(179)魔法少女狩り[8]〜ルルの完敗〜
「さてさて、お次は誰が相手じゃ?」
獲物を探すクラリーチェの視線が、小さな身体で必死に気合いを入れているルルに向けられる。ピンク色の髪をお団子に結った十三歳の少女は、普段の天真爛漫な笑顔ではなく、仲間たちの無様な敗北を見せつけられた怒りで小さな拳を震わせていた。
「ルルが行く! 仲間のみんなをあんな酷い目に遭わせて、ぜったい許さない!」
ルルが小さな体に精一杯の気合いを込めて立ち上がる。温泉宿の令嬢として育った上品さはどこへやら、彼女の瞳には闘志の炎が燃え上がっていた。俺は蔦に拘束されたまま、彼女の勇敢な姿を見つめる。あの小さな身体に、どれほどの力が宿っているというのだろうか。
「おや、まだ諦めていないやつがいるのか」
クラリーチェが十七歳の美しい顔に興味深そうな表情を浮かべた。成長した身体を漆黒のローブに包み、まるで年上の姉が年下の妹を見下ろすような視線を向けている。その美貌には慈愛すら感じられるが、俺にはわかっていた。それが獲物を前にした捕食者の笑みであることを。
「小さなお嬢様は、まだ現実を理解していないようじゃな。これまでの仲間たちの無様な敗北を見ても、まだ戦おうというのか?」
クラリーチェの嘲笑に、ルルの小さな胸が怒りで激しく上下した。
「ルルは……ルルは温泉宿の娘! お客様をおもてなしする心と、みんなを守る強さを持ってるの! みんなをあんな酷い目に遭わせて、武流先生を苦しめて……ルル、絶対に許さない!」
ルルが土の魔法を宿した小さな杖を高く掲げた。茶色の宝石が埋め込まれたその杖から、大地の力が波動となって放射される。舞台の床が小刻みに震え始め、観客席からも感嘆の声が漏れた。
「土と大地の守護者よ――ルルに力を貸して!」
眩い茶色とピンクの光がルルの全身を包み込む。光の粒子が螺旋を描きながら彼女の周囲を舞い踊り、やがて収束していく過程で、彼女の姿が劇的に変化した。普段の温泉宿での制服が光となって舞い散り、代わりに現れたのは茶色とピンクを基調とした愛らしい魔法少女衣装だった。
膝丈の茶色のプリーツスカートは動きやすさを重視したデザインで、裾にはピンク色のフリルが施されている。白いブラウスの胸元には大地を象徴する翡翠色のブローチが輝き、その周囲に小さな土の結晶が踊るように浮遊していた。茶色のニーハイソックスとピンクのリボンで装飾されたブーツが、彼女の小さな足を美しく包んでいる。頭のお団子も、魔法の力でより華やかに結い上げられ、大地の花々が髪飾りとして咲いていた。
「土と大地の魔法少女、ルル・ポムポム!」
彼女が元気いっぱいに名乗りを上げ、右手で杖を構え、左手を腰に当てる決めポーズを取る。そして――
「みんなを守るために、ルル、頑張る〜!」
最後の決め台詞と共に、杖が彼女の身長ほどの大きさに成長し、先端部分に土の魔法陣が美しく輝いている。その姿は確かに愛らしく、観客席からも温かい拍手が起こった。しかし、俺の心には不安が募る。あの小さな身体で、本当にクラリーチェと戦えるのだろうか。
「ほほう、なかなか可愛らしい変身じゃな」
クラリーチェが手を叩きながら、まるで子供の発表会を見守る教師のような表情を見せる。しかし、その瞳の奥には明らかに嘲笑の光が宿っていた。
「じゃが、小さなお嬢様、その愛らしい衣装も、その天真爛漫な笑顔も、全て無意味じゃ。現実の厳しさを、たっぷりと教えてやろう」
ルルは臆することなく杖を構え直した。
「ルル、負けない! みんなの仇を取るの! アースクエイク・マキシマム!」
ルルが渾身の力を込めて杖を舞台の床に叩きつけた。瞬間、大地の精霊の力が爆発的に解放され、舞台全体が激しい地震に見舞われる。これまでで最も威力のある攻撃で、舞台装置の残骸が跳ね上がり、観客席までその震動が伝わった。俺は蔦に拘束されながらも、その威力に感嘆する。確かにルルの魔法は強力だった。
しかし、クラリーチェは微動だにしなかった。まるで大地の怒りなど微風程度の認識らしく、美しい髪一筋すら揺れていない。
「ふぁ〜あ」
クラリーチェが大きなあくびをした。まるで退屈しているかのような態度で、ルルの必殺級の攻撃を受けている。
「小さなお嬢様の地震ごっこは、それで終わりか? 少々物足りないのう」
そして片手をひらりと振っただけで、激しい地震がぴたりと止まった。
「そんな! ルルの最大攻撃が……」
ルルの顔に初めて困惑の色が浮かんだ。しかし、彼女は諦めなかった。温泉宿の娘として培った粘り強さで、次の攻撃を準備する。
「だったら、これはどう! ロックスライド・ハリケーン!」
ルルが杖を大きく振り回すと、舞台の床が大きく隆起し、巨大な岩石の塊が無数に現れた。それらが竜巻のような軌道を描きながら、クラリーチェに襲いかかる。岩石一つ一つが人の頭ほどもあり、その威力は建物を破壊するほどだった。
「おお、今度は岩石か。なかなか豪快じゃな」
クラリーチェが感心したように頷く。しかし、やはり余裕の表情は変わらない。
「じゃが……」
クラリーチェが軽く指を弾いた。それだけで、襲いかかる岩石の塊がすべて粉々に砕け散ってしまう。まるで風船を割るような簡単さで、ルルの攻撃を無効化してしまった。
「嘘……そんな……」
ルルが信じられないという表情を浮かべた。これまで誇りにしてきた土の魔法が、まるで子供の遊戯のように扱われている。
「でも……でも、ルルはまだ諦めない! みんなを助けるために! ガイア・テンペスト・フィナーレ!」
ルルが最後の切り札を繰り出した。舞台全体を巻き込む巨大な土砂の嵐で、茶色とピンクの光が舞台を包み込む。大地の怒りが具現化したような圧倒的な威力で、これまでの攻撃とは次元が違っていた。観客席からも驚嘆の声が上がるほどの美しい光景だった。
しかし――
「無意味じゃ」
クラリーチェがため息をついた。土砂の嵐が彼女に触れる瞬間、すべての攻撃が霧のように消散してしまう。まるで幻だったかのように、何事もなかったかのような静寂が舞台を支配した。
「これで終わりか? 随分とあっけないのう。所詮は子供の戯れじゃ」
クラリーチェの冷酷な言葉に、ルルの身体が震えた。膝をつき、息も絶え絶えの状態だった。魔力を使い果たし、もう立ち上がることすら困難な状況だった。
「ルル、負けない……絶対に……」
それでも彼女は歯を食いしばって立ち上がろうとする。温泉宿の娘としての誇りと、仲間への想いが、彼女を支えていた。
「感心じゃな。その諦めの悪さ、嫌いではないぞ」
クラリーチェが楽しそうに微笑んだ。その笑顔には、明らかに次の悪戯への期待が込められていた。
「小さなお嬢様には、特別なご褒美を用意してやろう」