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(187)魔法少女狩り[16]〜不屈の幼女エレノア〜

「どうじゃ、武流よ」


 クラリーチェが俺を見上げて、勝利者の笑みを浮かべた。十七歳の美しい顔に浮かぶその表情は、残酷でありながらも魅力的で、観客たちを魅了していた。成長した身体を漆黒のローブに包み、まるで女王のような威厳を漂わせている。


「おぬしの自慢の弟子どもは、すべてわらわの前に屈服した。これが現実じゃ」


 俺は歯を食いしばりながら、蔦に拘束されたまま必死にもがいた。しかし、七歳の力では何もできない。この惨状を見ているしかなかった。舞台上には、破壊された装置の残骸が散らばり、魔法少女たちが全員、屈辱的な状態で倒れ込んでいる。


 ステラは星型オブジェに逆さまにはまり込み、その下半身が時折小刻みに震えている。アイリーンは眼鏡を失って本棚の隙間から下半身だけを突き出し、時折か細い呻き声を漏らしていた。ミュウは猫化の呪いで台座の上に気絶し、下着を晒したまま意識を失っている。ルルは土の山に頭から突っ込んで動けず、両足だけが外に出て力なく垂れ下がっていた。リュウカ先生は蔦に絡まり、破れた衣装でびしょ濡れの状態。そしてセシリアは四つん這いになり、汗で透けた衣装を纏ったまま足の付け根を押さえて震えている。


 まさに魔法少女たちの完全敗北だった。


「師匠……」


 主演のリリアが、舞台中央で震えながら立っていた。変身能力を失った彼女だけが、まだクラリーチェに屈服していない。しかし、その顔には明らかに恐怖の色が浮かんでいる。小さな身体がぶるぶると震え、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


 その時、舞台の隅で倒れていた七歳のエレノアが、ゆっくりと立ち上がった。


 城のセットの残骸の中から這い出し、よろめきながらも一歩ずつ前に進む。小さな身体は傷だらけで、氷の女王の衣装も汚れてボロボロになっている。金糸で刺繍された美しい装飾は泥にまみれ、スカートは所々破れて、まるで乞食の子供のような見すぼらしい姿だった。


 しかし、その瞳だけは、王族としての誇りを失っていなかった。


「まだ終わっていないわ」


 エレノアが震え声で言った。七歳の幼い体で、クラリーチェを見上げる姿は、まるでアリが象に立ち向かうようなものだった。しかし、その小さな拳はしっかりと握られ、足取りにも迷いはない。


「リリアは……私が守る。絶対に、あなたには指一本触れさせない」


 エレノアがリリアの前に立ちはだかった。七歳の小さな体で、妹を庇おうとしている。変身能力は使えないが、姉としての責任感だけは失っていない。その姿は痛々しくも美しく、俺の胸に深い感動を呼び起こした。


