(164)待ち侘びた明日へ
クラリーチェが消え去った後、静寂が野外劇場を支配していた。
俺は深く息を吸い込んだ。長い、長い戦いだった。数え切れないほどのループを繰り返し、何度も絶望に打ちのめされ、それでも諦めることなく真実を追い求めてきた。魔法少女たちと共に歩み、真の敵を見抜き、そして最後には――クラリーチェを撃退することに成功したのだ。
「師匠!」
リリアが真っ先に俺のもとに駆け寄ってきた。その瞳には、安堵と喜びが入り混じった複雑な光が宿っている。
「本当に……本当によかった! 師匠が無事で!」
彼女の声は感情で震えていた。変身できない身でありながら、俺を守るために必死に戦ってくれた彼女。その純粋な想いに、俺の胸は熱くなった。
「武流様!」
ミュウも猫耳をピンと立てて俺に飛びついてきた。
「わたくし、師匠が本当に危険な目に遭うかもしれないと思って、とても怖かったのです! でも、師匠は勝ったのです! クラリーチェ様をギャフンと言わせたのです!」
ミュウの猫耳が嬉しそうに震えている。その無邪気な喜びに、俺は微笑みを浮かべた。
「ありがとう、みんな。君たちがいてくれたから、俺は戦い抜くことができた」
ステラ、アイリーン、ルル、リュウカ先生、セシリア――全員が俺の周りに集まってきた。
「武流先生、本当にお疲れさまでした!」ステラが興奮気味に言った。「あのクラリーチェ様を撃退するなんて、信じられません!」
「理論的に考えても、これは歴史的快挙です」アイリーンが眼鏡を光らせながら分析した。「スターフェリア最強の魔法少女を倒すなんて、前例がありません」
「ルルも嬉しいよ〜♪ 師匠が勝ったんだもん〜♪」ルルが小さな体を弾ませている。
「武流先生〜♪ さすがです〜♪」リュウカ先生も電撃を纏いながら感激している。
「素晴らしい戦いでした」セシリアも水晶の杖を握りしめながら頷いた。「私たちの歌劇を守ってくださって、ありがとうございます」
ロザリンダとエレノアの三人の弟子たちも、俺の勝利を祝福してくれた。
「武流さん、見事でした」ロザリンダが古文書を抱えながら感慨深く言った。「アリエル様の試練を乗り越えられるとは……さすがです」
「武流様の勇姿、この目に焼き付けました!」ケインが感激で涙ぐんでいる。
「美しき戦いでした」ルークも優雅に膝をついた。
「戦術的に完璧でした」サイモンが眼鏡を光らせながら評価した。
そして――エレノアが、ゆっくりと俺に近づいてきた。
先ほどクラリーチェに受けた屈辱的な仕打ちからはまだ完全に立ち直っていないようだったが、氷のように透明な瞳には、俺への複雑な感情が宿っていた。
「武流……」
エレノアの声は、いつもの冷静さとは違う、温かみのある響きを持っていた。
「あなたが私を救ってくれた。あの屈辱から……」
彼女の頬に、微かな赤みが差した。普段は決して見せることのない、弱さと感謝の混じった表情だった。
「当然のことをしただけだ」俺が答えた。「仲間を見捨てるなど、俺にはできない」
「仲間……」
エレノアがその言葉を反復した。その瞳に、何か複雑な光が宿る。
「そうね。私たちは……仲間なのね」
俺は彼女の表情を見つめた。エレノアにとって、「仲間」という関係は特別な意味を持つのかもしれない。王族として生まれ、常に孤独を背負ってきた彼女にとって、対等な関係で結ばれた仲間という存在は、かけがえのないものなのだろう。
魔法少女たちが喜びを分かち合う中、俺の心には深い達成感が広がっていた。
ついに――ついにタイムループから脱出できるはずだ。
あの数え切れないほどの繰り返し。同じ朝、同じ出来事、同じ結末。何度挑戦しても失敗し、何度処刑されても諦めることなく、真実を追い求めてきた。
そして、ついにすべての謎を解き明かし、仲間たちと共に勝利を掴んだのだ。
明日は歌劇の初日公演だ。一か月間準備してきた『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』を、ついに観客の前で披露することができる。
俺は夜空を見上げた。星々が美しく瞬いている。その輝きが、まるで俺たちの勝利を祝福しているかのようだった。
魔法少女たちの喜びに満ちた笑顔、エレノアの安堵した表情、そして明日への期待――すべてが俺の心を満たしていく。
