(17)光の勇者、大歓迎される
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました。
「ここは……」
一瞬、自分がどこにいるのか混乱した。昨日の夕方、村人たちの熱狂的な歓迎の中、この家に案内されたところまでは覚えている。そのあとは疲労のためか、ベッドに倒れ込んだきり朝になっていた。
あの歓迎ぶりは圧巻だった。村の広場に集まった人々が、「光の勇者様!」「アポロナイト様!」「武流様!」と、声を揃えて叫んでいた。老若男女が花を投げ、子供たちは駆け寄って俺と握手しようとする。村の若い女性たちはキャッキャと声を上げ、男性たちは憧れのまなざしを向ける。
生まれて初めての経験だった。特撮の現場では、アポロナイトとして子供たちに声援を受けることはあったが、それは常に「アポロナイト」への応援であって、素顔の俺への応援ではなかった。スーツを着なければ、誰も俺のことなど見向きもしない。それが当たり前だった。
特に朝倉明日香の一件で理不尽な扱いを受けた後では、人から称えられるなんて想像もしていなかった。二十年の功績が水泡に帰し、肩身の狭い思いで去るしかなかったあの現場を思い出すと、この村での待遇は夢のようだ。
そして村の最上級の家を用意する、とロザリンダが告げたときには、村全体から拍手が湧き起こった。
俺は窓から差し込む朝日を浴びながら、周囲を見回した。
豪勢な寝室だ。天井まで届く書棚、彫刻が施された立派な机と椅子、そして何より大きな寝台。絹のようなシーツの感触が心地よい。壁には美しいタペストリーが飾られ、床には柔らかな絨毯が敷かれている。部屋の隅には暖炉があり、今は火が消えているが、夜間は心地よく暖めてくれたに違いない。
「よし、まずは簡単な基礎訓練の計画を立てるか」
俺は起き上がり、机に向かって特訓計画を考え始めた。リリアは基礎がなってない。まず受け身と体幹強化から始めるべきだろう。ミュウはまだ戦う姿を見たことはないが、エレノアやリリアに勝る魔法少女とは思えない。エレノアは……彼女の場合は心身ともに立て直す必要がある。
そして何より、俺自身が反省すべき点もある。あの時もっと注意していれば、リリアは魔獣に襲われることはなかったかもしれない。彼女が純潔を奪われたのは、間接的にではあるが俺の責任だ。罪滅ぼしのためにも、彼女たちの力になりたい。
同時に、冷静に考えると、この三人の魔法少女との関係を築くことが、この世界で力を得るための鍵になるだろう。彼女たちを利用できれば、この世界を支配する足がかりになる。特にリリアを再び魔法姫に変身できるようにする方法が見つかれば……
ドアをノックする音に、俺は思考から引き戻された。
「師匠! 起きてる?」
リリアの明るい声だ。
「ああ、起きてるよ」
ドアが勢いよく開き、リリアが元気よく飛び込んできた。彼女は昨日と同じブレザー制服姿だが、袖に小さな花の刺繍が施され、首元のリボンも新しいものに変わっていた。
「おはようなのです、武流様!」
リリアの後ろからミュウが顔を覗かせる。彼女は黒い上着に白い襟元、ミニスカートというシンプルな服装だが、猫耳と尻尾があることで独特な雰囲気を醸し出していた。
「おはよう、リリア、ミュウ」
「今日はボクたちが師匠に村を案内するよ!」リリアが弾むような声で言った。「いっぱい見るところがあるんだから!」
「わたくしたちが武流様の専属ガイドなのです」ミュウの猫耳が期待に震えている。
「ありがとう。だが、今日から特訓を始めようと思ってたんだ。受け身と体幹強化から……」
「特訓は明日からで!」リリアが断言した。「今日は村の案内! ボクたちの言うことを聞いてよ、師匠!」
「そうなのです!」ミュウも同調する。「武流様が村のことを知らないと、ここで生活する上で不便なのです!」
「まあ、それもそうだな」俺は降参のポーズをとった。「よろしく頼むよ。だが、その前に朝食かな?」
「もう用意してあるのです!」ミュウが嬉しそうに言った。「わたくしが朝一番に料理を作ってきたのです!」
「ボクも手伝ったよ!」リリアが割って入る。「パンとジャムはボクが用意したんだから!」
二人は何かを競うように、俺の表情を窺っている。なんだか猫と犬の張り合いを見ているようで、思わず苦笑してしまった。
