(18)ざまぁで打ちのめされた女王のその後
「さあ、次は結界を見に行きましょう!」ミュウが言った。
三人は村の外周部に向かって歩き始めた。道中、村人たちが次々と俺に挨拶をしてくる。老婆が手作りのパンを差し出し、鍛冶屋の親父が「いつでも武器の修理を」と声をかけ、若い母親たちは赤ん坊を俺に見せたがる。昨日の劇的な展開を経て、すっかり俺は村の英雄になっていた。
村の外周に到着すると、俺たちの前に集まってきた村の若い男性たちが、熱心に話しかけてきた。
「武流様、僕たちにも何か教えてください!」若い農夫が恭しく頭を下げた。
「魔獣と戦う技を学びたいんです!」
「俺たちだって村を守りたいんです」別の男性が熱心に言う。
彼らの目には、長年抑圧されてきた男たちの切実な願いが込められていた。俺は彼らの肩に手を置き、笑顔で答えた。
「もちろんだ。みんなで村を守るための特訓をしよう」
彼らの顔が輝いた。おそらく生まれて初めて、男としての価値を認められたのだろう。
俺は彼らの熱意に心を動かされた。スーツアクターとしての経験は、若手の指導にも役立つはずだ。技術だけでなく心構えも教えられる。それこそが、この世界で俺にできることなのかもしれない。
「リリア、ミュウ。男性たちの特訓も計画に入れよう」
二人はすぐに頷いた。この村の秩序が変わる瞬間に、俺たちは立ち会っている。
村の外周部を歩きながら、リリアが俺に説明を始めた。
「ここから先が結界の範囲だよ」彼女は村の外れにある、竹で編まれた柵と木の門を指さした。「普段は見えないけど、ちょっとだけ見せてあげる」
リリアは歩み寄ると、小さな息を吸い込み、集中した様子で竹の柵に指先に触れた。彼女の指から微かな光が漏れ、それが空気中に広がっていく。すると、一瞬だけ村全体を包み込む透明な膜のようなものが青く浮かび上がった。膜は所々で波打ち、暗い部分が点在している。
「これが結界なのです」ミュウが説明した。「魔法姫の魔力で生成された保護膜なのです。魔獣が近づくと警報が鳴るのです」
「昨日から結界が弱くなってるんだよね」リリアが少し悲しげに言った。「ボクの魔力が使えなくなったから…」
「そうなのです。エレノア様一人では維持が難しくなっているのです」
「ミュウ、お前の魔力は?」
「わたくしはまだ魔力が弱く、結界を生み出せるほどの力はないのです」
俺は消えていく結界の跡を見つめた。村の安全を守るのは、魔法姫の命をかけた仕事なのだ。リリアの力が失われた今、村の防衛は危うくなっている。やはり彼女たちを鍛え、力を高めることは急務だ。
「ところで、二人は一緒に住んでるのか?」俺は気になって尋ねた。
「いいえ」ミュウが首を横に振る。「わたくしは村の南側に小さな家があるのです。リリア様とエレノア様は王族用の邸宅にお住まいなのです」
「そうか」俺は頷いた。「エレノアは元気になったのかな?」
二人の表情が曇った。
「お姉様、まだ部屋から出てこないよ」リリアが心配そうに言う。「朝食も食べなかったみたい……」
「そうなのです。エレノア様は昨日のことで相当打ちのめされたようなのです」
エレノアのことが気になった。昨日、村人たちの前で男たちに謝罪させた光景が思い浮かぶ。地面に額をつけるほど下げ、両手をついて謝罪するあの姿。破れたスカートから素肌や濡れた下着が丸見えになり、震える腰。透けたレースの下着越しに最も恥ずかしい部分を村中の人々に晒された彼女の屈辱は、想像を絶するものだったに違いない。
あまりにも一方的に彼女を打ちのめしたことで、逆効果になってしまったのだろうか。魔法姫として保っていたプライドを完全に破壊してしまったことを、俺は少し後悔していた。
「彼女に会いに行きたい」俺は言った。「今、行っても大丈夫かな?」
リリアとミュウは顔を見合わせた。
「行ってみようよ!」リリアが元気づけるように言った。「お姉様、師匠と話せば元気になるかもしれないよ!」
「わたくしも同感なのです」ミュウも頷いた。
