(174)魔法少女狩り[3]〜アイリーン、知識の敗北〜
「次は、知的な美少女の番じゃな」
クラリーチェの冷酷な視線が、アイリーンに向けられた。アイリーンは眼鏡のフレームに付いた埃を払いながら、震える手で愛用の魔法書『グリモワール・アカデミア』を構え直していた。先ほどステラが星型オブジェに突っ込んで悲鳴を上げている光景を目の当たりにし、彼女の瞳の奥には怒りと屈辱の炎が燃え上がっていた。
「許せません......」
アイリーンが呟いた。その声には、普段の理知的な冷静さは微塵もない。眼鏡の奥の瞳が、復讐心と義憤で歪んでいる。
「ステラさんを......私たちの仲間を、あんな屈辱的な目に遭わせるなんて......!」
『魔法少女カフェ☆スターライト』での厳しい審査を乗り越え、クラリーチェの評価さえも覆した実績を持つ彼女だった。生徒会長として、店長として、数々の困難を責任感で克服してきた。しかし、目の前で繰り広げられる残酷な光景は、その全ての成功体験を嘲笑うかのようだった。
「理論的に考えても、あなたの魔法には必ず弱点があるはずです! 私の知識があれば、必ずその弱点を見つけ出します!」
アイリーンは瞬時に魔法少女に変身した。
「知識と戦略の守護者......魔法少女アイリーン・グリモワール!」
アイリーンが『グリモワール・アカデミア』を頭上高く掲げると、魔法書が青白い光を放って宙に浮上した。いつものホログラム画面が空中に展開され、複雑な数式と魔法陣が踊るように現れる。しかし、今回の彼女の魔法には、これまでにない激情が込められていた。
「グリモワール・アカデミア、戦闘モード最大出力で起動! 対象:クラリーチェ・スターヘイズン! 脅威レベル:最高危険度!」
魔法書から発せられる機械的な音声にも、どこか緊迫感が漂っている。アイリーンの感情の高ぶりが、魔法書の演算処理能力にまで影響を与えているようだった。
「スキャン開始......対象分析......深淵魔法使用者、推定年齢不明、魔力レベル......測定不能」
「測定不能ですって?」
アイリーンが困惑した。これまで彼女の魔法書が分析できなかった相手など存在しなかった。どんな強敵でも、理論的なアプローチで必ず攻略法を見つけ出してきたのに。
「推奨戦術......データ不足により算出不可能。警告、警告、対象の魔力パターンが既知の範囲を超越しています」
魔法書の警告音が鳴り響く中、アイリーンは歯を食いしばった。
「データが不足しているなら......実戦で収集すればいい! 第一章:多元同時攻撃術『エレメンタル・フォース・マキシマム』発動!」
四つの属性の魔力が螺旋を描きながら、精密に計算された軌道でクラリーチェに収束していく。火、水、風、土の四大元素が一つになって放たれるその攻撃は、アイリーンの知識と理論、そして魔法への深い愛情が詰まった完璧な攻撃魔法だった。威力、精度、速度のすべてが最高レベルに調整されている。
しかし、クラリーチェは芸術作品を鑑賞するかのような優雅な表情で、その攻撃を眺めていた。十七歳の美少女らしい気品ある立ち振る舞いに、どこか教師が生徒の努力を見守るような慈愛すら感じられる。
「知識と理論か――素晴らしい。わらわは、そういった完璧な計算式が大好きじゃ」
クラリーチェが優雅に片手を上げると、アイリーンの四大元素攻撃が空中で静止した。まるで時間が止まったかのように、炎も水も風も土も、すべてがクラリーチェの掌の前で動きを封じられている。
「しかし、お嬢様――」
クラリーチェの美しい瞳に、教育的指導の光が宿った。
「この世の摂理は、おぬしの知識だけでは計り知れぬ。現実というものは、そう甘くはないのじゃよ」
「そんな......私の完璧な計算式が......」