「師匠」
リリアが俺の袖を引っ張った。
「明日のこと、話し合いませんか? 初日公演の最終確認をしたいんです」
「そうですね」俺が頷いた。「みんなで集まって、明日の流れを確認しよう」
夜は更けていたが、俺たちは温泉宿に戻り、ロビーに集まって明日の公演について話し合った。
リリアの主人公ルミナ役への意気込み、ミュウの風と音の妖精役への期待、エレノアの氷の女王役への決意――みんなが明日への想いを語り合った。
一か月間の稽古の成果を、ついに観客の前で披露できる。その喜びと緊張が、俺たちの心を満たしていた。俺たちは明日への想いを静かに分かち合った。
深夜。部屋に戻った俺は、ベッドに身を投げ出した。
長い戦いの疲労が、一気に押し寄せてきた。クラリーチェとの激闘、魔法少女たちとの絆、そして数え切れないタイムループの記憶――すべてが俺の心と体を重くしていた。
しかし、その疲労感の奥底には、深い満足感があった。
俺は泥のように深い眠りに落ちた。
朝――。
俺は自然に目を覚ました。いつものような激しい心臓の鼓動や、全身を覆う冷や汗はない。穏やかな朝の目覚めだった。
窓から差し込む朝陽が、部屋を暖かく照らしている。そして――。
ドアをノックする音が聞こえた。
俺の心臓が一瞬止まった。まさか――。
恐る恐る「どうぞ」と声をかけると、ドアが開いた。
そして、扉から――魔獣のスーツが現れた。
俺は愕然とした。黒い毛に覆われた人間大の怪物が、のっそりと部屋に入ってくる。鋭い爪、牙をむき出しにした口、赤く光る目――。
嘘だろう……また同じ朝に戻ったというのか? アリエルの試練を乗り越え、クラリーチェを撃退したのに、まだタイムループは続いているのか?
俺の絶望が頂点に達した、その瞬間――。
「師匠、驚かせてごめん!」
魔獣の頭部が外れ、その下からリリアの笑顔が現れた。しかし、その表情はこれまでとは明らかに違っていた。申し訳なさそうな、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべている。
「今日は歌劇の初日だよ! だから、魔獣のスーツを着て、師匠を驚かそうと思ったんだ。でも、やっぱり朝からこんなことするのは良くないよね。ごめんなさい」
俺は呆然とした。
「初日……?」
「そうだよ! 『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』の記念すべき初日公演! みんな朝から大騒ぎだよ」
その時、廊下から足音が響いてきた。
「武流! 起きてる?」
エレノアの声だった。ドアが開いて、氷の魔法姫が上品な朝の装いで現れた。その表情には、昨夜の戦いの疲労は見えず、代わりに初日公演への期待と緊張が混じり合っている。
「おはよう、武流。今日はついに――」
エレノアの言葉が途中で止まった。部屋の中の光景――魔獣の着ぐるみを着たリリアと、呆然としている俺を見て、困惑した表情を浮かべる。
「リリア? 何をしているの?」
「あはは……師匠を驚かそうと思って」リリアが苦笑いした。「でも、ちょっとやりすぎだったかも」
「武流様〜♪」
ミュウも猫耳をピンと立てて部屋に入ってきた。
「今日は初日公演なのです〜♪ みんなでお祝いの朝食を用意したのです〜♪」
俺はゆっくりと立ち上がった。
タイムループを脱出し、ついに真の明日を迎えたのだった。新しい一日、歌劇の初日という特別な朝を迎えたのだ。
「そうか……今日は初日か」
俺の声に、深い感慨が込められていた。
俺は三人を見回した。リリア、エレノア、ミュウ――彼女たちと共に迎えた真の朝。その喜びが、俺の心を満たしていく。今日から、俺たちの新しい物語が始まるのだ。
歌劇『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』の初日公演――。
タイムループの終わりは、同時に新たな始まりでもあるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
以上で第5章は完結です!
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