番外編●クラリーチェの偽エレノアおしおき育成記(4)羞恥心とは…♡
「屈辱の表情……?」
偽エレノアが困惑している。
「そうじゃ! 王族出身である気高き魔法姫が、これほどの辱めを受けているのじゃぞ? 本物のエレノアならば耐えられないはずじゃ! ほれ! 恥ずかしがれ!」
「えーっと……『きゃー?』」
偽エレノアが演技で恥ずかしがってみせるが、その反応はあまりにも薄っぺらく、演技臭かった。
クラリーチェは愕然とした。
「もしやおぬし……屈辱という感情がわからんのか?」
魔獣である偽エレノアには、この状況の羞恥的な意味が完全には理解できないのだった。
「……つまらぬ」
クラリーチェの表情が急に冷めた。
確かに見た目はエレノアそのものだが、反応があまりにも違いすぎる。本物のエレノアなら、このような状況に置かれれば誇り高い性格ゆえに激しく抵抗し、同時に深い屈辱を感じるはずだ。
しかし、この偽物は状況を理解しておらず、ただ演技で反応しているだけ。そこには本物の感情がない。
「やはり偽物は偽物じゃな」
クラリーチェが失望を隠さずにため息をつく。
「魂がない演技など、見ていても面白くもなんともない」
しかし、ここで止めるわけにはいかない。
「よいか、シェイプシフター。おぬしが演じるエレノアは、もっと誇り高く、もっと激情的な女なのじゃ。そのエレノアがこれほどの責め苦を受けているのじゃぞ?」
「は、はい……」
「強がりを見せつつも、屈辱に耐えきれずに悲鳴を上げるはずじゃ。さあ、やってみよ」
「うーん……こんな感じでしょうか? 『いやぁ〜〜〜ん』」
偽エレノアが演技で抵抗してみせるが、やはりその反応は薄い。
「何じゃ、その棒読み演技は! もっとじゃ! もっと激しく抵抗せよ!」
クラリーチェの指導が熱を帯びてくる。
「そもそもエレノアは簡単に『いやぁ〜〜〜ん』などとは叫ばん! あの女なら、このような状況でも『あなたなんかに屈服するものですか!』と叫んで抵抗するはずじゃ!」
「あなたなんかに屈服するものですか!」
偽エレノアが言われた通りに叫ぶが、その声には迫力がない。
「感情がこもっておらぬ! もっと憎悪を込めて叫ぶのじゃ!」
クラリーチェの指導は次第にエスカレートしていく。
虚空結界の中で、偽エレノアは既に限界に達していた。
魔法衣装はボロボロに破れ、美しい銀青色の髪は汗と涙で乱れている。それでもクラリーチェの「指導」は続いていた。
「まだじゃ! 本物のエレノアは、これしきで諦めたりせぬ!」
クラリーチェの声は既に指導者のものではなく、完全にサディスティックな快楽に浸った支配者のものになっていた。
「もっと誇り高く! もっと気高く! 王族としての尊厳を見せてみよ!」
「ひぃ……もう……無理です……」
偽エレノアの声が掠れていた。魔獣としての体力も既に限界を超えている。
「無理だと? エレノアがそのような弱音を吐くものか!」
クラリーチェが苛立ちを露わにする。
「エレノアなら、どんなに追い詰められても『私は王族よ! あなたごときに屈しるものですか!』と言い返すはずじゃ!」
「わ、私は王族よ……あなたごときに……」
偽エレノアが震え声で復唱するが、その声には全く迫力がない。
「だめじゃ! 感情がまるでこもっておらぬ!」
クラリーチェの怒りが爆発した。
「おぬしには魂がないのか! ただ言葉を繰り返すだけの人形と同じではないか!」
その時、偽エレノアの限界が来た。
「もう嫌です……許してください……」
偽エレノアが泣き崩れた。鞭の拘束から解放され、球体の中で膝をつく。
「お願いします……もうやめてください……命だけは……命だけはお助けを……」
そして、ついに偽エレノアは虚空結界の中で土下座をしてしまった。
「……は?」
クラリーチェが呆然とする。
「今、何をした?」
「も、申し訳ございません! どうか命だけは!」
偽エレノアが平身低頭で命乞いを続ける。その姿は、誇り高きエレノアとはあまりにもかけ離れていた。スカートの裂け目から臀部が丸見えになっている。
「ふざけるな!」