「ありがとう。二人とも親切だな」
俺の言葉に、リリアとミュウは小さく「えへへ」と照れた笑みを浮かべた。
朝食を食べ終えると、二人は早速村の案内を始めた。
「その前に、頼みがある」俺は真剣な表情でロザリンダに言った。彼女も朝食に同席していた。「アポロナイトの正体は、できれば村の外には広めないでほしい」
「どうしてでしょう?」ロザリンダが穏やかに尋ねた。
「まだこの世界のことが十分にわからない。正体を明かすことでひとまず村人たちの信頼は得たが、それが村の外まで知られると厄介なことになるかもしれない」
『蒼光剣アポロナイト』の世界でも、数あるヒーローもの同様、主人公はごく一部の人々にしか正体を明かしていなかった。ヒーローとはそういうものだ。
ロザリンダは理解したように頷いた。「わかりました。村の者たちにも伝えておきましょう」
「ありがとう」
そう言うと、俺は村を案内してもらうため、出発した。
村は想像以上に大きく、整然としていた。中央には広場と泉があり、その周りを取り囲むように家々が建ち並んでいる。木造の家が多いが、石造りの頑丈な建物もいくつか見えた。道は舗装され、花壇や小さな庭園が美しく整備されている。
文化的には中世ヨーロッパのような雰囲気だ。石臼を使って小麦を挽く製粉所や、鍛冶屋の工房から響く金属音、村はずれの酪農家の牛舎、染物師の干された色鮮やかな布。たくましい職人たちが忙しく働いている姿は、どこか懐かしさを感じさせる。
この村全体を、たった三人の魔法少女が魔獣から守っているというのだから驚きだ。昨日のエレノアのリリアの戦いを考えると、とても彼女たちだけで魔獣に太刀打ちできるとは思えない。
「今までお前たちだけで魔獣を倒してきたのか?」
リリアの表情がやや曇る。「うん、なんとかね……」
「なんとか……?」
「最近魔獣がどんどん強くなっていて……昨日みたいな恐ろしいやつ、初めてだよ」
「魔獣はどこから現れるんだ?」
「スターフェリアの外から侵入してくるのは分かってるけど……詳しい生態はわかっていないんだ」
この世界を蹂躙し、魔法少女の純潔を奪う謎の魔獣か……。敵に対処するためには、もう少し情報が必要だな。
「ここが魔法の修練場!」
リリアは村の東側にある円形の広場を指さした。地面には複雑な模様が描かれ、周囲には小さな石柱が立っている。
「わたくしたちはここで魔法の練習をするのです」ミュウが説明した。「でも、基礎訓練なので、本格的な戦闘訓練はできないのです」
「なるほど」俺は頷いた。「明日からここで特訓を始めよう」
「やったー!」リリアは両手を挙げて喜んだ。「ボク、師匠の特訓、楽しみにしてるよ!」
「わたくしも頑張るのです!」ミュウも負けじと宣言した。
リリアがミュウの肩をポンと叩いた。「ミュウちゃん、師匠についていけるかな?」
「リリア様こそ、大丈夫なのですか?」ミュウが心配そうに言う。「魔力が使えない状態で……」
リリアの表情が一瞬曇ったが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。「大丈夫だよ! ボク、魔力なしでも頑張るから!」
俺は二人の会話に耳を傾けながら、リリアの状況を改めて認識した。純潔を奪われたことで、彼女はもう魔法姫に変身できない。魔力も使えないのだ。にもかかわらず、彼女は自分の境遇を嘆くことなく、前向きに努力しようとしている。その健気な姿勢に、俺は内心感心した。
「ねえミュウちゃん、師匠にはどっちのルートを案内する?」リリアが尋ねる。
「そうですね、やはり湖畔の道でしょうか?」ミュウが猫耳をピクピクと動かす。
「そうだね! じゃあボクは村の北側を担当するね!」
二人の会話からは、長年の友情が感じられた。ミュウはリリアに「リリア様」と敬意を示しながらも、互いに打ち解けた様子だ。王族の魔法姫と、普通の魔法少女。立場は大きく違えど、二人の間には確かな絆があるようだった。
「リリア様とわたくしは小さい頃からの友達なのです」ミュウが俺に説明する。「わたくしがこの村に来たとき、リリア様だけが猫耳を怖がらずに近づいてくれたのです」
「ボクはミュウちゃんの猫耳、可愛いと思ったんだよね」リリアが嬉しそうに言った。
二人は互いに肩を寄せ合い、くすくす笑う。その様子は姉妹のようだった。