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(163)古き因縁と新たなる憎悪

「ここは——」クラリーチェが呟いた。


「アリエル・フロストヘイヴン......」


 アリエルが俺たちを見据えながら、威厳に満ちた声で口を開いた。


「戦いはやめろ」


「やめろ、だと?」クラリーチェが不機嫌そうに言った。「何の権利があって、わらわの戦いに口出しするのじゃ」


 しかし、その声には先ほどまでの威厳はない。俺に痛めつけられた屈辱と恐怖が、まだ彼女の心を支配している。


「権利?」アリエルが冷笑した。「オレには十分すぎる権利がある。神代武流は試練を乗り越え、勝利した。今はこれ以上くだらん争いをしている場合ではない」アリエルが続けた。「明日は魔法少女歌劇団の公演初日だろう? それを成功させるべきだ」


 俺の胸に、歌劇への想いが蘇ってきた。一か月間、魔法少女たちと共に準備してきた大切な公演。それを台無しにするわけにはいかない。


「武流」アリエルが俺を見つめた。「よくぞオレの試練を乗り越えたな。タイムループという困難を突破し、真実を見抜き、そして仲間たちと共に乗り越えた。見事だった」


 アリエルの言葉に、俺は深い達成感を覚えた。あの数え切れないループの苦しみが、ついに報われた瞬間だった。


「そして、クラリーチェ」アリエルがクラリーチェに向き直った。「今日のところはお前の負けだ。素直に手を引け」


 クラリーチェの表情が一変した。


「負け、だと?」彼女の声に怒りが込められた。しかし、その怒りには屈辱と憎悪が混じっている。「わらわが負けただと、アリエル!」


「そうだ」アリエルが断言した。「お前は武流を何度も処刑したが、結局、彼を完全に屈服させることはできなかった。それどころか、彼はお前の策略を見抜き、仲間たちの結束を深めた。どちらが勝者かは明らかだろう」


 クラリーチェとアリエルのやり取りを聞いていて、俺は重要なことに気づいた。


「お前たち——昔から知り合いなのか?」


 アリエルとクラリーチェが、複雑な表情で互いを見つめた。


「ああ、そうだ」アリエルが答えた。「オレとこの小娘は、百年以上前から因縁がある」


「小娘だと!」クラリーチェが激怒した。「わらわの方が年上じゃ!」


「見た目は幼女のくせに、何を言っている」アリエルが嘲笑った。「それに、精神年齢も明らかにオレの方が上だ」


「ぐぬぬ......」クラリーチェが悔しそうに歯ぎしりした。しかし、その表情には俺への憎悪が深く刻まれている。


 俺は驚愕していた。まさか、この二人にそんな過去があったとは。


「どういう因縁なんだ?」


「この女は」クラリーチェが先に口を開いた。「わらわが若い頃、散々邪魔をしてきた厄介者じゃ。王宮の実権を握ろうとするわらわを、ことごとく妨害してきた」


「妨害?」アリエルが反論した。「オレはただ、お前の暴政を止めようとしただけだ。民を苦しめる悪政を見過ごすわけにはいかなかったからな」


「悪政だと!」クラリーチェが怒りを爆発させた。「わらわは秩序を維持していただけじゃ!」


「秩序という名の恐怖政治だろう」アリエルが冷ややかに言った。「お前のやり方は昔から変わらない。力で押さえつけることしか知らない」


 二人の言い争いを聞いていて、俺は過去の状況が見えてきた。


 百年以上前、クラリーチェは既に王宮で権力を握ろうとしていた。しかし、アリエルがそれを阻止していたのだ。正義感の強いアリエルと、支配欲の強いクラリーチェ——まさに犬猿の仲だったのだろう。


