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(165)歌劇初日、それぞれの想い

第6章、開幕です! 引き続き、お楽しみください。

 野外劇場に響く、慌ただしい足音。


 ついに、この日がやってきた。魔法少女歌劇団『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』の記念すべき初日公演である。


 一か月間の準備期間、数え切れないタイムループの苦悩、そしてクラリーチェとの命懸けの戦い――すべてを乗り越えて迎えた、この特別な朝。俺の心は感慨と期待で満たされていた。


 温泉地の自然に囲まれた円形の野外劇場は、古代ギリシャの円形劇場を思わせる美しい造りで完成していた。石造りの客席は最大五百人を収容でき、舞台中央には星をモチーフにした装飾が施されている。セシリアの行政手腕と町民たちの協力により、短期間でこれほど立派な劇場が建設されたのは奇跡に近かった。


 公演開始まで、あと二時間。


 既に会場の周辺には、スターフェリア全土から集まった観客たちの姿があった。家族連れ、恋人同士、友人グループ――老若男女を問わず、この世界初の歌劇への期待に胸を躍らせている。彼らの話し声や笑い声が、春の陽気と共に劇場全体を包んでいた。


「すごい人だね、師匠」


 舞台裏から会場を覗いていたリリアが、興奮を隠しきれない様子で俺に声をかけてきた。主人公ルミナ役の衣装に身を包んだ彼女は、緊張と期待で頬を紅潮させている。


「本当に、こんなにたくさんの人がボクたちの歌劇を見に来てくれるなんて」


 リリアの瞳には、嬉しさと同時に責任の重さを感じているような光が宿っていた。変身できない身でありながら、主役を演じる重圧。一か月間の稽古で培った演技力を、ついに観客の前で披露する時が来たのだ。


「わたくし、とても緊張するのです」


 風と音の妖精役の衣装を着たミュウが、猫耳をピクピクと震わせながら近づいてきた。緑と白のドレス風衣装が彼女の可憐さを引き立てている。


「でも、師匠がいてくださるから、きっと大丈夫なのです。わたくし、師匠のために一番美しい歌声を聞かせてみせるのです」


 ミュウの純粋な想いに、俺の胸は温かくなった。彼女の歌声は確実にこの一か月で向上し、聞く者の心を癒す力を身につけている。


「エレノア様〜。お美しいです」


 楽屋の奥から、ケインの感嘆の声が響いてきた。氷の女王役の衣装に身を包んだエレノアが現れると、その場の空気が一変した。青銀色の華麗な衣装、氷の結晶のような装飾――まさに気品ある女王の風格を漂わせている。昨日、クラリーチェにあれだけ辱められ、痛めつけられたのが嘘のようだ。


「エレノア様のお姿、まるで本物の氷の女王のようです」ルークが優雅に膝をついて賞賛する。


「完璧なまでの美しさです」サイモンも眼鏡を光らせながら感嘆していた。


「だから、そんなに大げさに言わないでって」エレノアが照れたような表情を見せるが、その瞳には確固たる決意が宿っている。


 王族としての誇りを捨て、一人の演者として舞台に立つ決意。過去の苦悩を背負った複雑な役柄を、彼女なら見事に演じ切ってくれるだろう。


「師匠! 自分も準備万端です!」


 風の精霊役の衣装を着たステラが、エネルギッシュに駆け寄ってきた。青と白を基調とした動きやすい衣装が、彼女の活発さを表現している。


「風の魔法と演技の融合、完璧に仕上げました! 今日はお客様に最高のパフォーマンスを見せてやります!」


「理論的に考えても、私たちの準備は完璧です」


 賢者役の衣装を着たアイリーンが、深い紫色のローブを纏いながら自信に満ちた表情で頷いた。眼鏡の奥の瞳には、知的な輝きと共に舞台への期待が宿っている。


「一か月間の稽古の成果を、必ず観客の皆様にお見せします」


「ルルも頑張るよ〜♪」


 小さな体に精一杯の大きな声で、ルルが気合いを入れていた。大地の精霊役の衣装が、彼女の天真爛漫さを際立たせている。


「みんなで力を合わせて、最高の歌劇にするんだ〜♪」


「武流先生〜♪ 私たちも準備完了ですわ〜♪」


 リュウカ先生が電撃を纏いながら、興奮した様子で声をかけてきた。魔獣役の着ぐるみから頭だけ出している彼女の表情には、舞台への期待と若干の不安が混じり合っていた。


「愛の雷で、観客の皆様の心に電撃を与えてみせますわ〜♪」


「素晴らしい意気込みですね」


 いわゆるプロデューサーのポジションとして歌劇に協力してくれたセシリアも現れ、満足そうに頷いた。


「この歌劇が成功すれば、我が町の名前もスターフェリア全土に知れ渡るでしょう。文化的な町として、新たな歴史を刻むことができます」


 俺は魔法少女たちの熱意に満ちた表情を見回しながら、深い感慨に浸っていた。


 あのタイムループの地獄から、ついにここまで辿り着くことができた。数え切れないほどの失敗と絶望を乗り越え、真実を見抜き、仲間たちと共に勝利を掴んだ。そして今、彼女たちと共に迎えた真の初日公演。


 この感動を、俺は生涯忘れることはないだろう。


 俺は魔法少女たちを見つめながら言った。「みんな、一か月間の努力の成果を、存分に発揮してくれ」


「はい! 師匠!」


 魔法少女たちが一斉に答える。その声には、不安よりも期待の方が大きく表れていた。


 俺は心の中で、亡きアリエル・フロストヘイヴンのことを思い出していた。あの光の空間で交わした会話、彼女から受けた試練、そして最後の忠告――。


 アリエルの言葉は、確かに俺を真実へと導いてくれた。魔獣によるエレノアのなりすましを見破ることができたのも、彼女のおかげだった。


 しかし、重要なことを聞き損ねてしまった。


 アステリアとの契約について。『星見の間』の在り処について。そして、リリアの魔力回復について――。


 本来、アリエルの試練を乗り越えるべきだったのは、俺ではなくリリアだったのではないか。深淵魔法を習得し、アステリアと契約するのは、王族の血を引く彼女たちの役目だ。


 特に、変身能力を失ったリリアこそが、アステリアとの契約によって魔力を取り戻すべき存在だろう。彼女の純粋な想いと、魔法姫として再び戦いたいという強い願いは、きっとアステリアの心にも届くはずだ。


 しかし、『星見の間』がどこにあるのか、そして、どうやってアステリアと契約すればいいのか――その具体的な方法を、俺はアリエルに聞くことができなかった。ロザリンダとエレノアの三人の弟子たちが地下書庫で調べ続けてくれているが、まだ決定的な手がかりは見つかっていない。


 だが、今はそれらの謎よりも、目の前の歌劇に集中しなければならない。


 魔法少女たちが一か月間、心血を注いで準備してきた舞台。この世界に新しい文化を根付かせる、歴史的な第一歩。そして、俺自身の異世界での新たな挑戦――。


 すべてを成功させるために、俺は最後まで気を抜くわけにはいかない。


 客席では、観客たちの期待が高まっていく。家族連れの中には、子供たちが興奮して騒いでいる姿も見える。恋人同士は手を繋ぎ、この特別な時間を共有しようとしている。友人グループは、これから始まる未知の体験に胸を躍らせている。


 すべての人々が、魔法少女歌劇団の公演を心待ちにしてくれている。その期待に応えるためにも、俺たちは最高の舞台を作り上げなければならない。


 俺は深く息を吸い込んだ。


 いよいよだ。この世界初の歌劇が、今始まろうとしている。

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