アイリーンが愕然とする間に、静止していた四大元素が逆流を始めた。火は氷に、水は蒸気に、風は真空に、土は砂塵に変化し、すべてがアイリーン自身に向かって襲いかかる。
「きゃああああ!」
自分自身の魔法に追い詰められたアイリーンは、慌てて回避行動を取ろうとしたが、足がもつれて派手に転倒してしまった。
「あっ!」
スカートが大きく捲れ上がり、慌てて押さえる彼女の姿を、観客席から千人を超える観衆が注視している。しかし、観客たちは相変わらずこれを演出の一部だと思い込んでおり、アイリーンの屈辱的な状況に気づいていない。
「でも......でも、これくらいで諦めません!」
アイリーンが立ち上がりながら、さらに強力な魔法を発動させた。生徒会長としての誇り、店長として困難を乗り越えた実績、そして何より――ステラの無様な姿への怒りが、彼女を奮い立たせる。
「第二章:重力操作術『グラビティ・チェイン・アルティメット』発動!」
無数の紫色の鎖が空中に現れ、それらがクラリーチェを拘束しようと襲いかかった。重力を操る魔法により、その鎖は通常の物理法則を超越した動きでクラリーチェを包囲する。理論上は、どんな相手でも拘束可能な必殺技だった。
「ほほう、重力操作とは。なかなか高等な魔法を使うではないか」
クラリーチェが感心したように頷く。しかし、その表情には余裕しか見えない。
「じゃが――」
クラリーチェが指先を軽く弾いた瞬間、アイリーンの重力鎖がすべて逆転し、彼女自身を縛り上げ始めた。
「な、なぜ!? 私の重力制御が――」
「深淵魔法――知識の逆襲」
クラリーチェの口から、冷酷な宣告が響いた。
「おぬしの魔法書に記録されたすべての知識、すべての理論――それらを逆手に取って、おぬし自身を攻撃してやろう」
アイリーンの愛用の魔法書『グリモワール・アカデミア』から、無数のページが舞い散り始めた。それらは生き物のように蠢き、アイリーンの身体に絡みついていく。彼女が長年蓄積してきた知識の結晶である魔法書が、今や彼女自身を苦しめる道具と化していた。
「やめて......お願い、やめて......」
アイリーンが必死に抵抗するが、紙でできた拘束具は彼女の自由を完全に奪っていく。魔法書のページが彼女の制服に絡みつき、ブレザーのボタンが次々と外されていく。
「きゃー! やめて! 服が――」
上品なブラウスの裾が引き上げられ、白いブラジャーが露わになってしまう。アイリーンは顔を真っ赤にして体を隠そうとするが、魔法書のページに拘束されて身動きが取れない。
しかし、クラリーチェの悪戯はそれで終わらなかった。
「知識に溺れた者には、相応の罰が必要じゃな。その高慢さを砕いてやろう」
浮遊していた魔法書のページの一枚が、アイリーンの眼鏡に向かって飛んできた。
「あっ! 眼鏡が――」
銀縁の眼鏡が顔から外れ、舞台の向こう側まで弾き飛ばされてしまう。近視のアイリーンには、周囲のすべてがぼやけて見えなくなった。
「眼鏡......眼鏡を返して......!」
視界を失ったアイリーンは、魔法書のページによる拘束から必死に脱出しようと暴れ回った。しかし、その動きは完全に的外れで、ますます滑稽な状況を作り出してしまう。制服の乱れはさらに酷くなり、スカートの中身も観客席から丸見えになってしまった。
「わ、私の眼鏡......どこ......どこにあるの......」
四つん這いになって眼鏡を探すアイリーンの姿は、普段の知的で高飛車なイメージとは正反対の、惨めで無様な光景だった。彼女の誇りである理知的な美しさは完全に失われ、ただの助けを求める少女になり下がっていた。
「これが知識の限界じゃ」
クラリーチェが教師のような口調で宣告する。
「いくら理論を積み重ねようとも、現実の前では無力。おぬしの完璧な計算式も、わらわの前では児戯に等しい」