「それで、お前が死んだ後」クラリーチェが続けた。「わらわはようやく理想の王国を築くことができたのじゃ」


「理想?」アリエルが呆れた。「男性を奴隷扱いし、異論を唱える者を粛清する国が理想だと? 王族を殺し、エレノアとリリアを追放して手に入れた地位だろう」


「当然じゃ」クラリーチェが胸を張った。「強者が弱者を支配するのは自然の摂理じゃ」


「それが間違いだと、まだ理解できないのか」アリエルがため息をついた。「だから、オレは武流に期待したのだ。お前の歪んだ統治を正してくれる存在として」


 俺は二人の過去の因縁の深さに驚いていた。アリエルが俺に期待していた理由も、ようやく理解できた。


「しかし」クラリーチェが俺を睨みつけながら言った。「わらわと武流の決着は、まだついていない。いや——今日のことは絶対に忘れぬ。わらわをあのような目に遭わせた報いは、必ず返してやる」


 クラリーチェの瞳に、これまで見たことのない憎悪の炎が燃えていた。俺に屈辱的な仕打ちを受けた恨みが、彼女の心を完全に支配している。


「それは構わない」アリエルが遮った。「だが、今日ではない。明日の歌劇を成功させることが先決だ」


 俺も頷いた。


「その通りだ。俺も明日の歌劇を成功させることが何よりの願いだ」


 俺の心には、魔法少女たちの顔が浮かんでいた。リリア、ミュウ、エレノア——みんなが一か月間、必死に練習してきた。その努力を無駄にするわけにはいかない。


「クラリーチェとの決着は、また別の機会にしよう」


 クラリーチェは俺を憎悪の目で見つめながら頷いた。


「.....仕方ない」彼女の声には、深い恨みが込められていた。「だが、武流よ——覚えておけ。わらわは今日の屈辱を、一生忘れることはない。次に会った時は——お前を地獄の底まで叩き落としてやる」


 彼女がアリエルを睨みつけながら続けた。


「そして、アリエルよ。おぬしとの因縁も、いずれ清算せねばならぬな」


「望むところだ」アリエルが冷静に答えた。「だが、それも今日ではない」


 光の空間が崩壊し始めた。俺とクラリーチェの意識が現実世界へと引き戻されていく。


 気がつくと、俺たちは元の場所に立っていた。俺はアポロナイトの姿から通常の姿に戻っており、ロザリンダが持つ古文書の光も消えていた。


 魔法少女たちとロザリンダが、心配そうに俺たちを見つめている。


「武流?」エレノアが恐る恐る声をかけた。


「大丈夫だ」俺が安心させるように答えた。


 クラリーチェは周囲を見回すと、憎悪に満ちた視線で俺を睨みつけた。


「ちっ......」


 彼女が忌々しそうに舌打ちする。破れたローブを纏い直そうとするが、あまりにも損傷が激しく、威厳を取り繕うことすらできない。汗で濡れた髪が顔に張り付き、みじめな姿を晒していた。


 クラリーチェが俺を睨みつけながら、震え声で宣言した。


「武流よ......今日のところは手を引いてやる。だが——」


 彼女の深い藍色の瞳に、地獄の業火のような憎悪が燃えていた。


「わらわをあのような屈辱的な目に遭わせた報い——必ず千倍にして返してやる。お前の大切な弟子どもの前で、お前を這いつくばらせ、泣いて許しを乞うまで痛めつけてやる」


 その憎悪に満ちた宣言に、魔法少女たちの顔が青ざめた。


「師匠......」リリアが不安そうに俺を見上げる。


「わたくし、とても怖いのです......」ミュウが猫耳を震わせている。


 しかし、俺は動じなかった。


「いつでも相手になってやる。次は今度こそ、完全に決着をつけよう」


 クラリーチェの表情が一瞬歪んだ。俺の挑発的な態度に、怒りが更に燃え上がる。


「覚えておけ......わらわの復讐は、必ず実現する......!」


 そう言い残すと、クラリーチェの姿が暗闇に溶けるように消えていった。ディブロットも一緒に姿を消し、辺りには静寂が戻った。


 しかし、空気にはまだ、彼女の憎悪の残り香が漂っているかのようだった。俺とクラリーチェの因縁は、今日さらに深く、そして危険なものとなったのだ。

お読みいただき、ありがとうございます!

「第1章(5)魔法姫の屈辱、ヒーローの野望」までを、大幅に加筆しました!

お読みいただけると嬉しいです。

面白いと思った方、続きが気になる方は、ブックマークや★★★★★評価をいただけると励みになります!

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