そして三人は、村の中心部から少し離れた場所にある立派な邸宅へと向かった。
エレノアとリリアが住む家は、さすがに王族の住まいだけあって格式があった。二階建ての石造りの建物で、周囲には美しい庭園が広がっている。入口には紋章が刻まれた扉があり、窓には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれていた。
「ここがお姉様とボクの家だよ!」リリアが扉を開けながら言った。「師匠、遠慮しないで入ってよ!」
玄関を抜けると、居心地の良いロビーがあり、そこから螺旋階段が二階へと続いている。壁には過去の魔法姫らしき肖像画が飾られ、床には柔らかな絨毯が敷かれていた。
「お姉様の部屋は二階の一番奥だよ」リリアが階段を指さした。「ボクが呼んでくるね」
リリアが階段を駆け上がる間、俺とミュウは一階のロビーで待っていた。
「エレノア様は本当は優しい方なのです」ミュウが小さな声で言った。「高圧的な態度の裏には、深い理由があるのです……」
「そうなのか?」
「はい。エレノア様は常にリリア様を守ってきたのです。村でも王族としての誇りを失わず、魔法姫として魔獣と戦い続けてきたのです」
俺は考え込んだ。エレノアの高慢な態度の裏には、彼女なりの苦悩があるのだろう。昨日、あれほど屈辱を与えたことで、その苦悩をさらに深めてしまったのかもしれない。
リリアが階段を降りてきた。
「お姉様、部屋から出てこないよ。でも、ドア越しに話すことはできるって」
三人で二階に上がり、廊下の一番奥にある扉の前に立った。
「お姉様、師匠が来たよ」リリアがドアをノックした。
「何の用?」
ドア越しに聞こえるエレノアの声は、かすれていた。
「話がある」俺は静かに言った。
「話?」エレノアの声が冷たくなる。「あなたは私を嘲笑いに来たのね?」
「そうじゃない。昨日のことを……」
「放っておいて」彼女の声が震えた。「あなたの顔は見たくない」
「エレノア、昨日は俺もやりすぎた。謝りたいんだ」
「謝る?」彼女の声には皮肉が混じる。「あなたが謝ることなんてあるの? 村の英雄様が?」
「俺だって間違いはする。リリアが襲われたのも、俺がもっと注意していれば防げたかもしれない」
エレノアが黙り込んだ。しばらくして、かすかな声が漏れた。
「……そうね、リリアが魔獣に襲われたのは、あなたのせいでもあるわ。だから、私はあなたを許したわけじゃない」
その言葉には、怒りと共に正体不明の痛みが滲んでいた。
「だからこそ、力を合わせようって提案なんだ」俺は扉に近づいた。「お前の力が必要だ。この村を守るために」
「私の力?」エレノアが小さく笑った。「私の力なんて、あなたには不要でしょう? あなたは……光の勇者なんだから」
最後の部分は、まるで呪いの言葉のように発せられた。
「あなたの強さは認めるわ」彼女は静かに続けた。「だけど、私があなたに罪を着せたことを謝るつもりはないし、あなたを師匠と呼ぶつもりもない。それだけよ」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
俺はため息をついた。「やれやれ……」
ドアの向こうで、エレノアが小さく息をする音が聞こえた。彼女の心の闇は、想像以上に深いようだ。彼女はまだ俺を拒絶している。だが、この世界を支配するには、三人の魔法少女の中で最強のエレノアの力は欠かせない。彼女の心を開く方法を見つけなければ。
「わかった。無理強いはしない。だが、いつでも話を聞く準備はある」
俺は踵を返すと、リリアとミュウに目配せした。
「お姉様、今夜の王都のお祭りのことだけど……」リリアが再びドアに向かって言った。「ボク、師匠と行くことにしたよ」
「……好きにすれば?」エレノアの声は力なく響いた。
三人は一階に戻った。俺の胸の内には、エレノアに対する複雑な感情が渦巻いていた。彼女を屈服させた満足感と、彼女を傷つけた後悔。そして彼女の秘密を知りたいという好奇心――。