「お姉様……」


 リリアが泣きそうになった。自分を守るために、こんなに小さなエレノアが立ち向かおうとしている。その健気さに、彼女の心は張り裂けそうになっていた。


「危険だよ、お姉様。今の状態じゃ……」


「わかっている」


 エレノアが振り返って、リリアに微笑みかけた。七歳の幼い顔に浮かぶその笑みは、王族としての気品と、姉としての愛情に満ちていた。


「でも、私はフロストヘイヴン王家の長女。妹を守るのは、姉としての当然の使命よ」


 俺は蔦に拘束されたまま、エレノアの勇気に心を打たれていた。七歳という幼い身体でありながら、彼女の中には確かに王族としての誇りと、家族への愛が宿っている。


「ほほう」


 クラリーチェが面白そうに七歳のエレノアを見下ろしている。十七歳の美少女と七歳の幼女――その対比は、まるで大人と子供の喧嘩のようだった。


「まだ諦めぬか、氷の姫君よ。その小さな身体で、わらわに何ができるというのじゃ?」


 クラリーチェの声には、明らかな嘲笑が込められていた。七歳の子供など、自分にとっては虫けら同然だという態度が露骨に表れている。


「見た目が幼くなったからといって、わらわが手加減すると思うなよ。魔法の世界に、年齢による情けなど存在せぬ」


 エレノアは答えなかった。ただ、震える足で立ち続け、リリアを守るために、クラリーチェと対峙し続けている。王族としてのプライドが、彼女を支えていた。


「その小さな身体……まるで人形のようで愛らしいのう。わらわが特別に可愛がってやろう」


 クラリーチェが楽しそうに手を伸ばした。まるで小さな動物をあやすような仕草だったが、その瞳には邪悪な光が宿っている。


「深淵魔法――無力な人形の舞」


 クラリーチェが軽く息を吹きかけた。


 それだけで、エレノアの体が吹き飛んだ。


 まるで台風に巻き込まれた木の葉のように、七歳のエレノアが舞台装置に激突する。小さな身体では、深淵魔法の力に抗うことなど不可能だった。彼女は宙を舞い、背中から星型のオブジェの残骸に叩きつけられた。


「きゃあっ」


 エレノアの小さな悲鳴が劇場に響く。星型のオブジェが派手に崩れ、彼女の小さな体がその残骸の中に埋もれてしまった。氷の女王の衣装は完全に汚れ、あちこちで破れている状態だった。金糸の刺繍は泥とほこりで見えなくなり、美しいスカートも無残に裂けていた。


「お姉様!」


 リリアの悲鳴が劇場に響いた。もはや、彼女を守る者は誰もいない。魔法少女たち全員が、クラリーチェによって屈辱的な敗北を喫してしまった。


 観客席では、この光景をすべて演出だと思い込んだ観客たちが、興奮して拍手を送っている。


「すごい迫力だ!」


「子役の演技も素晴らしい!」


「クラリーチェ様の圧勝!」


「これが最強の魔法少女の力なのか!」


 彼らの無邪気な称賛が、俺の心をさらに絶望で満たしていく。エレノアの痛みも、リリアの恐怖も、すべてが観客たちにとってはエンターテイメントでしかなかった。


「さて、これで邪魔者もいなくなった」


 クラリーチェがリリアに向き直った。その瞳には、本気の殺意が宿っている。これまでは他の魔法少女たちとの戯れだったが、今度は違う。彼女の両手に、これまでとは比べものにならない深淵魔法のエネルギーが集まり始めた。


 黒と紫の禍々しい光が、彼女の周囲を渦巻いている。その力は、先ほどまでの遊戯とは次元が違っていた。本格的な殺戮の意志が込められている。


 リリアの顔が青ざめた。変身能力を失った彼女に、この攻撃を防ぐ手段はない。


「師匠……」


 リリアが俺を振り返った。その瞳には、恐怖と同時に、最後まで諦めない意志が宿っている。彼女は震えながらも、胸を張って立っていた。


 俺は蔦に拘束されたまま、どうすることもできずにいた。


 クラリーチェの深淵魔法のエネルギーが、危険なレベルまで高まっていく。黒と紫の禍々しい光が、劇場全体を震わせるほどの威力になっていた。


「深淵魔法……絶望の終焉」


 クラリーチェが詠唱を始めた。その声は美しい少女のものでありながら、死神の宣告のような冷酷さを帯びている。


 リリアは恐怖で身体が硬直し、迫り来る死の気配に呑み込まれそうになっている。


 観客にとって、リリアの恐怖も単なる演技にしか見えていなかった。


「師匠……みんな……ごめんなさい……」


 リリアが小さく呟いた。最後の瞬間に、彼女の心には後悔と謝罪の気持ちが溢れていた。


「リリア!」


 俺が蔦に拘束されたまま、絶望的な叫び声を上げた。しかし、七歳の小さな体では、この状況を変えることは不可能だった。


 クラリーチェの魔法が完成に近づいていく。もう数秒で、リリアは完全に消滅してしまうだろう。


 だが、その時……星型オブジェの残骸から、エレノアが再び立ち上がった。


「させない……」


 服をボロボロにしたエレノアが、よろめきながらもリリアの前に立った。七歳の小さな身体では、とてもクラリーチェの攻撃を防ぐことはできない。それでも、彼女は諦めなかった。


「リリアは……私が守る……」

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