クラリーチェの怒声が訓練場に響き渡った。
「エレノアが土下座だと? 冗談ではない! あの女は死んでもわらわの前で土下座などせぬわ! 王族としての誇りと、魔法少女としての尊厳を最後まで守り抜く女なのじゃ! それが……それがエレノアの本質じゃ! おぬしには、その一番大切な部分が欠けておる!」
クラリーチェの失望と怒りが混在した感情が、深淵魔法として爆発した。
「この役立たずめ!」
虚空結界が解除され、偽エレノアが地面に叩きつけられる。そして、容赦ない深淵魔法の直撃を受けた。
「きゃああああああ!」
偽エレノアが絶叫と共に訓練場の壁まで吹き飛ばされる。その途中で、変身が解けてしまった。
美しいエレノアの姿が崩れ去り、元の魔獣の姿が現れる。黒い毛に覆われた人間大の怪物、触手のような不定形の部分を持つ醜悪な姿。それがボロボロになって壁にめり込んでいた。
「グ……グルルル……」
魔獣が苦痛の呻き声を上げながら、ずり落ちる。体のあちこちから煙が上がっており、相当なダメージを負っているのが分かる。
「まったく……」
クラリーチェがため息をつきながら、倒れている魔獣を見下ろした。
「見かけだけエレノアに似せても、魂が伴わなければ意味がないではないか」
ディブロットが心配そうに主人を見つめる。
「クラリーチェ様、少し熱くなりすぎたのでは……」
「うるさい」
クラリーチェがぷいっと横を向く。
「わらわとしても、もう少し骨のある反応を期待しておったのじゃ。それが、あのようなあっけない土下座とは……」
魔獣がよろよろと立ち上がろうとする。
「ク……クラリーチェ様……申し訳……ございません……」
「貴様、まだ生きておったか」
クラリーチェが冷たく言い放つ。
「おぬしの訓練は、まだまだ足りぬようじゃな」
「えっ!?……まだ……続けるのですか……?」
魔獣が恐怖で震え声になった。
「当然じゃ。武流を欺くためには、完璧なエレノアになる必要がある。そのためには……」
クラリーチェの瞳に、再び危険な光が宿った。
「魂から叩き直してやる必要があるのう」
◇◇◇◇
それから数日後。王宮の地下からは、連日のように悲鳴が響いていた。
「違う! エレノアはそんな風に泣かない!」
「すみません! すみません!」
「謝罪もするな! エレノアなら『うるさいわね!』と言い返すのじゃ!」
「う、うるさいわね……?」
「感情を込めて言うのじゃ! 本気で怒った時のエレノアを思い出せ!」
クラリーチェの熱血指導(という名の虐待)は果てしなく続いていた。
ディブロットは既に諦めの境地に達している。
「これでは、偽エレノアが完成する前に、あの魔獣の寿命が尽きてしまいそうですな……」
一方、当の偽エレノアは……。
「もう……魔獣やめたいです……普通の生活がしたいです……」
既に完全に戦意を喪失していた。
しかし、クラリーチェの執念は恐ろしいものがある。
「まだまだじゃ! 完璧なエレノアができるまで、わらわは諦めぬ!」
彼女の瞳には、狂気にも似た情熱が燃えていた。武流への復讐心と、完璧主義者としての性格が、この異常な特訓を続けさせているのだ。
「さあ、もう一度じゃ! 今度こそ完璧なエレノアを見せてみよ!」
「ひいいいい……」
魔獣の悲鳴が、再び王宮の地下に響いた。
かくして、クラリーチェの偽エレノア育成計画は、当初の予定を大幅に超過して継続されることとなった。果たして完璧な偽エレノアは完成するのか? それとも、魔獣の方が先に力尽きてしまうのか?
王宮の地下で繰り広げられる、史上最も過酷な(そして意味不明な)特訓は、まだまだ続くのであった。
「次は歩き方じゃ! エレノアはもっと優雅に歩くのじゃ!」
「はい……でも足が……足がもう……」
「弱音を吐くな! 根性で歩け!」
(終わり)
お読みいただき、ありがとうございます!
以上で「番外編●クラリーチェ、偽りのエレノア育成記」は終わりです。
第6章もお楽しみに!
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