」ロザリンダが静かに言った。彼女の美しい横顔は星の光に照らされ、一層の魅力を放っていた。


「ロザリンダさんは何を願ったんですか?」


 彼女は微笑んだ。「それは秘密です」


 星の光が徐々に弱まり、人々は再び動き始めた。祭りはこれからが本番だ。夜通し続く音楽と踊り、食事と笑い声。


「これから何する?」リリアが俺を見上げた。彼女の目はまだ星の光を映している。


「何でもいいぞ」俺は微笑んだ。「お前たちが楽しめることなら」


「わたくし、星の舞を見たいのです!」ミュウが俺の肩から声を上げた。


「いいね!」リリアも賛成した。「あ、でも先に師匠をお腹いっぱいにしたい! 焼き鳥屋さんがあったよ!」


「どっちも行こう」俺は二人に向かって微笑んだ。「時間はたっぷりあるさ」

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